2-2:瓦礫の家
しばらく休んで、また飛び立った。
連なる山々を飛び越え、時に迂回し、飛んで行く。
日が沈み始めたころになって、ようやくミラが「……見えた」と言った。
俺は前方に目を凝らした。確かに、山の腹部に人工の建物らしきものがあるのが分かった。
一瞬着いたことに安堵しかけ、すぐに息を詰まらせた。よく見ると、それらの建物は原型を留めていない。全体に建物の木材や石材が散乱しているようだ。
「………………」
ミラは翼をはためかせ、無言で加速した。
村は山を切り開いて作られた場所らしい。切り立った山の崖を左手に、平坦な土地が広がっている。その端に俺たちは降り立った。
ミラは変身を解除した。顔は伏せられていて表情は見えない。
「……ミラ」
「………………」
彼女は無言のまま、こちらを見ずに左手を俺に差し出した。
俺は意図を察して、右手で握り返した。すると、手が痛いほどの力で握り返された。
ミラは手を繋いだまま歩き出す。俺もそれに引っ張られる形で村に踏み入った。
ひどい惨状だった。
遠目で見て分かっていたが、建物は形を残していない。どれも徹底的に破壊されている。その瓦礫の上にうっすらと雪が積もっていた。
ミラは手近な壁のそばで立ち止まり、雪を払った。そこには魔法攻撃のものと思われる跡が残っていた。恐らく、この村全体で魔法が飛び交う激戦が繰り広げられたのだ。それが建物に当たり、結果壊された……。
俺は歩きながらも注意深く村を見渡したが、人の気配は全くなかった。生き物が住んでいる気配もない。俺たち以外に誰もいない。
痛いほどの静けさが満ちていた。
手が引っ張られた。
またミラが歩き出す。
元々は道だったであろう場所には瓦礫が散乱している。
しかしミラには分かるのだろう。それらを踏み越えて迷いなく進んでいく。そして、ある瓦礫の山の前で立ち止まった。
「……ここ。ここがね、私の家があった場所なんだよ」
ミラは震える声で言った。
「ここにあったんだよ……。お父さんも、お母さんも、ここにいた。ここにいたんだよ――」
「………………」
俺には返す言葉もなかった。
ミラは家のあった場所に踏み入った。焼けて脆くなった破片が踏まれ、ぱきぱきと音を立てて砕ける。歩くたび、どこかが割れて、どこかが崩れていく。
今度は家の一角で立ち止まった。
「……ここが私の部屋」
ミラは瓦礫を指差した。
「――夜、突然襲撃があったの。警笛で目が覚めて、窓の外を見たら、もうあちこちが燃えてるのが見えた」
ミラは鋭く息を吸った。
「爆発音が飛び交ってた。悲鳴も、雄叫びも、笑い声も、家が崩れる音も――。びっくりして、あの時は何も考えられなかった。動けなかった。……そしたら、窓の外に居た魔法使いと目が合ったの――」
その人は笑ってた。
ミラは語る。俺に話しているというより、記憶がフラッシュバックしている感じだった。
「……死んだって思った。でも、その時、お父さんが部屋に入ってきて、私を引っ張って……目の前を炎の球が飛んで行った。ちょっとでも遅かったら死んでたと思う。……それで、」
彼女の息が詰まった。声が濡れていた。
「……それで、お父さんとお母さんが魔法を使ったの。――『転移の魔法』。並の魔法使いじゃ使えないくらい、すごい魔法。それで……私をむりやり逃がした」
「……逃がして……それで、そのあと奴隷商人に捕まったのか」
「あんな魔法、使うべきじゃなかったのに……!」
ミラは叫んだ。握られた手にぎゅうっと力が入る。
「あれのせいで魔力をほとんど使っちゃったはず。……もう戦う魔力なんて残ってなかった……私なんかを逃がすより、私を捨てて、戦って応戦したほうが絶対よかった!そうしたら――」
ミラはひざから崩れ落ちた。俺は手を引っ張られ、釣られてしゃがみ込んだ。
「――お父さんも、お母さんも、死なずに済んだかもしれなかったのに……」
「……ミラ」
もしかしたら、うまく逃げたかもしれない。
そんな慰めの言葉なんて言えなかった。
駄目だ、何もかけるべき言葉が見つからない。今は何を言っても刺激するだけだ。
何もできない。
何も言えない。
それが、ひどくもどかしい。
俺に出来るのは、放心してしまったミラのそばに居てやることだけだった。