第107話 「僕も一緒なんだよ!」
光太に貸した杖の魔力と、その近くから複数の邪悪な魔力。それらを感じた僕は狼太郎を連れてその場所へ向かった。
そこには気を失った光太と、絶命して身体の消滅が始まっている魔獣の亡骸が倒れていた。
「光太!?何があったんだ!」
「魔獣が倒れてるぞ!光太が倒したのか?!」
光太が倒したのか?ショック・ワンドで?
こいつをこの杖で倒すなんて彼に出来るはずがない。それに魔獣の傷は電撃で焼かれたような物ではなく、硬い何かを何度もぶつけたような感じだ。
「とりあえず黒金を保健室に連れて行かないと」
狼太郎がスマホからハンターズのアプリを使用したことで、僕達は一瞬にして要塞へ戻ってきた。
これに限らずハンターズの装備などは、水城財閥の協力があって出来た物らしい。
光太を保健室のベッドで横にした。怪我などはしておらず、疲労で意識を失ったと保健室担当の女子が診断した。
「ん…」
「光太!大丈夫!?」
彼は目を覚ますとすぐに身体を起こした。
「何があったの?」
「魔獣に襲われた。だから倒した」
「…それだけ?」
「あぁ」
光太は妙に落ち着いている。それが怪しかった。きっと何かあったんだ。
「すまない、迷惑かけたな…あとこれ返す。もう必要ないから」
さらに彼は、ショック・ワンドを返すと言って押し付けてきた。
「ねえ、何かあったでしょ?」
「大丈夫だって…ほら、怪我してないだろ?」
「魔法使って喋らせてもいい?」
「おいおい俺達は仲間だろ?そんな尋問みたいなことするなよ」
変だ…彼の性格上、揉めた後にこんな馴れ馴れしく会話が出来るはずない。
「本当に光太なんだよね?偽物とかじゃない?」
「おうよ!なんならファーストスペルで証明してやるよ。ナイン!」
しかし僕に変化は起こらなかった。以前は彼が意識して名前を呼べば、僕がパワーアップが出来たはずだ。
「どうだ?パワーく湧いてきただろ?なんなら耳元で囁いてやっても──」
「全く…」
「えぇ!?いや、俺マジで本物だから!魔獣とかが化けた偽物とかじゃないから!」
念のため、魔法の杖を使って確かめた。彼は本物の黒金光太だ。なんだか別人みたいだ…
「…ねえ、狼太郎のことどう思う?」
「あぁ?もう何とも思ってねえよ…くだらない理由で憎むのは疲れたんだ」
僕が狼太郎のことで叱って、それで反省して気持ちを改めたのだろうか。だったら特に言うこともないんだけど…
「どうした?」
やっっっぱ変だ。もっとめんどくさい会話をするって身構えてたのに。
「ショック・ワンドは念のために預けとくよ」
「いや、いいよそんな物騒な物…俺もう戦う気ないし」
「戦う気がないとしてもだよ。ほら」
「これ以上ここにいたって役立つとは思わない。散々迷惑かけたことを反省して目が覚めたよ。俺はこの戦いから降りる」
信じられない言葉に僕は耳を疑った。
それから光太は、迷惑を掛けたハンターズの人達に頭を下げて回った。女子達は許す許さない以前に、不気味な物を見たような顔で困惑していた。
一度、僕達が暮らしていたアパートに戻って来た。
「これからどうするつもりなの?」
「学校が再開するまで大人しくしてるよ。まあ、いつ始まるか検討も付かないけどな…世界の命運はお前達に託す。一般人が出しゃばり過ぎたわ」
「そんな他人事みたいに言わないでよ。今まで一緒に戦ってきたじゃないか。それなのに逃げるなんてズルいよ」
「逃げてなんかねえよ。身を弁えただけだ」
「いいや!光太は逃げようとしてる!戦えるのに戦わないなんて卑怯だよ!ユッキーだって強くなろうとしてるんだよ!」
まだまだ言葉は出せる。しかし次に口を開いた時だった。離れた場所に魔獣の魔力を感知した。
「また魔獣が出た!ねえ光太!」
「そうか。平和のためにもよろしく頼むぞ」
不貞腐れている彼を無理矢理連れて魔獣の元にやって来た。今回は石が集まって人間のような形をしているシンプルなやつだった。
「放せ!おい!」
「君も一緒に戦うんだよ!」
「狼太郎呼べば良いだろよ!」
「出た!僕が狼太郎を話題に出すとキレるくせして!君の方があの人のこと考えてるじゃないか!」
ビュン!
