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小望月(こもちづき)

 12月になったばかりのある放課後、夕陽ヶ丘学園高等部二年A組の教室にまひると衣都の姿があった。

「まひる!今、何と言ったの!」

 驚いた顔で衣都はまひるを見た。

 衣都の迫力に押されるように、タジタジしながらまひるは同じ話しを繰り返した。

「だから・・・今度の冬休みに・・・衣都が蒼海さんのところに行くなら・・・私も一緒に連れてって欲しいって・・・」

 勇気を出して言ったのだけれど、やはり突然は不味かったのかも知れないとまひるはひゃあせをかいていた。

「今まで私が誘っても、一度も誘いに乗らなかったのに、どうして?」

 衣都が追求する。

 確かにこの一年半、休みの度に衣都に京都に一緒に行こうと誘われ続けたけれど、まひるは全て断っていた。

「え、えーと、進路の事で蒼海さんの意見が聞きたくて・・・」

 まともに衣都の顔が見られない。まひるは目を反らして答えた。

 確かにまひるは何処の大学に進学するかまだ決めていないと言っていた。進路表もまだ出していないらしい。それにしても蒼海に相談するほど悩んでいるとは思わなかった。

 私では相談相手にならないという事かしら?と衣都は思った。

 しかし、これはチャンスかも知れない。衣都は内心喜んでいた。

「まあいいわ。まひるが行きたいと言ったときに行かないと、次は何時になるか分からないからその話に乗るわ。今回お母さんは行かないと言ってたから、一人でも様子見に行こうと思っていたところだったから丁度良かったわ」

 何が丁度良かったのか分からなかったが、衣都がOKしてくれたことにまひるはホッとした。

「ありがとう」

「いーえ、まひるが気にすることではないわ」

 衣都は満足そうに頷いたが、なんだか黒い笑いが見える様だ。

 衣都は誰にも言っていない未来設計がある。その未来設計の為には、まひると蒼海にくっついて貰わなければならなかった。だから、蒼海が京都に行ったことで二人の接点が無くならないように、休みの度にまひるを京都に誘っていたのだ。しかし、衣都が見ている限り、まひるも蒼海もそんなそぶりを見せないので少し焦っていた。

 何故なら、京都に蒼海を狙っている目障りな女が現れたからだ。休みに京都に行くたびに存在感を増している女、禮。母はこの女と話しが合うようだ。しかし、この女と蒼海が付き合ったら、衣都の計画に支障が出るのは間違いなかった。その為にはまひるには絶対頑張って蒼海とくっついて貰いたかった。だから、まひるが蒼海に会いたいと言ったのはチャンスだと思った。

 先日陽に電話が掛っていた。

「あら、大学の皆で誕生パーティを開くことにしたのね。じゃあ24日には行かないことにするわ」

 たぶん相手はあの女、禮だと思うけれど、禮が何かを企んでいるような気がしたので、衣都はそれを阻止するため、一人でも行かなければと思っていたところだった。


 ガラッと扉が開く音がして、篤と有樹矢が入ってきた。

「「お待たせ」」

「別に待っていたわけじゃないわ」

 衣都がツンと顔をそむけた。

 いつもの事なので、笑いながら篤が衣都とまひるに声を掛ける。

「それでも、もう誰もいないから帰ろうぜ」

「そうね、まひる帰りましょう」

 まひると衣都は鞄を取ると、篤と有樹矢の後について教室を出た。

 何故か一年の時から四人で帰るのが日常になっていた。

 有樹矢はまひるに好意があるようだ。まひるは有樹矢をクラスメイト以上に思っていないことは見え見えだったので、有樹矢がまひるの気を引きたがっているのを、衣都は知っていたが無視していた。どちらかと言うと、まひると篤の仲の良さが気になっていた。


