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中編

「リヒト様、どうか、話してくださいませんか?」


 わたしはリヒト様の部屋の前から声をかける。

 手にしたランプの明かりは心許なく揺れ、闇に染まった廊下にわたしの影を揺らめかせた。

 リヒト様が部屋にいるのはわかっている。

 

 わたしが凍りついた日から三日が経った。

 少しとはいえ治癒魔法が使えたのが良かったのだろう。

 氷が消え切ってもすぐには動かせなかった身体に治癒を試みると、あっさりと良くなったのだ。

 意識を失っていたのは一日だけのことで、本当ならすぐにでもリヒト様にお会いしたかったのだが、あの日以来決してリヒト様はわたしの前に姿を現さなかった。

 約束していた毎日の食事の席にも現れない。

 事情を知っていた屋敷の使用人達もこぞってリヒト様の意向に沿うものだから、わたしはこうして深夜にこっそり部屋を抜け出してリヒト様に会いに来たのだ。

 

「リヒト様、わたしは無事です。ですから、どうか、出てきていただけませんか?」


 人の気配がしているのだ。

 寝ているわけでもないと思う。

 使用人達が話しているのを聞いてしまったのだ。

 あの日以来、リヒト様はまともに睡眠をとることが出来ず、今にも倒れてしまいそうだと。

 

「……離縁、しよう」

「リヒト様?」


 部屋の中から聞こえてきた言葉に、わたしはびくりと肩を震わす。


「アールストン家への支援は、今まで通り行う。王家からではなく、私が引き継ぐから安心して欲しい」

「リヒト様、話を聞いて下さい。わたしは……っ」

「これは決定事項だ。部屋に戻りなさい」


 今まで聞いたこともないぐらいに冷たい声音に、泣きたくなる。

 でも。

 

(ここで、引く気はありませんよ……!)


「……あ。指先が、冷たく……氷?」

「アリエラ?!」


 勢いよく扉が開き、わたしは一歩後ずさる。

 仮面をつけていてもはっきりと青ざめたリヒト様が、わたしの手をつかむ。


「凍り付いてきたのか?! くそっ、離れれば無効じゃないのか! いや、冷たいが凍ってはいないな?」

「えぇ、今夜は冷えますから。氷のように寒いだけですわね」

「……良かった」


 わたしが嘘をついたことよりも、握りしめた手を離すこともなく無事なことに安堵するリヒト様。

 本当に、良い方。

 なのにごめんなさいね、騙して。

 でもこうしなければ、部屋から出てきてくれそうになかったから。


「リヒト様。貴方に呪いをかけたのは、シロコトン王国の王女、ですね?」

「っ、どうしてそれを? いや、ここではまずい。中へ」


 リヒト様がわたしを部屋の中に促す。

 やはりリヒト様は起きていらしたのだろう。

 テーブルの上には呪いに関する書物が積まれている。

 呪いの範囲とその効果について書かれている書物は、わたしも読んだばかりだから覚えている。


(やはり、呪ったのは王女なのですね……)


 リヒト様の行動で確信する。

 だって、どう考えてもおかしかったのだ。

 呪いは、解けなくても術者に返せばいい。

 それだけの力がランドネル王国にはある。

 なのに返すことが出来ないのは、返せない、返してはいけない相手だからではないのか。

 それに、リヒト様は王族だ。

 おいそれと呪える相手ではない。

 けれど相手が同じ王族であるならどうだろう?

 すぐ側に並ぶことが出来るはずだ。

 隙を見て、呪うことも容易いだろう。

 ただ、理由が一切わからない。

 こんな、リヒト様を美しいと思った相手を氷漬けにする呪いなど、何の意味があるのか。


「散らかっていてすまないね。そこに座って」

 