魔獣はボディを構成する石を僕達に目掛けて発射した。威力は大したことなさそうだけど…
「いてえええええ!何しやがる!」
とりあえず手に持っていた少年を盾にしてガードした。
「嫉妬しては周りに八つ当たりばっかしてさあ!僕のことで何かあるなら直接言ってみろよ!」
「石!石飛んできてる!いてえ!」
「僕が狼太郎に贔屓してるって言ったよね。サヤカにも狼太郎に優しくて光太には厳しいんじゃないかって言われたよ!」
「それがどうした!」
「僕の気持ちも分かんないくせしてみんな好き勝手言いやがってさあああああ!狼太郎みたいなのはタイプじゃねーんだよ!」
狼太郎に付きっきりになったせいか、ハンターズの女子から変な惚気を聞かされたりしてイライラしてんだよ!
「光太!僕がどんな君に対してどれだけ期待してたか分かるか!?」
「言ってくれなきゃ分かんねえよ!」
「普通言わねえよ!恥ずかしくて言えるわけないだろ!汲み取れよ馬鹿!でもこうなったら全部言ってやる!魔獣人とかアン・ドロシエルとか!正直勝てないかもって強いやつがどんどん出てきた!それでも君が一緒なら勝てるかもって思ってた!君はその期待を裏切ろうとしてるんだぞ!」
「そりゃあ…悪かったな!」
「ここまで言ってやったんだ!光太も僕に言いたいことがあるなら吐け!喋らなかったらここまま君を武器にしてあいつと戦うからな!」
礫の弾幕が激しくなっている。そろそろ光太を盾にするのはキツいな。
「…ナイン!」
「何だよ!」
「お前狼太郎に人工呼吸してただろ!あれマジでムカついた!」
「なっ!?仕方ないでしょ危ない状態だったんだから!っていうか見てたの!?」
うわっアレ見られてたのか…!
「金輪際目の前で誰か倒れてても絶対に人工呼吸だけはすんな!見殺しにしろ!もしもやったら俺がトドメを刺してやる!…これで良いか?!いい加減身体が砕けそうなんだが!」
僕は光太を連れて、近くに停まっていた車の側面に避難した。それでも魔獣は礫の連射を続けて、攻撃させる隙を作らなかった。
「いってぇ~」
「お互い言いたいことぶつけたわけだし、これでファーストスペルも使えるでしょ?」
「あぁ?無理だろ」
「無理じゃないよ!前に言ったよね?光太のファーストスペルの発動条件はお互いの気持ちが強く一つになってることだって!」
「本音ぶつけ合っただけで気持ちが一つになるもんかよ!」
そうだ。悪い本音だけをぶつけても気持ちは一つにならない。
だからこそ、正直に好意を伝えないといけないんだ。
「僕は光太を信じるよ。嫉妬するわ、他人に迷惑を掛けるわ…過大評価したかなって思ったりしたけど…君には凄い力がある。一緒に戦える最高の仲間だって僕は信じてる」
「んだよ急に気持ち悪いなぁ!」
「君は僕をどう思ってるんだよ!」
「俺は…俺は…」
バキッ!バキン!バン!
車が壊れていく。魔獣の礫が貫通して僕達に命中するのも時間の問題だ。
「あぁ…あぁ…」
「嫉妬しておきながら僕には言葉にする程の気持ちも抱いてないってか!?」
「あああああ!ナイン!俺だって信じてる!お前が凄いやつだって尊敬してるさ!それに…あと…す…」
ボゴン!ドドドド!