 まひるは衣都から一緒に行くという約束を取り付けたので、その夜、京都行きの話しを小夜にした。

「お母さん、冬休みに衣都から蒼海さんのところに一緒に行かないかと誘われたんだけど、行っても良い?」

 小夜はまひるが蒼海とこっそりメールのやり取りをしているのを知っていたので、それとなく確かめた。

「蒼海さんがまひるを誘ったの?」

「ちがう、蒼海さんは何も知らない。衣都から誘われたの」

 本当はまひるが衣都を誘ったのだけど、それは言えなかった。

「そうなの?」小夜は少し考えていたが、「いいわ行ってらっしゃい」と思ったよりもあっさりと認めてくれた。

「本当に?ありがとう」

 小夜はホッと安堵する娘の姿をみて、女の子らしくなったなあと思った。

 まひるが蒼海に特別な感情を抱いていることには気付いていた。しかし、それについて強いて尋ねることはしなかった。

 男の子だったまひるが女の子になって、戸惑いながらも蒼海を好きになっていくのを黙って見ていた。蒼海がまひるをどう思っているかは分からないけれど、美月のような悲しい恋はして欲しくなかった。

「いつ行くの?」

「蒼海さんの誕生日が24日だから、サプライズで行くことにしましょうと衣都は言ってたけれど、まだハッキリ決めていない」

「そう」

 衣都はサプライズにしたいから、蒼海に連絡してはダメよとまひるに口止めをしていた。

 サプライズ・・・

 突然尋ねていったら蒼海は喜んでくれるだろうか?

 進路の相談をしたいというのは本当だけど、蒼海の二十歳の誕生日を一緒に祝って過ごしたいと思っていた。


 その頃、衣都も24日の話しを陽にしていた。もちろんまひるが一緒に行く事は内緒だ。

「あら、24日はダメよ。禮さん達が仲間内で蒼海の誕生パーティをするらしいわ。だから、翌日に私と一緒に行きましょう」

 衣都は蒼海にフラグが立った事を知った。

「あら、お母さん今回は行かないって言ってなかった?」

「そう思っていたのだけど、考えてみたら蒼海の二十歳の誕生日でしょう。やはり祝ってあげたいじゃない。25日だったら行けそうなのよ。だから、衣都も1日ずらして私と一緒に行きましょう」

「そ、そうなの?」

 衣都はこのフラグを回避するためには、是が非でもまひるに24日に行って貰わないといけないと思った。


 12月24日当日、旅行トランクを引いて駅に行ったまひるは、衣都から突然一緒に行けなくなったと知らされた。

「どうして?」

「実はお母さんも行くことになって、1日ずらすことになったのよ」

 申し訳なさそうに衣都が謝っている。

「まひる、一人で先に行っていて」

 衣都が拝むように言う。

「でも、家も知らないし、私一人では蒼海さんも困るのでは・・・」

「蒼海は大丈夫よ。地図を書いてきたから、この通りに行けば間違いなく蒼海の部屋にたどり着くわ」

 衣都は強引にまひるに地図を渡し、来た電車に送り込んだ。

 流されるように電車に乗ったまひるは、ホームで手を振る衣都を心細そうに見た。

 心細いけれど、蒼海に会いたい気持ちの方が勝っていた。

 まひるは大きく深呼吸をすると、頑張る!と小さくひとりガッツポーズをして京都に向かった。


 蒼海の部屋では、いつもの様に禮が先に来てパーティの準備を始めていた。蒼海におそろいのエプロンを着せて、台所で料理を作っていた。

 今日の禮には作戦があった。

 禮は初めて会った時から蒼海に好意以上のものを感じていた。

 この二年間、蒼海の周りに女の気配は感じられなかった。休みになると山に行くと言ってしばらく出掛けることはあったが、彼女がいる感じではなかった。蒼海が自分をどう思っているかは分からないが、嫌われているようには思えなかった。ちょっとした我が儘を言っても、困った顔でやってくれる。

 今日は蒼海の二十歳の誕生日だ。今まで二十歳前だからと断られていたお酒を今日からは堂々と勧める事ができる。あとは飲ませて酔わせて・・・と考えると思わず顔がにやけてしまった。

