戦火の痕
チャリオット。戦車。
咄嗟に、昔適当に流し読んだ
タロットカードの説明の一つを思い浮かべる。
マードッグは肯定の意味を込めて頷いた。
「ああそうだ。俺たちの国では軍内でタロットの名前が付けられることがある・・・
その部隊の特徴を捉えてつけることが殆どなんだが。」
勝利の王、征服者、凱旋。
一体どれほどの功績を持ってすれば
その名が着けられるというのか。
「まあ、記号の一種だと思っていてくれ。
そんなことより艦を案内するぞ。」
追求を避けるように、会話を打ち切った。
それを聞いていたスコットは困ったように頭を掻いた。
「いや、たいちょー流石に現場離れるのは・・・」
「どうせ居たところで代り映えのしない雲と空眺めてるだけだろうが、なんだったらスコットお前座ってろ。」
あっさりと言い放つとイリスの手を掴んで、
今入ってきたばかりの扉から外に出ていってしまった。
暴挙としか言いようがない言動に思わず追いかけようとするが、
責任者不在と化した職場に思わず足が止まる。
「え!?ちょっと、たいちょーそれ職権乱用ってか俺に権限無いっすよ!?・・・え、マジっすか?」
周囲の憐れむ様な視線がスコットを突き刺す。
言い渡された本人は扉と中央の椅子を二度三度見比べると、
やがて諦めた様に肩を落として席に着いた。
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「えと、良かったの?・・・たいちょーさん?」
イリスは当惑した。
先程までのやり取りとスコットの哀愁漂う声がドアの向こうから聞こえていたイリスとしては、
何も聞かずについていくのは流石に気が引けた。
ついでに軍属のしかもかなり高位の身分と聞いてはおじさんと呼ぶのも拙いと思い、呼び方も変えてみた。
「いいんだよ別に!さっきも言ったがあそこにいても座って必至こいて機械ガチャガチャ動かしてんの眺めるしかやることねぇんだよ。呼び方は好きにしろ。」
あっさりと言ってのける様子に思わず苦笑いが零れる。
これは間違いなく本気で言っていると確信した。
だがしかし、案内してもらえると言ってもらえた以上は、ご厚意に預かる事にする。
マードッグに手を引かれるまま歩いていく。
力強くも、痛みを感じるほどではなく、
引き摺らないよう付かず離れずの距離を保つ。
代り映えのしない内装でいくら見ても迷いそうになるが、
曲がり角や装飾で辛うじて判別の付く扉を必死に覚えていく。
「ここが武器庫だな。」
案内されたのは物々しい雰囲気の扉の前。
中に入ると、そこには夥しい数の銃や剣、槍、正しく何でも揃う、というようだった。
そんな中、武器庫の中に、
場違いと思える何かが二つ見受けられた。
一つは等身大の鎧の様な物。
様な、と形容した理由としては、鎧と呼ぶにはあまりにも機械的だった為だ。
複数のケーブルを繋がれ、椅子に持たれかかるように背を持たれて鎮座していた。
その周囲には沢山の機械が置かれており、
液晶には一見してもさっぱり理解できない数字の羅列が並ぶ。
もう一つは。
「えと、こんにちは・・・」
イリスは、鎮座するそれを見上げながら挨拶した。
イリスの十倍程はあるだろう巨大な機械。
その中央には生身の男の姿が見えた。
顔に幾つかの銃創が見える大柄なドレッドヘアの男。
男が繋がれている機械は男を中心に大きな腕、足、そして背からはいくつものピストンが連動していて、背後から蒸気が上がっていた。
「・・・」
男は無言でイリスを一瞥してこくりと頷いた。
口下手な人なのだろうか、そう思ったが男の喉仏に銃創が見えた。
「もしかして、喋れないの?」
そう問うと、男はもう一度こくりと頷いた。
「こっちはアルゴス。そんであっちはメイラだ。」
「・・・あっち?」
首を傾げる。
辺りを見渡すが他に人はいない様だ。
では誰のことを言っているのか。
指の指し示す方を見てみるが、あるのは機械鎧だけだ。
だがマードッグはその機械鎧の横に立つとポンと肩と思しき部位を叩いた。
「メイラだ。」
思わず目を疑った。
どう見てもただの機械にしか見えないのだが。
だが、メイラと呼ばれた機械の頭部のパーツが
唐突に開かれる。
その瞬間、堪え切れずうっと口を抑える。
抑えた手が微かに震えていた。
それもそのはずだろう。
開かれたそれの中身は
最早原型が判別の付かない程黒焦げの顔だったのだから。
「酷い・・・」
「あんまり怯えんでやってくれ、女なんだ。」
マードッグの宥める様な声にハッとして、即座に頭を下げる。
「ご、ごめんなさい!顔を見てこんな・・・」
メイラの手が動いたかと思うと、二度三度、気にしていないというように横に振った。
「メイラは前の戦争の時に巻き込まれてな。
俺らが見つけた時にはこの状態だった。それで本人に確認して、今はこの機械の中って訳だ。
アルゴスも似たようなもんだ。」
「・・・戦争・・・」
戦争。
マードッグはあっさりと語ったが、二人の惨状を見れば、
それがどれだけ悲惨なものだったのか想像すらつかない。
ここにいる人間は皆、
それほどの地獄を経験してきたというのか。
そして自分は、そんな地獄に今から向かおうとしているのか。
思わず肩を震わせて顔を俯かせるイリスにマードッグは
手を掴む。
「次行くか。」
その言葉に肯いてしまった。
このまま顔を逸らして手を引かれてしまえば楽になれる。
そんな浅はかな考えが頭を過る。
だが・・・
「イリス?」
引かれる手を引き返すと、マードッグが怪訝な顔で振り返る。
手を放して、もう一度メイラとアルゴスに向き直る。
今度はしっかりと、顔を見て頭を下げる。
「イリス・フラネットです!これからお世話になります!」
間違えてはいけない。
これから向かう先がどんな場所なのか、
未だに分かりはしない。
だが彼らは消えていくだけだった自分を
救い上げてくれた恩人たちだ。
彼らから目を背けてしまうことは許されない。
眼を見開け。しっかりと彼らを心に刻み込め。
顔をしかめるな。あくまで自然に接しろ。
彼らの『異質』を否定するな。
メイラの顔は表情が解らなかったが、アルゴスは面食らった様に目を丸くしてキョトンとしていた。
が、二人は顔を見合わせると、アルゴスは顔を綻ばせて、メイラも嬉しそうに肩を震わせていた。
何か可笑しかっただろうか。
そう思いマードッグを見ると、マードッグもクツクツと楽しそうに笑っていた。
「良かったな。」
二人を見てマードッグがそう呟くと、
二人は先程までより強く肯いた。
そんな三人の様子に困惑を隠すことが出来ずに
ただ狼狽する事しか出来なかった。