 リヒト様に示された椅子に腰かける。

 向かいの席に座るリヒト様は、深いため息を零す。


「アリエラはどこまで知っているんだい?」

「恐らく、何も知らないと思います。リヒト様の呪いが、言われている噂とは別のものだということぐらいでしょうか。お顔は本当は何ともないのですね?」

「あぁ……。呪われた証に髪は黒く染まったけれどね。王女は、トルティレイ姫は私を呪おうとしたわけでは無かったんだ……」



◇◇◇◇◇◇



 十年前の花祭。

 その年は、隣国シロコトン王国から三人の王女が訪れていた。

 上のユリエット姫は十六歳で私の婚約者候補だった。

 けれどいざ会ってみると、ユリエット姫は私の兄であるガーゼルクと相性が良く、これは、私とよりも兄と婚姻を結んだほうが良いのではと思われた。

 真ん中のローゼア姫は十四歳で、こちらは、もともと交流のあった第二王子と相性が良かった。

 そして一番末のトルティレイ姫は当時まだ七歳。

 アッシュグレイの癖っ毛と、榛色の瞳が愛らしい姫君だった彼女は、けれど魔力を上手く操ることが出来なかった。


 姫たち同士は仲が良さそうだったが、上の二人は正妃の、末の姫は側妃の娘でもあった。

 そのせいだろう。

 二人の姫と違い、引っ込み思案で大人しい彼女は、シロコトン王国から来た侍女たちからもどことなく蔑ろにされている節があった。

 ユリエット姫との顔合わせの意味もあった花祭だけれど、当の彼女は兄と過ごすことが多かったから、私は自然とトルティレイ姫と一緒にいることになった。

 それに、私といるとトルティレイ付きの侍女たちも彼女を粗末に扱わない。

 花祭の初日こそ、俯きがちで悲しげだったトルティレイ王女は、段々と笑顔を見せてくれるようになった。


「ゆっくりと、私の魔力を感じてみて。魔力はね、怖いものではないから」


 王族でありながら魔力を上手く扱えないことに悩んでいたトルティレイ王女の手を握り、私はゆっくりと自分の魔力で包み込む。

 トルティレイ王女は魔力が無いわけではない。

 むしろその魔力は三人の姫の中で一番大きく思われた。

 けれどそのせいか、自分のうちに渦巻く魔力を無意識のうちに恐ろしいものと捉え、だからこそうまく扱うことが出来ていなかった。

 

