過去を振り返って……小さな灯火③
いつもご訪問ありがとうございます!
出産を描いた文章があります。
苦手な方はご自衛をお願い申し上げます。
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まぁ……臨月ギリギリまで働けばこうなる事は仕方ないのかもしれない。
出産予定日まではあと十日ほどで、
今日が産休前最後の出勤日だったのだ。
メロディも医務室長ももっと早くに産休に入るように勧めてくれたのだが、金銭的な面からギリギリまで勤めさせて欲しいとハノン自身が願い出たのだ。
だからこんな……
こんなに早く、陣痛が始まってしまったのだろう。
しかも演習中に小さな事故があり、医務室長や他の医療魔術師が出払っている時に。
その日ハノンは朝から軽い下腹部の張りを感じていた。
以前からお腹の張りがあったが、
診察を受けてもとくに異常は見られなかった。
なので産科専門の医療魔術師(以後産術師と呼ぶ)に指示を貰い、自分で張り止めの魔法薬を調剤して服用していたのだ。
てっきり今日もそのいつもの張りだと思っていたら………
どうやら陣痛の兆候であったようなのだ。
昼過ぎにポンッと下腹部に軽い衝撃を感じたと思ったら、直ぐにじわじわと痛みに襲われた。
まさかと思って痛みの間隔を計ると既に5分おきの陣痛。
そしてあれよあれよと痛みは強さを増してゆき、しまいには………
「メロディ……どうしよう……破水しちゃったみたい………」
「な゛んてこったいっ!!」
陣痛が始まって直ぐにメロディには知らせたので、彼女は産術師に念書鳩を飛ばして往診を依頼してくれていた。
が、もしかしたら間に合わないかもしれないというこの状況下で、メロディのオトコマエ…いや、イイオンナ魂が炸裂した。
「ええぃ、オンナは度胸ヨっ!!
最悪な事にハノンとアタシの他にはおばあちゃん医師しかいないけど、医師は40年前に出産経験アリって言うしここで取り上げるしかナイっ!!」
と、そう言って医務室に唯一残っていた七十代手前の女性医療魔術師と分娩の用意を始めた。
ハノンも腹を括る。
仕込んだものは出すしかないのだ。
この子を無事に産んであげられるのは母親であるハノンにしか出来ない事。
ーー赤ちゃん……!ママ、頑張るからねっ!!
そう思った瞬間、脳裏にフェリックスの姿が浮かんだ。
遠く離れた王都の空の下で我が子の誕生を知らずに過ごしている彼の姿を。
ーーごめんなさいフェリックス様。
だけどこの子は必ずちゃんと産んで、育ててみせますからっ……!
だけど心の中で、彼の姿を思い浮かべて力を貰うのは許して欲しい。
あの日魔物に立ち向かっていた広い背中を思い出し、ハノンは自らを鼓舞した。
あの彼の子を産むのよ。
しっかりしなくては……!
そして挑んだ出産。
悪戦苦闘、四苦八苦、艱難辛苦のその果てに……
ハノンは3020グラムの元気な男児を出産した。
赤ん坊の身を清め、寝台に横たわるハノンの元へとメロディが連れて来てくれる。
「ハイ♡可愛い可愛いおサルの天使が爆誕よ♡ホントに舐めずりまわしたいくらい可愛い♡」
「舐めないでね……それにおサルの天使って……生まれたての赤ん坊はみんなこんな感じでしょう?」
疲労困憊ながらもハノンがそう言うと、メロディと共に赤ん坊を取り上げてくれたおばあちゃん医師が「あら、その子は生まれたてにしては綺麗な顔をしているわよ?将来が楽しみね」と言った。
それを聞き、ハノンはメロディと顔を合わせて微笑んだ。
ハノンは慈愛に満ちた眼差しで生まれた我が子を見つめる。
銀の髪……先程偶然開いた瞳を見たが赤い瞳だったような気がする。
赤ん坊の瞳は全体に青みがかっているので正確な事は言えないが黒や茶色ではなかったはず。
どうやらこの子はワイズの遺伝子を色濃く受け継いで生まれたようだ。
ーーフェリックス様。
無事に生まれましたよ……ごめんなさい、わたしは本当に今、幸せを感じています。
だからどうか、貴方もお幸せに……。
ハノンはそっとその小さな手に指先で触れた。
するとその指先を赤ん坊がきゅっと握ったのだ。
自然と笑みが零れ、言葉が溢れていた。
「可愛い……可愛い子ね……」
ハノンは赤ん坊にルシアンと名付けた。
ルーセルの家系図でよく見られる名だった。
兄の名のファビアンも、ルーセル家の当主にはよく付けられていた名で、ルシアンもその一つ。
もし、兄が結婚しなければこのルシアンがルーセル家を継ぐ事になるかもしれない。
そんな仮定も踏まえての名付けであった。
まさか三年後にルーセルではなくワイズ姓になるなど、この時のハノンは知る由もなかった。
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次回、久しぶりに出ます。
“カ行”が克服出来ていない時のるちあんが。
でもすみません次回の更新は来週の火曜となります(>_<)
よろちくび~(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)