 蒼海の母親には事前に予防線を張っておいた。あの小生意気な妹を近づけないようにしている。あの妹は蒼海と兄妹だけど血縁関係ではない。ことある毎に自分の邪魔をしてくるのは、蒼海が好きだからだろう。だったら、あの妹より先に行動にうつせばいい、初めてのお酒で蒼海を酔わせ誘惑するのだ。一人では怪しまれるので、サークルの仲間も誘って、最後に二人きりになるように仕向けるのが今日の計画だった。

「蒼海、そこのボール取って」

 レタスを洗いながら禮が言う。

 何故か今日の禮は機嫌が良い。

 蒼海は誕生日を祝ってくれるのはありがたいけれど、こんなに料理を作ってまでしなくても良いのにと思っていた。

「禮さん、そこまでしなくても・・・」

 ボールを渡しながら蒼海が言う。

「ダメよ。蒼海の誕生日だからって特別ではないのよ。みんな二十歳になったら、こうやって集まって初めての酒を飲むのよ。だからおつまみはそれなりに用意しなきゃいけないの。まあ、最終的にはみんなで飲めれば良いのだけどね」

 軽くウインクをしながら言う禮を見て、そういうものだろうかと蒼海は諦めにも似た気持ちになっていた。


 ピンポーン

 玄関のチャイムが鳴った。

「あ、先輩が来たのかな?」

 ドアホンの画面には誰も映っていない。

「誰だろう?」

 蒼海が手を止めて出ようとする。

「いいわ、私が出るから、蒼海はそこの野菜をお願い」

 禮はいそいそと玄関に行きドアを開けた。

 ドアの前には見知らぬ少女が立っていた。

 少女は大きな目を見開いて禮を見ていた。

「あの、蒼海さんは・・・」

 少女は小さな声で尋ねた。

「蒼海の知り合い?」

 禮は目の前の、不安な表情をした綺麗な少女を見て、今日の計画が崩れる嫌な予感がした。

「禮さん、誰が来たの?」

 禮の後ろから蒼海が顔を覗かせた。

 禮とおそろいのエプロンを着けた蒼海の姿を見て、「うそ・・・」と呟く少女の大きな目からポロッと涙があふれた。

「まひる!?」

 蒼海が驚いて声を掛けると、まひるは背中を向けて走って行った。

 蒼海は慌てて後を追った。

「まひる!待って!」

 エレベータの扉が目の前で閉まり下に降りていった。

「クソッ・・・」

 蒼海は慌てた。

 禮さんを見て誤解したかも知れない。追いかけなければ・・・

 エレベータの呼釦を押しながら、非常階段とエレベータとどっちが間に合うだろうかと考えていた。ふと、通路から下を見ると、先輩の姿が目に入った。

 まひるが建物から走るように出て来た。

「先輩!その子を捕まえて!」

 先輩は一瞬上を向き蒼海を見て、そして走ってくる少女を見た。ほとんど条件反射だったのだろう手を伸ばしてまひるを捕まえた。

 先輩がまひるを捕まえたのを確認した蒼海は、戻って来たエレベータに乗って下に降りた。

「まひる・・・」

 まひるは俯いたまま何も言わない。

 確実に誤解しているようだった。

「先輩、僕がコートを取ってくるまで、もう少しこの子を見ていていただけますか」

 先輩は一瞬呆けた顔をしたが、訳ありだと気付いたらしく頷いた。

 蒼海は先輩にまひるを託して、一旦部屋に戻った。

 禮が玄関で待っていた。

「蒼海、さっき女の子は?」

「下で先輩に止めて貰いました」

 部屋に入りコートを持って出掛けようとする蒼海に、禮は尋ねた。

「あの子は誰?」

 蒼海は禮を見てハッキリと言った。

「僕の彼女です。すみません、少し出て来ます」

 蒼海は禮にそう告げるとコートを着て出て行った。

 禮は蒼海の『僕の彼女』という言葉に嫌な予感が当ったことを理解した。

 先輩はまひるを捕まえたまま下で待っていてくれた。

「先輩すみません」

「いや、いいよ」

「まひる、何処かで少し話そう」

 まひるは小さく頷いて「御門野さんの山に行きたい・・・」と言った。

「わかった」

 蒼海は先輩に「先輩すみません、彼女と出かけて来ます。少し遅くになると思うので、先輩達は先に始めていて下さい。僕は・・・彼女の誤解を解かないと・・・」と言って謝った。