 魔力に色を付け、視覚的にも見えるようにすると、姫は驚いたように私を見上げる。


「怖い?」

「……ううん、とても、きれいに感じるわ」


 はしばみ色の瞳に安堵を浮かべ、私を見上げるトルティレイ姫の頭を撫でる。

 当時私には妹がいなかったから、妹がいたらこんな感じだろうかと思っていた。

 どんどん私に心を開き、懐いてくれるのが愛らしかった。

 ――それが、悲劇につながるとは気づきもせずに。


 毎日のようにトルティレイ姫と過ごし、彼女に魔力の扱いを教える。

 花祭が終わりに近づく頃には、姫も大分魔力を扱えるようになってきていた。


「わ、花が、さいたわ!」


 自分の手の平の上に氷の花を咲かせ、トルティレイ姫が笑う。

 姫の魔力は氷との相性が良くて、氷をイメージするとうまくいくことが増えた。

 そうなると、側妃の娘であり出来損ないの姫としてぞんざいに扱っていた侍女たちの対応も良くなってくる。


「綺麗な氷の花だね」

「うん! でも、リヒトさまのほうが、もっときれい」

「私が? それは、ありがとう」

「絵本の中から抜け出したみたい。本物の王子さま」


 笑顔が増えていく姫を見ていると、私も嬉しくなっていた。

 そうして、花祭の最終日。

 運命の日。

 私達はランドネル王国の王族と、シロコトン王国の姫達とで花祭を見ていた。


「花祭はどう? 楽しめている?」

「うん! だいすき!」


 私がそう聞けば、トルティレイ姫はにっこりと笑って頷く。

 王城のバルコニーから見下ろす花祭は、踊り子たちの振りまく花びらが空を舞ってそれはそれは美しい光景だった。


「随分リヒト王子に懐いているのね」


 隣で見ていたユリエット姫が、意外だというようにトルティレイ姫を見下ろす。

 ユリエット姫が見ていたトルティレイ姫は、いつもどこか悲しげだった。

 だからこそ、ランドネル王国の花祭に少々強引に連れてきてしまったのだ。

 本来ユリエット姫とローゼア姫だけが来る予定だったのだが、幼く引っ込み思案な末の姫を想ってユリエット姫はトルティレイ姫の同行も提案したらしい。

 だからこそ、いま嬉しそうにしているトルティレイ姫を見れば自然と頬も綻ぶ。


「連れてきてよかったわ。未来の兄妹だものね。仲良くなってくれて嬉しいわ」


 そう言って笑う彼女に裏はなく、本心からだったろう。

 けれどトルティレイ姫にとって、それは絶望に等しかった。


『未来の兄妹』


 そもそも、この花祭と合わせた来国は、ユリエット姫と私の顔合わせの意味も込められていることを思い出してしまったのだ。

 この時すでにユリエット姫は私の兄のガーゼルクとの話がまとまっていたのだが、幼いトルティレイ姫への説明などはなかった。

 だから、彼女は誤解してしまったのだ。

 私と、ユリエット姫が結ばれるのだと。

 奪われてしまうのだと。

 恋と呼ぶにはまだ小さく、それでも慕う淡い想いは最悪の形で現れてしまった。


「…………いや……」

「トリィ?」


 俯いてつぶやくトルティレイ姫の愛称を呼び、首をかしげるユリエット姫。

 瞬間、トルティレイ姫の身体から魔力があふれ出した。

 私は咄嗟にトルティレイ姫を抱きかかえバルコニーから離れ、結界を張り巡らせる。


「いや、嫌よ! 奪わないで、どこにもいかないで、一人にしないで!」


 泣きながら叫ぶ彼女の溢れる魔力を私の魔力で相殺しようとするが、どうにもならない。

 魔力の扱いをやっと少しできるようになったばかりのトルティレイ姫自身では、溢れる魔力を抑えることなどできなかった。


 自分でも、自分が何をしているかなどわからなかっただろう。

 今までずっと彼女の幼い身体の中で渦巻いていた魔力は、深い悲しみに支配され、制御を完全に失っていた。


 私は彼女の身体を抱きしめ、「大丈夫だよ、私は誰のものにもならない、大丈夫」そう何度も言葉にして落ち着けようとした。

 その私の身体に、トルティレイ姫の魔力がしみこんでいく。

 まるで侵食するかのように。

 行き場を失った想いが助けを求めるかのように。

 泣きながら魔力を溢れさせる彼女が意識を失う頃には、私の髪は黒く変色しきっていた。

 ――そしてそれが、呪いとなってしまっているのがわかったのは、数日後だった。


 私に好意を抱いた者が凍り付いた。

 最初に凍り付いたのは、私の侍女だった。

 すぐさま王宮魔導師達が処置に当たり、一命を取り留めたが、事態はそれで収まらなかった。


 次々と女性が凍り付いていく。


 私を目にし、私に好意を抱いてしまった者が対象だと気づくのにそう時間はかからなかった。

 家族は別なようで、母や姉は私といても何も起こらない。

 けれどそれ以外の女性は容姿身分問わず、私に好意を持ってしまえば凍り付いてしまう。

 そのことがわかり、私は暫くの間離宮に療養という名目で籠り、王宮魔導師達の診察を受けた。

 結果わかったのは、トルティレイ姫の呪いだということ。

 姫が私の顔を美しいと感じていたせいだろうか。

 顔を隠してさえいれば、好意があっても呪いは発動しないようだった。


 呪いを解くには姫自身が呪いを解くか、呪いを返すか。

 幼い姫に呪おうなどという思いはなく、そんな彼女が呪いを解くなど到底無理だった。

 そして呪いを返すこともまた問題だった。

 

 呪いを上回る魔力をもってすれば返すことは出来る。

 けれど返される相手はシロコトン王国の幼い王女なのだ。

 魔力を暴走させ、呪う気などなく、ただただ一途に私を慕っていただけの彼女に呪いを背負わせるのは酷過ぎた。

 自分の顔を見て好意を持った相手が凍り付くなど、幼い姫に耐えられるものではない。

 事態を知ったシロコトン王国からも王自らが訪れて正式な謝罪と多大な慰謝料が支払われた。

 それには、幼い姫に呪いを返さないことも含まれていた。

 かくて私は呪いを返すことは選ばず、仮面をつけ、異性を避ける生活を送ることになったのだ。

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