白いケモノはメイドさんに会いました。
ある日。黒いケモノのメイドさんが、塔にやってきました。これからシロのお世話をするのは、王子様ではなく、メイドさんになるそうです。
「王子様は、もう遊びにこないの?」
「いえ、毎日くると思いますよ。でも、シロさまのお世話はわたしがいたします。食事やお洗濯、お風呂も」
「そうなの……もう、王子様と一緒にお風呂に入れないのかあ」
「わたしでは不満ですか?」
「ううん。王子様はね。シロとお風呂に入ると楽しそうだったから、ちょっぴり残念なの」
「お風呂……」
「ばっしゃーん、ばっしゃーんって、水のかけっこをするんだよ。あとは、シャボン玉をたくさん作って、あわあわにして洗いっこするんだ」
メイドさんは尻尾をゆらさずに、淡々と言いました。
「殿下のお兄さまの指示でございます。ご了承ください」
「お兄さまの?」
王子様にはお兄さまがいました。
二人はケモノらしく、牙や爪を使って、よく戦っています。修行だそうです。
「これから、殿下はお兄さまの指導がより厳しくなります。たくさん勉強もしなくてはなりません」
「そっか。王子様はがんばるんだね。なら、シロも我慢する」
シロはふんと胸をはります。
メイドさんは、こてんと首をかたむけました。
「シロさまは、殿下が怖くないのですか?」
「怖くないよ。なんで?」
「だって、わたしたちと顔が違うじゃないですか。恐ろしいヒトの顔をしています。毛も薄いですし、不気味ですわ」
「王子様は、シロたちと一緒だよ!」
「そうですか? でもほら、しゃべらないじゃないですか? 何を考えているのか分からなくて、怖くありませんか?」
「怖くないよ! だって、尻尾がブンブンしているもの!」
「……尻尾」
「うん。王子様はね。尻尾がブンブンするとき、優しい顔になるよ。それを見ると、シロも嬉しくて、尻尾がブンブンするの」
シロはにっこり笑いました。
「尻尾がブンブンしているから、王子様は、シロたちと同じだよ」
メイドさんは目をぱちくりさせます。
「でも、首輪や足枷までつけられて、窮屈ではありませんか?」
「大丈夫だよ。シロは、王子様の尻尾をブンブンさせたいの」
メイドさんは黙ってしまいました。
やがて、王子様が塔にきました。
「王子様!」
シロは短い尻尾をフリフリしました。でも、王子様の尻尾はしょんぼりしていました。
「王子様、どうしたのですか? ケガをしているじゃありませんか」
「…………」
「こっちにきてください。おくすりを塗りましょう」
「…………」
「よいしょ。よいしょ」
「…………」
「よいしょ。はい、包帯をまけました。どうしたのですか? お兄さまと修行をしていて、負けちゃったのですか?」
「…………」
「よしよしなのです。シロは王子様が強くなるために、毎日、タンレンしているのを知っています。塔の窓から見ていました」
「…………」
「王子様はがんばっています。えらいです。えらいですね」
「…………」
「いつかお兄さまにも、勝てるようになります。とりあえず、おなかをなでますか?」
シロは服をまくりあげます。
ぽんっと手で叩いて、おなかを鳴らしました。
「どうぞ」
王子様の尻尾は、フリフリゆれていました。
シロのおなかをなでる王子様を見て、メイドさんも穏やかに、尻尾をゆらしました。
その日から、メイドさんは王子様のことを怖いと言わなくなりました。