執務室での会話
今回は山も谷もない、でもオチはあるか?ん?という幼馴染二人の会話のお話です、どうぞ。
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フェリックス=ワイズは理解出来なかった。
それは近頃、陰で呼ばれている彼の二つ名の事だ。
“クレバスの騎士”
普段の彼の行動を揶揄して名付けられたその二つ名、聞けば王太子クリフォードが名付け親というではないか。
冷たく狭量な性質がクレバスのようだと……
解せぬ。
自分のどこが冷たくて狭量だというのだ。
フェリックスは非難も込めて、クリフォードに尋ねてみた。
他に誰も居ない、執務室で二人だけの時に。
「クリフ、どうして俺をクレバスに喩えたんだ?」
「なんだ?藪から棒に」
決裁する書類に目を落としながらクリフォードが逆に返してきた。
「俺のどこが冷たくて狭量なんだ」
「……ホントか?自覚ナシか?ある意味凄いな」
「どういう意味だよ」
「そのまんまだよ。家族以外の女性には氷のように冷たく接し、妻が少しでも異性と接するような事は許さない。これを“冷たく狭量”と評して何が悪い」
「既婚者に言い寄って来るような女に紳士的に振る舞う必要はないだろう」
「じゃあ奥方に対しての心の狭さはどうなんだ?確か結婚する時は魔法薬剤師の復職も認めるとか寛大な夫を演出していなかったか?」
クリフォードの指摘に、フェリックスは押し黙る。
どうやら自覚はあるようだ。
言い訳がましくフェリックスは答えた。
「ハノンは子育てで忙しかっただろう。伯爵夫人としての務めもある。その上で更に仕事を増やす必要はないと思っているだけだ」
「ポレたんが五歳を過ぎたくらいからなら、復職も可能だったんじゃないか?」
「……………」
「だんまりか」
「ハノンは年々美しさが増しているんだぞ……?外に一歩でも出れば、その美しさに惹かれて有象無象の輩が集って来る。そんな危険な目に遭わせられるか」
「要するに他の男の目に触れさせたくないだけだろ」
「悪いか、その通りだ」
「うわっ開き直った」
クリフォードは呆れて幼馴染の顔を見た。
その時、王太子付きの侍女がお茶を運んで来た。
クリフォードの執務室にあるティーテーブルにお茶の用意をし始める。
その様子をさして気にもせず、クリフォードはフェリックスをまじまじと見つめて思った。
同性から見ても、この男は惚れ惚れするほど美しい顔立ちをしている。
他国の高位貴族の間でも評判のフェリックス=ワイズの美貌。
更に名門侯爵家の次男であり現ワイズ伯爵でもある出自の良さ。
加えて王太子付き、ゆくゆくは国王専属の近衛騎士という肩書きもある。
事実、妻のハノンと懇意になってあのフェリックス=ワイズの鼻を明かしてやりたいと目論む男も多いだろう。
それを抜きにしても奥方はなかなかの美人だ。
しかし実際にはフェリックス=ワイズと競い合ったとしても勝ち目はないと、無駄な勝負はしないと考えている者がほとんどだ。
だからそこまで心配し警戒して狭量になる必要はないのだ。
それなのにこの完璧な男は何故こうも、妻一人に対して余裕がないのか。
まぁそのくらい惚れ込んで、大切な存在なのだろう。
ーーしかしなんだ……ホントに腹が立つほど美形だな、この男は……
クリフォードは素直な気持ちでそれを幼馴染に告げた。
「フェリックス、お前は本当に美しい男だな、
(俺が女性なら)思わず求婚したくなるくらいだよな」
瞬間、ガチャリと茶器が派手な音を立てた。
ティータイムのセッティングをしていた侍女の手元が一瞬だけ狂った様子だった。
「……失礼しました」
しかし侍女は、直ぐに何事もなかったかように何食わない顔でセッティングを続けた。
が、よく見ると頬を赤らめ目がうるうるキラキラしている。
それに気付かず、フェリックスとクリフォードは会話を続けた。
「何を今更。それにお前だって(ハノンが見惚れないか)俺が心配になるくらい整った顔立ちじゃないか」
今度はゴト、というポットを置くにしては大きな音がした。
「し、失礼いたしましたっ……!」
お茶の用意をし終えた侍女は頬を上気させて、そそくさ執務室を出て行った。
「「?」」
なぜ侍女がそんな様子で慌てて部屋を出て行ったか分からなかったが、その後も二人は共にお茶を飲みながら、互いの容姿の話や家族の話などで盛り上がった。
先ほどの侍女が控え室で仲間達に、互いの美を讃えて好意を伝え合う王太子と専属騎士の間に流れる空気は、只事ではなかった……と話しているとも知らずに。
そしてその話しが尾ヒレをつけて瞬く間に王宮内に広がり、
王太子と専属騎士の禁断の愛が実しやかに囁かれる事になるのであった。
その噂は同じく王宮騎士であるキースの口から妻のイヴェットの耳にも入り、
彼女の BでLな妄想が捗ったのはここだけの話である。




