第1話 「よろしく」
「誰か~!助けて~!」
ある日の放課後。真っ直ぐ家に帰ろうとしていた俺は、河川で溺れそうになっている女の子を見つけた。
いつもは人や車の多い河川敷なのに、今日だけはこの場に俺と彼女しかいない。
「待ってて!今助けるから!」
泳ぎには自信がない。けどここで何もしないわけにはいかない!
俺は勇気を振り絞った!
「行くぞ…!」
裸足になって川に足を入れる。まだ浅い。
「助けてー!」
さらに河川の中心へ。まだまだ浅いぞ。
「溺れちゃううう!」
どんどん先へと進んでいき、頭だけしか出ていない少女の元に、俺は歩いて到達した。
「いやあっせえな!?なんで溺れそうになってんだよ!」
「穴に!アノレカディアと繋がる穴に突っ掛かってるんだ!!お願いだから助けて!」
何言ってんだこいつ…まあいいや。このまま放置しておくわけにもいかないし、さっさと引き上げてやろう。
「助かったよ~!ありがとう!」
「あぁ、礼には及ばないよ」
俺は少女を引き摺って川から出た。うん、どう見ても穴に突っ掛かる要素のない身体だ。健康的な身体だが胸はない。典型的な貧乳だ。
顔面は…まあ良いな。俺好み。
「お前あんな川で何やってたんだ?通報されるぞ?」
「僕の元いた世界アノレカディアからこの異なる世界に移動してる途中だったんだけど、出口は小さいし水の中に穴が開いたから溺れそうになるしで、大変だったんだよ~」
ちょっと大丈夫かこの子?俺と近い歳してこの発言って。しかもリアルだと痛い僕っ娘だぞ。
説教でもしてやろうかと思ったが、これ以上深く関わるのだけはやめておこう。
「風邪引くなよ~じゃあな~」
「あー待って!なにかお礼させてよ!」
「いいよ別に…」
「お金いっぱい欲しくない?」
「いや、危ない儲け話はマジで結構です」
「んー…空飛びたくない?飛ばしてあげる!」
そう言うと少女は革製のウエストバッグから、絶対に入りきらないサイズの杖を取り出した。
「おお凄い手品だな」
「これは空を飛ぶ魔法の杖、その名もスカイダッシュ・ワンド!」
さっきから会話になってねえし、頭イカれてんな…魔法の杖とか中二病かよ。
「それは凄いな!じゃあ俺、勉強しないといけないから帰るよ」
「せっかくなら空を飛んで帰ろうよ!えいっ!」
もう付き合ってられるか。これ以上ちょっかい掛けて来るようなら通報してやろう。
「…ん」
あれ、身体が前に進まない。なんか地面を踏む感触がなくなってるんだけど。
「空を飛ぶ時はね、目的地までのルートじゃなくてどうやって飛ぶか考えるのが大切なんだよ!」
あれれれ!地面が遠くなってる!
「身体が浮いてる!?マジで空飛んでるのか!」
「ほら、家のある方向に身体を向けて!」
少女はこんな非常識なことに慣れているのか、余裕の表情で空を飛び回っている。
俺は身体をなんとか、マンションの方へと回転させた。難しいぞこれ。全然前に進まない。
「動けないんだけど!」
「しょうがないなぁ…ほら、手を繋いであげるから。この先に君の家があるんだね?」
優しく触れる少女の手は、さっきまで川に入ってたとは思えないほど温かく、そして頼もしかった。
「そうだ!自己紹介がまだだった!僕はサキュバスのナイン・パロルート!こことは別の世界、アノレカディアから修行にやって来たんだ!よろしく!」
「よろしく。俺は黒金光太。高校一年生だ。」
空が飛べるってことは別の世界から来た話も本当なのかもしれない。いや、今なら確かに信じられる。
「それでさ、助けてもらったばかりで恐縮なんだけど、お願いがあるんだ。君の家に住んでもいいかな?」
「それは………無理!」
「なんでぇ!?綺麗な夕陽も沈んでるし、そこは承諾する流れじゃん!」
「俺んち両親厳しいんだぞ!いきなりお前みたいな変態連れて帰ってみろ!家族の縁切られるわ!」
せっかく空を飛んでいたのに、景色を楽しむ間もなくマンションが近付いて来る。実に残念だ。
「変態じゃないもんサキュバスだもん!見てよこの尻尾に翼!可愛いでしょ!角もユニコーンみたいに1本角なんだ!」
「豚みてえな尻尾にゴキブリみてえな羽根だな!」
「あぁ!?今すぐ頭打って死にてえのか!」
マンションの前に降りても尚、サキュバスは諦めなかった。
「こうなったら!ビジネストリップ・ワンド!これで君の両親を二人仲良く海外出張させられるよ!」
「無理な物は無理だ!…他を当たれ」
「…ケチ」
やっと諦めてくれた…
いつもより早く帰って来ちゃったな。また勉強しろって言われるんだろうなぁ…
言われなくてもやりますよ~だ。
「ただいま~」
「おかえり!夕飯冷蔵庫に入れてるから!」
父と母が何やら慌てた様子だ。リビングにはスーツケースが並んでいるみたいだけど…
「光太、これからはお前にこの家を任せるぞ」
「本当に急なんだけど私達、海外で働かないといけなくなっちゃったの」
「…は?」
そうして30分も経たない内に支度を終えた両親は海外出張へ。
それから間もなく、ピンポーンと呑気にインターホンが鳴った。
誰が来たのかは何となく想像が付いている。いや、アイツしかいない。
「やったなお前」
「お願い、泊めて?」
「はぁ…もういいよ。入って来いよ」
こうして俺と別の世界から来たサキュバス、ナイン・パロルートの同居生活がスタートするのだった。