魔術とは
マードックは、当然のように語り始めた。
「イリス。そもそもお前はまず魔力制御の正しいやり方を理解していない。」
「?でも、婆さまも母さんも魔力制御は問題ないって・・・」
「まあ、里のやり方としてはな。そもそも魔力がどういう代物なのか、今すぐ説明してみろ。」
なぜ今更そのような事を聞くのか。
首を傾げながらも、魔術書で調べた情報を口に述べる。
「確か魔力は人体を巡回していて、
その量、質は人によって異なる、だったっけ?」
イリスが当然、と言わんばかりに答えると、
マードッグは続けて問いかけた。
「なら、質ってのは何だ?」
「えと、魔術を使う上でその人が得意とする属性と、
発動させる術式を呼び起こす際に・・・」
様々な魔術書を読み漁った際に必ず出てきた一文であった。
「そこまででいいぞ。」
無理やり話を打ち切られる。
そこに多少の苛立ちを感じながらも説明を求めると、マードッグはあっさり答えた。
「属性は確かにある。それによって効果が上下することもな。
だがはっきり言っちまえば、魔力そのものに効果を増減させる機能はない。」
「ふぇ!?」
どう言う事だ、魔術書には確かにこう書かれていた。
魔術とは、体内に巡る魔力を捧げ、奇跡を呼び起こすものである。
魔力が上質であるほど、呼び起こす奇跡も力を持つ、と。
記憶違いかとも思っていたが、幾度となく読み返した一文は間違えようもない。
だとするとそもそもとして魔術書が間違っているという可能性が出てくる。
それは今までのイリスの、いや、里の常識をひっくり返すものだった。
事実だとすると、極論すれば魔術は同じ適性を持つ人に差ができることはない、と。
しかしそうなると別の疑問が生まれてくる。
「じゃあどうして使う人によって威力や効果に差が出るのさ。」
マードッグは何かをひねるような仕草をしながら答えた。
「蛇口だ。」
「・・・蛇口?」
意味が解らない。
何故魔術の話で蛇口の話が出てくるのか。
それとも何かの隠語なのか。さっぱり意味が解らずうんうんと唸っていると、
マードッグは答え合わせと言わんばかりに、口を回し始めた。
「まず魔力ってのは血液みたいなもんだ。
血管みたいに、体中張り巡らされた回路を循環してる。
そこまではいいな?」
一つ頷く。ここは魔術の中でも基礎中の基礎。
間違えるはずもない。
「問題はその後だ。
循環してる魔力を、人は何らかの現象として放出できる。
お前らの場合呪文を唱え、『放出口』を作って、体外に出す。」
「・・・ほぇ?」
呆気にとられた。
『放出口』
今までの人生で一度として聞いたことのない魔術項目だった。
里に教えられてきた魔術では、
曰く、人に与えられた神の奇跡の一端なのだと。
曰く、魔力と呪文をもって神に祈りを捧げ、奇跡を『呼び起こす』代物なのだと。
だが彼の言うことが事実だとするならば、
『呼ぶ』のではなく、『引き出す』。
それはもう奇跡などではなく純然たる人の可能性の一端に過ぎない。
「あまり考えすぎるな。思考に飲まれるぞ。」
ポスン、と頭に手が添えられる。
穏やかな笑みで頭を撫でられた。
慰められている、と感じた。
マードッグは頭を撫でながら続ける。
「勿論全てが全て間違いってわけじゃあない。
確かに魔力を使って『奇跡』を起こす輩はまあ、いる。」
ーーーあくまでそれが魔術なんてものではないだけで。
続きを紡ぐことはしなかったが、言外にそう言っているように感じた。
マードッグは実演だ、と一言呟くと、撫でる手を止めて、風穴を開けた大木の前に立った。
「話を少し戻すぞ。要約すると今の嬢ちゃんの魔力は、
蛇口が狭くて出てこれてないんだ。正しく蛇口を開けてやれば・・・」
無言のまま腕を差し出す。すると今度は、一言も発することなく掌に雷が迸った。
完全無詠唱。それは魔術という存在を否定し尽くすには足りすぎていた。
「こうなる。まあつまり魔術ってのは奇跡なんかじゃなくて、
魔力を変換させるためにやってる仕来たりに過ぎない。
じゃあ何故魔術として起動できたのか。解るか?」
確かにその通りだ。
もし仮に全てが無意味な行為だとするなら、魔術として発動が出来ている事自体がおかしい。
恐らくだが、詠唱という行為そのものに意味がなくても、
別の何かが、魔術を発動させるに至らしめている。
では、その何かとは何なのか。マードッグが答え合わせを始めた。
「イメージだ。魔力が本人のイメージに沿ったものを作り出している、
という結論に至った。発動に必要なイメージを形作りやすいのが、『魔術』だったというわけだ。」
呆気にとられた。
魔力を消費して妄想を現実にしている、と言われているようなものだ。
だが彼は至極真面目にそんな世迷言の続きを語った。
「つまり魔力を扱う上で必要なのはイメージなんだ。
里の連中は魔術というイメージで統一してるから同じ現象を起こしているが、
それはほんの少しイメージがずれるだけで発動しなかったりする。
もしかしたら嬢ちゃん以外にも上手くいかなかった奴がいないか?」
咄嗟に母の友達の記憶が浮かんだ。
彼女は魔術を扱うことが出来ず、里を飛び出していった。
もう十何年も前のことだったそうだ。
「いいか、今から伝える言葉を目を瞑ってそのまま受け入れろ。」
言われるがままに目を瞑ると、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。
「自分の体内にある魔力が体中を駆け巡っている。
頭に、足に、腕に、手に心臓に、血管を通って全身をぐるぐると駆けずり回っている。
蜘蛛の巣が体の芯からどんどん広がっていくようなイメージ。」
脈を通り、体中に張り巡らされ、ゆっくりと広がっていく。
そう考えると、体の中の魔力が、段々体中に分散されていくような感覚がした。
「そして次に張り巡らされた魔力が段々手先に集まっていく。」
掌を差し出すと、一点に魔力が集まっていく。
「だが出口が狭くて出てこれないな。もっと出口を広げないといけない。」
段々と出口が広がって、魔力がそこから漏れ出していくのがわかった。
今までにない手応え。初めての感覚に心が躍った。
「さあ締めだ。出口から一気に、雷が迸る。」
閉じた瞳に微かな光が差し込んだ。
思わず目を見開くと、掌に今までの中でも特段に大きな雷の塊が出来上がっている。
それを自分が起こしていることに歓喜した。
「出来てる・・・!」
「ほら、お試しあれ、だ。」
催促され迸る雷をそのまま解き放つ。
ズドン、と特大に大きな破砕音が鳴り響くと、
撃ち付けられた大木がゆっくりと倒れ始めた。
「これにて講義終了ってな。」