第102話 「特に問題はないよ」
最近、ウォルフナイトに変身する機会が増えた。しかし暴れては誰かに止めてもらっての繰り返しだ。以前魔獣が現れた時もやれると思って力を使おうとしたら、呆気なく暴走した。
成長してるのかな、俺…
生徒会要塞の訓練場で、また俺は倒れていた。また力を解放して暴走、それからナインに止められたんだ。
「う~ん、上手く行かないね~…何が足りないんだろう」
「ナイン、もういいよ。やめよう…これ以上やってもきっと──」
「焦る必要はないよ」
焦る必要はない…か。似たような事を言われた記憶がチラホラある。
今の俺達に呑気に訓練している余裕はあるのだろうか。七天星士が次々と姿を現している。それが悪い事の前触れのような気がしてならないんだ。
「ナイン…俺より強いんだろ?こんな事に時間を割いてないでお前が強くなって、敵を全員やっつけてくれよ」
「強くなりたいけど、ただ鍛えて超えられそうな限界じゃないんだよ。だったらまずは君を強くした方が良いって僕は考えてる」
「けどさ…」
ガッ!
乾燥している口の中にシリアルバーが押し込まれる。ピンク色のイチゴ味だ。
「僕は君が強くなれるって信じてるよ。会長さんや生徒会の皆はもっと強く信じてる」
「でもさぁ…モグッ」
「それに僕が鍛えてやってるんだ!強くなんなかったらタダじゃおかないからな!」
もしかして結果出さないと酷い目に遭わされる?
「それにここで諦めたら、守りたいものを守れないよ」
ふと思い浮かんだのは会長達の姿だった。
そうだ。彼女達のために強くならなければいけないんだ。
「…どう?ちょっとはやる気出た?大器晩成型の君はここまでずっと努力してきたんだ。きっと目標まであと少しだよ」
「だと良いけどな…さて、もう一回だ!」
しかし、そのあと何度も変身しては暴走した。最後にはナインの頬に目立つ傷を付けてしまって…
「わー僕の顔、随分ワイルドになっちゃった」
「ごめん…」
左の頬に大きな切り傷。右手で彼女を襲ったという記憶が感触と共に残っている。
「前と比べてパワーが上がっているような…僕の魔法の杖で押さえるのも限界かな」
「それじゃあ訓練は…」
「うーん…心配しなくても大丈夫だよ!狼太郎はきっと、魔獣の力をコントロール出来るようになるって!」
そして力が抜けていた右手が、彼女の優しい両手に包まれた。
「僕も一緒だから!頑張ろう!」
「あぁ…」
バグンッ…
なんだろうこの感覚は。彼女を視ていると凄いドキドキする。
「…そろそろお夕飯の支度を手伝いに行かないと。僕もう行くね」
「えっあぁ…うん」
ナインは走って訓練場を去って行った。俺も少し休憩してから、シャワーを浴びにいこう。
「…あれ?」
ナインのバッグが置きっぱなしだ。確かこの中には魔法の杖が入ってるんだったな。日常生活でも使ってる物みたいだし、急いで届けに行かないと…
「意外だねぇ」
生徒会要塞の通路を歩いているとフェン・ラルクが声を出した。散々暴れたのにまだ元気があるらしい。
「これだけの女子に囲まれていたというのに、お前は恋を知らなかったのか」
恋…?どういうことだ?
「はぁ…お前はあのサキュバスに惚れたんだよ」
「お、俺が!?」
「人に羨まれ嫉妬されるほどの女子に囲まれておいて、初めて恋をしたのが全くの部外者。はははは!すり寄って来た他の子達が気の毒だねえ!」
お前の笑い声なんて初めて聴いた…そんなに人が恋したことが面白いかよ?
「あぁ、君を通して私に伝わってくるこの感情。実に勉強になる…それで、これからどうアプローチしていくつもりだい?」
「どうもしねーよ!この馬鹿!」
今日はいつになく口達者だな。
「よう。一人なのにやけに楽しそうだな…思い出し笑いか?」
「お前は…」
角を曲がると黒金光太がいた。壁にもたれ掛かって、俺の事を待っていたみたいだ。
「どうかしたのか?」
「ナインと上手くやれてるのかなって気になって、話をしに来たんだ」
「特に問題はないよ。そうだこれ、ナインの忘れ物。届けておいてくれ」
ナインから黒金の様子が変だとは聞いてたけど…眉間にシワ寄せて明らかに機嫌が悪そうだ。適当にあしらっておくか。
「訓練は上手くやれてる。パワーだって上がったんだ」
「それは良かったな。ウォルフナイトに変身してる時の記憶ってあるのか?」
「記憶か?…まあ昔は途切れ途切れだったけど、最近は何が起こったのかをちゃんと覚えてる」
フェン・ラルクに身体を奪われている間、意識が奥底にある俺は五感で感じることしか出来ない。しかし嫌な物を見たくない時だけは、外部からの情報をシャットアウトしてる…みたいなんだ。自分でもよく分からないけど。
最近では何があったのかをしっかりと覚えている。
たとえば、会長の知人が七天星士とかいうグループの一人で、そいつと戦った事とか。
「じゃあ覚えてる上でその振る舞いって認識で良いんだな?」
「は…?何が?」
「とぼけるなよ。人殺しのクズ野郎」
人殺し…?
「…一体なんの事を言ってるのか分からないんだけど」
「そうやって振る舞いながら、ナインの背中を狙ってるんじゃないのかって俺は心配してたんだよ」
「待ってくれよ!俺は人殺しなんかやってない!」
「記憶にないならお前の中にいる化け物にでも聞いてみれば良いんじゃないか?」
フェン!まさかお前、人を殺したのか!?
俺は尋ねた。だがしばらく経っても、フェン・ラルクから返事が来ることはなかった。
「そんな…フェン・ラルクが…」
「お前が魔獣をコントロール出来なかったばかりに白田は死んだ。そう考えると、お前が人を殺したとも言えるよな?その魔獣を飼うことはお前自身が決めたことなんだ。白田が死んだ責任は…そう、お前にあるんだよ」
瞬きしようと目を閉じた瞬間、ウォルフナイトの爪に少年が切り裂かれる光景が見えた。俺が見ようとしなかった時…いつの間にか人を殺めていた記憶だ。
「二度とナインに近寄るなよ、この人殺し…それとバッグは返してもらうぞ」
「そんな…俺が人殺しを…?」
黒金の言っていた事を嘘だとはね除けたかった。しかし突如現れた知らない記憶と、何より腹の奥底で楽しそうにしているフェン・ラルクのせいで、真実だと認めるしかなかった。
「私がやったねぇ」
殺したのはこいつだ。しかしそれは俺の身体による犯行。しかもこいつを身体に宿しているのは俺の意思だ。
俺は知らない内に、取り返しの付かない事をしてしまっていた…