疑念
マードッグは崩れ落ちるイリスの両脇に手を差し込み、倒れ込むのを防ぐ。
イリスの意識が無い事を確認すると、十字架を背負いなおし、ゆっくりと抱え上げた。
まるで割れ物を扱うかのように、揺らさないよう丁寧にイリスを抱えて森を歩いていく。
しばらく歩いていくと、月夜が見えるほどに拓けた場所に出た。
そこでは刀を左手に携える細目の男が待ち構えていた。
細目の男はイリスを抱えたマードッグを見ると、
愉快なものを見たとでも言わんばかりに笑った。
「それが今回のお仕事のお目当てって訳ですか。」
それを聞いた瞬間、マードッグの表情が変わる。
先ほどまでの穏やかな表情とは打って変わって、不愉快だと言わんばかりに男を睨みつけた。
「何が言いたい、霧切。」
霧切と呼ばれた男はやけに芝居がかった動きで首を横に振った。
「ああいえ、特段含みがあるわけではないですよ?」
ただですね?そう続けると、明らかに嫌疑を含んだ視線でマードッグを見つめた。
「閉鎖的な団体ってのは特段異質な何かが現れるとそれを排除したがるものなんですよ。あなたが一番よく解っていたと思うんですけど。」
表情が消えていく。
不機嫌な表情が消え、次に浮かび来るのは猜疑。
そんなマードッグに目を合わせることもなく霧切は哂って続ける。
「ああそういえば、『特異集落の調査任務』、なんて名目でリスフィへの遠征を画策したの、少将殿らしいですね?」
珍しいこともあるものだ。そう言って嘲る霧切。
霧切は締めくくるように問いかけた。
「ねえ少将殿?あなた、何を知っているんですか?」
視線が合わさる。
マードッグは無感情に。
霧切は愉悦に。
睨むような視線が合わさるが、先に視線を逸らしたのは霧切だった。
「まあ、僕の単純な興味なんで。きっとそのうちわかるんでしょう?」
楽しみにしてますよ、とニヤニヤと嗤いながら霧切が打ち切ると、
マードッグはふん、と不機嫌そうに鼻で嗤った。
「撤収だ。」
一言呟くと、突然月の光が遮られた。
巨大な天幕が掛けられたかのように一面を影が覆う。
影は暫くの間月の光を隠していたが、影が消えた頃には三人は忽然と姿を消していた。