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ロストシナリオ  作者: RO
5/33

逃避の果て


逃げる。

どこまでも追ってくるような視線から、強迫観念から、奇跡から、昨日までの友人たちから、

今まで育った里から・・・何もかもから。

ただ、逃げる。


あてなどない。

人生の全てがここ()あった。

人生の全てが()()であった。


母の愛も、友との毎日も、切磋琢磨も。

育んできた全てをかなぐり捨ててでも、最早あの場所には居られない。

そう頭が、心が、本能が、全てが訴えかけてくる。


どうすればいいのかなど判らない。

だが里に居ればきっと無事では済まない。


頼れる人間など一人も居ない。孤独がただただ恐ろしかった。

気が付くと、入ったこともない森の中にいた。

慣れない森の中、地理など何一つ分からず、昼か夜かも判らず、

もうこのまま森の中で飢えて死んでいくのではないかと思った。

そんな思考が頭を過ると、空腹に腹が鳴った。

「お腹すいた・・・」


無論そんなことを呟いたところで答えるものも、空腹を満たすものもない。

兎に角一度休もう。頭を、心を整理したい。

ここまで逃げれば早々追ってくる人もいないだろう。

そう考え、そこらに生えている木に背を預けた。


落ち着いて座れる、そう考えると安心からうつらうつらと瞼が落ちてくる。

そうして視界が暗闇に包まれた。



























---グルル...---




閉じた目が開く。

今何か聞こえなかったか。

追手に見つかったかと慌てて周囲を見渡すが人っ子一人居はしない。

気のせいか。

だが一度鎌首もたげた恐怖心は猜疑心を煽ってくる。

離れよう。ここは何か拙い気がする。

立ち上がってまた走り出す。





ーーーグル、グルルルルーーー


まただ。

今度は気のせいなんかじゃない。間違いなく聞こえた。

思わず聞こえた音の方向に目を向ける。




・・・眼が、合った。



暗闇の中で姿が見えないが、確かに光る二つの双眸がこちらを捉えていた。

()()は、ゆっくりと、ゆっくりと歩を進め、こちら近づいてきた。

思わず後退り、距離を取ろうとするが、()()の歩みは大きく早く、

こちらが三歩下がる距離をあっさり一歩で埋めてくる。

そうしてじりじりと詰め寄られ、遂に暗闇の中に輪郭を捉えた。


「お、オオカミ・・・?」


疑問符を浮かべた。

ただの狼でも当然人間にとって脅威だ。

だが、()()はあまりにも大きすぎた。

自らの身の丈の2,3倍はありそうな大きさで、

終いには一飲みに食われてしまうと思ってしまうほど。


そいつは涎を垂らしながら、ハァ、ハァ、と、息を荒げて寄ってくる。

空腹に飢えているかのようにじっとこちらを見つめ、視線をそらしてはくれない。


食われる。食われて死ぬ。


獣の餌になって喰いちぎられ、苦しみながら死んでいく。

そう思うと恐ろしくて膝が笑った。

こんな様では、きっと身を翻した瞬間にも飛びつかれ、

惨たらしく食い殺されるだろう。

ならばもう視界を閉じてしまおう。

嚙み千切られ飛び散らかる自らの臓物など見たくもない。

祈るように目を閉じる。

段々鼻息が近寄ってくるのが感じられ、遂には顔にかかる。



---ああ、痛くないといいな。




他人行儀にそんなことを考えた。




























「嬢ちゃん、こんなとこ一人で散歩すんのは危ないぜ。」


声が聞こえた。聞き覚えのある声。

記憶に新しく、忘れようはずもない声。


鈍い音が聞こえた。

肉を切り落とすような音に次いで、ゴトリ、と、硬いものが落ちる音がした。

次いで異臭。噎せ返る様な血の匂い。

不自然。今の状況で生きて永らえられるなど思ってもいない。

あまりの違和感に目を見開く。


眼前に転がる大きな首に一瞬驚くが、

それよりも目についたのは朝出会ったばかりの男、マードッグの姿だった。

マードッグは初めて会った時には背負っていた十字架を握りしめていた。

十字架は狼の首があったであろう位置にだらりと垂れて、

恐らくこれで両断したのだろうと断じた。



ゆらりと垂れていた十字架を肩へと担ぐ。

狼の血がこびり付いていた十字架はその血を無遠慮に垂れ流し、

血はマードッグの服に流れ着いて、赤く染まった服を更に朱に染め上げる。


「機嫌は流石に良くはなさそうだな。」

場違いなほどにおちゃらけてそんなことを宣う。

あれだけ巨大な狼をあっさりと斬殺した。

普通であれば今すぐにでも逃げ出すであろう状況だが、

命の恩と、今朝の礼と、疲弊と、全てがイリスの正常な思考を奪っていた。

何より、ことこの段階に至ってもマードッグから邪気を感じることが出来なかった。

まるでこの身の全てを許してくれるような、そんな安心感。

担がれた十字架と、穏やかな笑みと、全身を濡らす血と。

何もかもがアシンメトリーなその様が美しいとすら思えた。

だからこそこんな言葉が漏れた。


「・・・天使さま・・・?」


マードッグがぶっと噴き出す。

そのままアハハと堪え切れぬ様に笑い声が響く。


「随分血生臭い天使も居たもんだな、おい。」

そんなわけないだろうと、彼は呆れた様に手を振った。


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