 先輩は何となく予想が付いたのだろう、「ああ」と頷いて、捕まえていたまひるの手を蒼海に渡すとマンションに入って行った。

 先輩が蒼海の部屋に行くと禮が玄関に座っていた。

「蒼海は?」禮が尋ねた。

「彼女と出かけたよ。先に始めていてくれと言っていたから、遅くなるんじゃないかな」

 禮の計画が泡と消えてしまったと悟るのに時間は掛らなかった。


 山の入り口までタクシーで行った。

 タクシーを降りて入り口に向かいながら、蒼海は心配していた。まひるが霊山に入れるか分からなかったからだ。しかし、まひるの希望でここまで来てしまった。あとは山の神様に任せることにした。もし入れなければその事をまひるに告げて、別のところに行けば良いと思った。

 蒼海はまひるの荷物を持ち、片方の手でまひるの手をとり霊山の入り口を通った。

 山の入り口でまひるが立ち止まった。

 やはり入れないのか・・・と蒼海は心配になった。

「どうしたの?」

「今、誰かが『巫女を宿す娘、何故泣いておる』と声を掛けてきたの」

 蒼海には何も聞こえなかった。

「『巫女を宿す娘』?」

「“あさひ”を産むのは決まっているけれど・・・そのことかな・・・」

 どういう事だろう?たぶん尋ねたのは山の神様だろう。だとすれば山の神様はまひるの心配をしてくれているようだ。

「きっと山の神様が、まひるが泣いているから心配してくれたのかも知れないね」

「山の神様?」

 不思議な顔でまひるは蒼海を見た。

「この山は霊山なんだ。山の神様が認めた人しか入れないらしい」

「そうなの・・・」

「まひるは山の神様から声を掛けられたと言うことは、認められたんだと思うよ」

 まひるは意味が分からないようだった。

 山の上は雪だった。

「雪が積もってる!」

「ここはかなり上にあるらしいから、下とは気温が全然違うんだよ。まひるは寒くない?」

「私は大丈夫です。あのコンテナを蒼海さんがDIYしたんですね」

 まひるは正面に見えるコンテナを指さした。

 蒼海はDIYが進む度に写真をまひるに送っていたので、実物が目の前に現れて嬉しいみたいだった。

「あっ、こっちがユニットバス!」

 コンテナの左に渡り廊下で繋がった、少し小さめの箱形の建物を見ながらまひるが言った。。トイレとお風呂が一体になったユニットバスは、周りを断熱材と木で囲って作った。

 まひるの気分が少し晴れたようだ。

「あとで全部見せてあげるよ、とりあえず外は寒いから中に入って暖まろう」

 蒼海はコンテナの入り口を開けて中に入るよう促した。

 コンテナの中は畳が敷いてあった。

 入り口の横に棚があり、小さな冷蔵庫と電子レンジと電気ポットが置いてあった。入り口の反対の壁には本棚と文机と布団が一式たたんで置いてある。

「蒼海さんはここで勉強しているの?」

「そうだね。休みの時はたいていここに来ている」

 蒼海は電気ストーブのスイッチを入れながら説明した。

「台所は?」

「一応あるよ。コンテナの入り口とお風呂の間に有るんだけど、気付かなかった?」