攻撃が激しくなっている。次の遮蔽物に移るのを許してくれなさそうだな。
「何!?聴こえない!」
「好きだ!ナイン!」
パワーが上がった!光太のファーストスペルが発動したんだ!
ドドドドドドドド!
「光太、ナイン・ワンドを形成する杖は君が考えるんだ」
「えっ…」
「君を信じてる。あいつを倒すのに必要な能力を考えてみるんだ」
「分かった…ナイン・ワンド!」
光太が叫ぶと、ウエストバッグから色んな杖が飛び出した。そしてあの魔獣を攻略するのに必要な能力を備えたナイン・ワンドが完成した。
ドガアアアン!
ガソリンに火が付いたのか、遮蔽物として利用していた車が爆発を起こした。しかしその時既に、僕達は魔獣に向かって走っていた。
ワンドは礫を弾く程の高速回転を起こして盾となっていた。まずはこれで防御しながら敵との距離を詰める!
「ここからどうするの?」
「突っ込め!」
杖を回転させて魔獣へと突進。そして僕は敵をすり抜けて背後へと回った。
「ゴースルー・ワンドの能力で通り抜けた!」
「そのまま殴れ!」
ボガン!
言われた通りにナイン・ワンドで魔獣を叩いた。すると石の集合体である身体が、バラバラに弾け飛んでいった。
「ナイン!投げろ!」
「ウオオオオオ!」
僕はコアがどれか認識していない状態でナイン・ワンドを投擲した。
そしてワンドは不自然な軌道で飛んでいき、赤黒い立方体に激突。
魔獣のコアらしき物体が粉々に砕け散った。
その物体を破壊した直後に魔獣の魔力が消滅した。どうやら倒せたようだ。
「どうよ!俺のナイン・ワンドは!」
「う~ん…魔力の消費が激しかったかも」
「必殺技なんだから当然だろ!てか、お前が選べって言ったのにダメ出しかよ!」
「でも、石の身体に惑わされずにコアの破壊だけを考えていたのは良かったよ。石同士が反発するように力を与えて身体を崩すなんて良いアイデアだね」
アドバイスせずとも自分で考えて、確実に攻略するワンドを創ることが出来る。やっぱり彼には凄い力があるんだ。
「ところでなんで俺に杖の能力を考えさせたんだ?」
「実戦での特訓だよ。君、やりたかったんでしょ?」
「やりたかったんでしょって…どうせ次に魔獣が出た時は俺じゃなくて狼太郎連れて行くんだろ?」
「まあ元々彼のために考えてた実戦での作戦立案訓練だし」
「狼太郎じゃなくて悪かったな」
勘の良いやつめ。また嫉妬で面倒事起こされるのも嫌だし、こうなったらアレをやるしかないか…
「でも急だったのに良く出来たね。何かご褒美をあげないと…」
光太の肩を掴んで、身体を引き寄せた。
ここから先の事を考えている今の自分は、きっと顔が真っ赤だと思う…
「ナ、ナイン?」
「だ、だからご褒美のキスをね。うん…」
「いやいいって…逃げれねえ!?」
「恥ずかしいのは僕も一緒なんだよ!」
「俺とキスなんかして嫌じゃねえのかよ?」
「嫌だったらこんなことしないよ!」
これ以上喋られると萎える!
力強く彼の頭を引き寄せて、お互いの唇を重ねた。最近まで友達みたいな感じで接してた人と、キスしてしまった…!
「お前これ、狼太郎にもする気じゃないだろうな?」
「はああああああ?するわけないじゃん!バーカ!」
終えてから第一声がこれはかなり心外だ。サキュバス自称してるけど、僕は選んだ男一筋で食べていくって決めているんだ。
「…それで、本当に戦うのやめる?せっかく良い戦いが出来たのに」
「もうちょっとだけ頑張ってみる」
「そっか。ありがとう」
今後問題を起こさないとは限らないけど、これで彼も少し落ち着いてくれるだろう。
日常が大きく変化して、ここ最近嫌な事が連続して起きていた。光太はストレスを重ねて変になっていたのかもしれない。
後は狼太郎がまともに戦えるようになってくれたら良いんだけど…