出会い ①
深々とした木々が空を覆う。
光差し込まぬ森の中少女は独りぽつりと大木の前に佇んでいた。
長い紫のローブを引き摺り、短く跳ねた緋色の髪を長いとんがり帽で隠した、
まだまだ幼子と言える面影の残る少女。
活気に満ち溢れた丸い瞳を閉じて、真剣な面持ちで少女は口ずさむ。
「迸る雷よ、我が標的を打ち砕かん!」
そう唱えると、少女の眼前に、雷の塊と形容する他ない、
三十センチ程の雷が出来上がる。
少女は続けるように両腕を前に向けると、唱えた。
「サンダーショット!!」
瞬間、彼女の手元から迅雷が迸る。
迅雷が大木に突き刺さりバチン!と音を響かせると、大木の幹に焦げ跡をつけた。
少女はそれを見届けると、うんざりした様にその場に寝転がった。
「うぅ~、まただめだぁ!!!」
年相応といえる少女の高く響く声。
態度をそのまま声にしたように落胆に満ち満ちていた。
「なんでこんなにうまくいかないんだよぅ・・・」
拗ねた様に口ずさむ。
少女は、所謂『魔女』と言われる一族に生まれた。
魔女は『リスフィ』と呼ばれる大陸の森の奥深くに里を作り、隠れ住んできた。
魔女は、魔女の里の主『フレイ』の元、日々魔術の鍛錬を行い、
一人前の魔女を目指していく。
少女もその一人だった。
だが、少女は同年代の魔女と比べて、その成長速度は芳しくなかった。
今試しているサンダーショットもその一つ。
同年代の少女は既に轟音と共に大木をへし折るような威力を持ち得ていた。
「フレイばあ様もお母さんも、もっとこう、ドガぁン!!て感じだったんだよね・・・
なんでうまくいかないんだろ?」
首を傾げる。
呪文は間違えていない。
魔力も、術が起動している以上足りていることは間違いない。
それなのに、威力が足りない。
魔力の供給量不足も考え試してみたが、今度は暴発しかけた。
完全な手詰まり、お手上げだった。
母に聞いても里主に聞いても、同年代の魔女に聞いても、
返ってくる返事は同じで、解らない、と。
いくら魔術所を読み漁っても、結果は変わらない。
そんな停滞した日々に、少女はふてくされ、腐りかけていた。
「才能ないのかな、あたし・・・」
フレイばあ様もお母さんもそれはないと語ってくれていた。
曰く、魔力量を考えれば寧ろ潜在的な才能は凄まじいものだと。
だが進捗の無い毎日をこう何度も繰り返せば、
励ましの言葉も嫌味に聞こえてしまう。
「ウガぁ!!!もういい!帰ってご飯!!」
少女は一度切り上げて帰ろうと、踵を返したとき、
ふと、視線を感じた。
(・・・?おかしいな、
この辺りまでは結界が張られてて、誰も居ないはずなのに・・・)
視線を感じた方向を振り向いても、そこには誰も居ない。
「気のせい・・・かな?」
疑問は残るが、時刻は既に午後6時を回っていた。
一度切り上げて、翌日仕切り直そう。
そう決めた少女は感じた視線を、勘違いと断じて、帰路に就くことにした。
「・・・明日だな。」
後姿を見送る男が一人。
男の格好は、あまりにも森の中と言うには不自然な物だった。
カソックを思わせる飾り気のない衣装は清廉さを感じさせるが、
配色は神聖性とは真逆に血を連想させるように赤く染まっている。さらに無骨で身の丈とほぼ並ぶ程巨大な十字架を背負っていたのだが、その十字架も神聖な物と言うにはあまりに物騒だった。
分厚く太い十字は十字という体は成しているが忌避感を抱かせるように
おどろおどろしく赤黒く染まっている。
縦の太さが均一では無く、下に行くほど細く、上に行くほど分厚くなっており、
アームの下付近は握れば丁度いいという太さ。
まるでそれはこの十字が振るう為に作られたかのように思えた。また、縦の半ば程から先は刃のようになっていてその様は十字という体でありながら斧や大剣のようにも見え、これが振るうためにあると証明している様だった。
十字の交差部分もだ。交差部分には髑髏を象った紋様で、
頭蓋骨に十字を突き刺したような、
聖職と呼ぶにはあまりにも悍ましいなりであった。
不審者
見る者がいれば間違いなくそう形容したであろう。
そんな男であったが、少女に向ける視線は、
その形とは裏腹に柔和なもので、ぽつりと呟くとどこか淋しそうな笑みを浮かべて、深い森の中へと消えていった。