 まひるはコンテナのドアを開けて外を覗いた。

 ドアの正面にユニットバスの入り口が見える。

 コンテナとユニットバスの間の渡り廊下には屋根が付いていた。その屋根の下に小さな流しと電気コンロと電気給湯器が並んでいた。

「本当はこの通路のようなところにも壁を作る予定だったのだけど手が回らなくて・・・」

「いいえ、素敵だと思う」

 まひるは感動したように蒼海を見た。

「明日からここに来る予定にしてたので、まだ何も準備していないんだ。お茶を入れるのに、上から湧き水を汲んでくるからここで少し待っててくれる?」

 蒼海はバケツを手に取り出て行こうとしたら、まひるからコートの裾を捕まれてしまった。

「一緒に行っていい?」

 一人になるのが恐いみたいだった。

 蒼海はフッと笑って「良いよ、一緒に行こう」と空いてる手を差し出した。

 まひるはホッとした様だった。しかし、差し出した手は取らずに、蒼海の隣を歩いて湧き水のところまで一緒に歩いた。

「この湧き水は山の神様の物なんだそうだよ。どういう原理か分からないけれど、湧き水はいつも新鮮な水が湧いているのに外には流れ出ることはないんだ。だから水が必要な時は毎回ここまで汲みに来ないといけない」

 蒼海の話しを聞きながら湧き水の中を覗き込んだまひるは、水中深くに眠る男の人の姿が見えた。

「この中にとても綺麗な男の人が眠っているわ」

「えっ!僕には何も見えないよ」

「そう?でも見えたのよ」

 蒼海が見えないと言ったので、確かめる様にまひるはもう一度湧き水の中を覗き込んだ。

「やはりいるわ。青い髪の綺麗な人。蒼海さんに見えないと言うことは、きっと神様が眠っているのね」

 蒼海は変な感じがしたけれど、水を汲むとまひると一緒にコンテナに戻った。

 まひるは一度死んでいるから、神様が見えるのかも知れない。そういえば、御門野も見えない物が見えると言っていた。まひるもそうなのかも知れない。だから山の神様の声も聞こえたのだろう。

 電気ポットに汲んできた水を入れてお湯を沸かす。

「まひるはコーヒーと紅茶と日本茶、どれにする?」

「何でもあるのね」

 蒼海は「飲物だったらいろいろあるよ」と棚を指さした。

 棚の上にはインスタントコーヒーの瓶と紅茶と日本茶のティーパックがガラス瓶に入れてあった。

「では、コーヒーを下さい」

「ミルクはないけれど、良い?」

「良いです」

 蒼海は棚からカップを二つ取り出して、インスタントコーヒーを入れる。

「砂糖は?」

「一つお願いします」

 砂糖を入れてポットのお湯を注ぐ、軽くかき混ぜて、まひるにカップを渡した。

 二人は黙ってコーヒーを飲んだ。

 沈黙に耐えきれず蒼海は禮の事を話すことにした。

「まひる、誤解しないように言っておくけど、マンションにいたあの女の人は禮さんと言って大学の先輩なんだ。まひるを捕まえてくれた人も大学の先輩で、今日はみんなで集まって僕の誕生パーティをするといってその準備をしていたんだ。だから、誤解しないで・・・」

 まひるは黙っていた。

 しばらくして、ポツリと呟くのが聞こえた。

「私、初めて美月さんの気持ちが分かりました」

 まひるの声は泣いているようだった。

 蒼海はドキリとしてまひるを見る。

 まひるは両手でカップを持って下を向いていた。

「蒼海さん、私、待っていても良いのですか?」

 絞り出すような呟きが聞こえた。

 蒼海は震える手をまひるの肩に手をのせて「僕は待っていて欲しい」と言った。

 まひるの涙を溜まった大きな目が蒼海を見上げた。

「本当に?」

「本当だ」

 蒼海はまひるの持っていたカップを横に置くと抱きしめた。

 しばらく二人は抱き合ったままだった。そして、恥ずかしそうに身体を離して見つめ合った。

「ごめんね、寂しい思いをさせて」

 蒼海はまひるの頬に残る涙を指で拭いた。

「それは良いんです。御門野さんの為ですから」

「そうだね。御門野が帰ってきたら、僕も休みの度にまひるに会いに帰るよ」

 蒼海の言葉にまひるの頬が赤く染まる。

「蒼海さん・・・実は私・・・相談があって来たのです」

「相談?」

「はい、進路のことで・・・」

「進路?どの大学にするか悩んでいるの?」

「京都に来ても迷惑じゃないですか?」

「まひるは京都に来たいの?」

「蒼海さんの近くにいてはいけませんか?」

「いや、それは大歓迎だけど・・・それだったら、まひるが高校卒業したら僕と結婚してくれる?」

 蒼海はまひるが京都に来たいと言ったことが嬉しかった。嬉しかったから思わず「結婚してくれる?」と聞いてしまった。

「えっ、結婚ですか?」

 思いも寄らない言葉にまひるは驚いて、赤くなった頬を両手で押さえた。

「僕はまだ学生だけど、まひるが京都に来るなら、一緒に住みたい・・・まひるは嫌?」

「嫌じゃないです。蒼海さんと一緒にいたいです」

「分かった。まず母を説得しないといけないけれど、まひるが高校卒業したら結婚しよう。僕はまひると一緒にいられるならその方がいい」

 まひるが京都に来るなら一緒の方がいい。だんだん綺麗になっていくまひるを見ていると、誰かに取られるのではないかと不安になる。

 蒼海はまひるを誰にも渡したくなかった。

 二人は赤い顔で見つめ合っていた。

 このままま抱きしめてキスをしても、まひるは抵抗しないだろうと蒼海は思った。

 でも、キスをしたらその先を求めてしまいそうで恐かった。

 蒼海は少し冷静になることにした。

 蒼海はまひるを連れてコンテナの外に出た。

 外はすっかり暗くなっていた。

 空には満月には少し足りない月が出ていた。

「まひる、月が綺麗だね」

「うん・・・」

 二人は並んで月を眺めた。

 寄り添う肩が触れあいお互いに見つめ合う。

「まひる・・・」

 蒼海の手がまひるの頬を包んだその時、「えっ!」と慌てたような声が聞こえた。

 振り向くとそこには御門野が立っていた。

「御門野!」「御門野さん!」

 御門野が驚いた様に蒼海を見て、躊躇いがちに聞いた。

「もしかして橋本?」

「もしかしなくても橋本だ」

 御門野は蒼海とまひるの顔を交互に見て気まずそうに顔を赤らめた。

「御門野・・・?」

「お邪魔だったかな?」

「そんな事はありません。蒼海さんは御門野さんをずっとここで待っていたのです。お帰りなさい」

「橋本、私はこの子を知っていたっけ?」

 御門野は尋ねるように蒼海を見た。

「御門野さん僕です。その節はありがとうございました」

 まひるは『僕』とあえて言った。

「もしかして、あの時の少年か?」

「はい」

「すっかり女の子らしくなっていて、気付かなかった」

「いえ、御門野さんのおかげです」

「ところで今は何年何月だ」

「20××年の12月だよ」

「私が出掛けて四年が経っていたのか」

 御門野はハァーッと大きなため息をついた。そしてブルッと肩を震わせた。

 それまで御門野が現れた事に気を取られていて、御門野が薄い着物を着ているのに気付かなかった。

「御門野、寒いだろう。小屋の中に入ろう」

 蒼海は御門野をコンテナの中に誘った。コンテナの中は電気ストーブが付いているので暖かかった。

「この小屋は?」

「朔さんがコンテナを用意して、蒼海さんがDIYをしたんですよ」

 まひるはカップにお茶を注いで御門野に渡した。

「ありがとう」

 御門野がお茶を受け取って飲んでいると、誰かがドアをノックした。

「きっと朔さんだよ」

 蒼海がドアを開けた。

 ドアの外には朔が立っていた。

「朔殿!」

「宝、無事に帰って来れたね」

「朔殿も元気そうで何よりです」

 朔は嬉しそうだ。そして少しキョロキョロと辺りを見回した。

「ところで直親(なおちか)は一緒に来なかったの?」

「直親は宝丸がいるので置いてきました」

「宝丸?」

 御門野は平安時代で朔に会った様だった。蒼海やまひるには分からない話をしている。

 その中でも良く出てくる直親という人物が気になった。

「御門野、直親って誰?」

「私の婿だ」

「婿!御門野結婚したの?」

「まあ、直親の父殿の策略で婿に貰った」

「その父殿というお方は、宝丸という子どもを通して、平安時代に御門野さんのご先祖様を作ってくださったのですね。なんだか、御門野さんはその為に平安時代に召喚された様な気がします」

 側で話しを聞いていたまひるは不思議なことを言っている。

「まひる・・・?」

 蒼海は怪訝な顔をしてまひるを見た。

「この山に入るとき、山の神様が私のことを“巫女を宿し娘”と呼びました。山の神様は過去も現在もずっと続いています。私が“巫女を宿し娘”ならば、御門野さんもこの山で生まれたときに、山の神様から役目を貰ったのではないかと思ったのです」

「山の神がまひるに“巫女を宿し娘”と言ったのですか?」

 朔が何だか嬉しそうにまひるに尋ねた。

「はい、意味は分かりませんけれど。朔さんはあさひに、私が“あさひ”を産むという約束をして下さいました。それと同じように私の中に“あさひ”とは別の誰かがいるような気がしてきました」

 朔はその言葉を聞いてますます嬉しそうな顔をした。

 そんな朔を見ていた御門野が言った。

「朔殿、明日竜神殿を起こしに行きますので付き合ってください」

「竜神殿?」

「朔殿のお爺さまです。鬼と戦っているときに私を庇って深手を負ってしまったのです。それで千年の眠りにつくと言われて眠ってしまいました。竜神池の水は竜神殿には刺激が強いと聞いていたので、この山の湧き水で眠って貰うことにしました。(いち)、朔殿の母上の居場所は竜神殿が知っています。竜神殿を起こして一を連れてきてもらうつもりです。そうすれば13月様との約束も果たせます」

「今更、父上との約束なんて果たすことないよ」

 朔は少しムッとした顔をした。

「約束は約束ですから」

「分かった。明日、竜神を起こしに行こう。あんな奴の為に母上を捜すことないと思うけれど・・・」

 朔は父親との間に何かわだかまりがあるらしい。

「じゃあ明日、私と蒼海さんは山を下りて、御門野さんの洋服を買ってきますね。そしたら私と一緒に帰りましょう」

 まひるが提案するように言った。

「橋本は帰らないのか?」

「僕は今、京都に住んでいる。御門野が帰ってきたなら、ここも片付けないといけないから後から帰るよ」

「これはこのままでも良いよ。私も時々ここに来て昔を偲びたい」

「分かった。じゃあ私物だけ持ち帰るとするよ」

「あのー、蒼海さんと私も時々来ても良いですか?」

 まひるが遠慮がちに尋ねた。

「良いよ。ここは橋本がDIYしたんだろう。私の方が使わせて貰う立場だよね」

「よかった」

 私たちの話が終わったのを確かめて朔が言った。

「話しが付いたところで、私は一度戻る事にします。明日また来ます」

 そう言って朔は去って行った。

 御門野が帰って来たので山を下りることは諦めた。

 蒼海はマンションにいる先輩に電話をして「僕と彼女の共通の友人に偶然会ったので、その人のところに泊まることになりました。明日には戻るので、今日は先輩達だけでたのしんでください」と伝えた。


 翌朝、朔と御門野は湧き水に竜神を起こしに行った。

 蒼海とまひるは街に下りて、御門野の洋服を買って戻って来た。

 戻って来たときには全てが終わったらしかった。

 まひるが昨日湧き水の中で眠っていた神様が目の前に立っていると言ったので、御門野に確認すると、竜神様だと教えてくれた。

 竜神は千年の眠りについていたのを、百年早く起こされたとブツブツ言っているらしい。

 昼過ぎに御門野を連れて山を下りた。

 御門野が蒼海のマンションに行ってみたいと言ったので、駅に行く前にマンションに寄った。

 マンションには先輩達がまだ残っていた。

 蒼海が御門野とまひるの二人を連れて戻ったので、先輩達は驚いた。

 どうやら蒼海とまひるが二人で一夜を過ごしたのではないかと疑われていたらしい。

 先輩達は、蒼海が帰ってきたので誕生パーティのやり直しだと言って、御門野とまひるも入れてパーティをまた始めた。

 一体どのくらい飲んだんだろうと頭が痛くなった。

 あまり盛り上がらないうちに、御門野とまひるを駅まで送ることにした。


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