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偽りのドラゴンナイト  作者: F
一章:空の彼方へ
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2-1:寒空の故郷

 空はきれいだった。雲は分厚いメレンゲのようで、もこもことしていて甘そうだ。降り立てば歩けるようにすら見える。でも、表面はでこぼこしているから、もし歩けたとしても歩きづらいだろう。


 グラデーションの青の空が広がっている。上に行くにつれて白みがかったものから、徐々に色濃くなり、ミラの甲殻のような蒼色を経て、やがて深い青へと至る。


 そんな空を、俺たちはひたすらに飛んでいた。


「――はっくしゅっ!」


 俺はミラの背中で盛大にくしゃみをした。


「だいじょうぶ?」

「……あぁ、平気だ」


 少しだけ寒かった。空の上の空気というのは想像以上に冷たいものなのだと身をもって知ることになった。


 今はミラが風よけの魔法をかけてくれているので、それである程度はシャットアウトできている。それでも、上空の空気の冷たさと風が絶え間なく吹き付けて、生身の俺の体の体温を奪い去っていく。


 奴隷に与えられた服は簡素なもので、防寒性なんてかけらもない。一応、俺の中の魔力が体力の消耗を補ってくれるので、寒い以外の辛さはない。ただひたすらに寒いだけだ。


 大変なのはミラの方だ。俺を気遣ってくれた声には力がなかった。


 当然だ。昨晩からずっと飛びっぱなしなのだ。魔力が少なくなるたびに俺が魔力を分け与える。それを繰り返して、ひたすらに飛んでいた。おまけに今は俺に風よけの魔法をかけ続けている。


 しかし、それらも限界に近い。魔力譲渡の頻度が増えてきている。体力が限界に近いのだ。疲れた体を魔力でむりやり突き動かしている。相当に無理をしている。


 でも、俺に出来るのは魔力を送ることだけだった。他には何もできない。


 それが、すごくもどかしい。辛さ、苦しさを背負って飛んでいるのはミラなのだから。


 だから俺は、せめて少しでも楽になるように多めに魔力を送り続けた。



---------------



 奴隷農場のある土地――イマジナルエリアは乾燥した気候で、地表は荒涼としている。エリア中央には大河が流れ、その河川沿いに俺たちのいた農場がある。そしてその川を境にして山岳地帯が広がっている。ミラが目指しているのはその山岳地帯のさらに奥地らしかった。


 しかし、さすがにミラの疲労の色が濃くなり、休憩させることにした。


「まだ飛べるってば」


 ミラは最後まで渋っていたが、俺が「休まないと魔力を渡さないからな」と脅し半分で言うと、渋々と言った感じで山中の平地に降り立った。


 ミラがふわりと着地し、俺は背中から地面に降り立った。


 途端に確かな感触が足に伝わって、正直ほっとした。


 地面があるって素晴らしい。空は空で気持ち良かったが、やはり俺は地に足が付かないのは落ち着かない。


 俺がしみじみと地面の安定感を味わっている中、ミラは変身を解いた。


 竜の体が光に包まれ、一際強く光り輝いたかと思うと、一気に拡散し、霧散した。その光の中から元の人型のミラ――どっちが本来の姿なのだろう?――が姿を現した。


 ミラは荒い呼吸をしていた。ふらふらと傍にあった岩に歩いて行くと、ずるずるともたれるようにして座り込んだ。


「おい、大丈夫……なわけないか。待ってろ、魔力を送るから」

「うん……」


 ミラは目を閉じたまま言った。相当疲れているようで、声も弱々しかった。魔力を送るために握った手も冷たい。その手が少しでも温かくなるようにと両手で包み込んだ。


 そして、魔力を送り込む。


 ここに来るまでに俺の魔力もかなり消耗してしまっている。魔力量だけは自信があったのだが、数か月に及ぶ奴隷生活と、ミラへの魔力供給が重なり、ついに魔力残量の底が見えてきた。


 ミラへ魔力を送れるのはあと二回か三回が限度だろう。それまでに目的地に辿り着ければいいのだが……。


 俺が魔力を送り終えるころにはミラの呼吸は安定していた。


 ミラは辛うじて目を開けた。


「ごめん……もう少しだけ休んでいいかな?ちょっと……ちょっとだけ、疲れちゃった」

「ちょっとどころじゃない。とにかく休んどけ。目的地は逃げないんだから」

「……そうかな」


 ミラはぽつりと言った。


「場所は逃げないけど……時間はどんどん過ぎていってる。……私は、早く帰りたい。早く帰って、村がどうなっちゃったのか、ちゃんと見届けないといけないの。だから……」

「分かってる。そのためにも今は休め。な?」


 ミラはゆっくりと頷いて、また目を閉じた。立てた両ひざに顔を預け、顔が隠れた。


 俺は隣に座った。


 正面に山が連なっている。遠くの山の山頂は白く染まっている。雪だ。今いるこの場所ですら寒いのに、もっと寒くなるようだ。


 ――……こんな寒い場所で暮らしてたのか、ミラは。


 竜は人間たちに狙われている。竜から取れる素材はどれも至高の原料となるからだ。魔道具に使っても良し、魔法の触媒に使っても良し。


 だから、それを求める魔法使いは絶えない。ミラの故郷が狙われたのもそれが理由だろう。


 竜だって寒さは苦手のはずだ。でも、人間たちに住処を追われ、過酷な環境に身を置かざるを得なくなった。


 ……でも、こんなところにまで攻めようとするだろうか。魔法使いたちが暮らす王都とは違い、今いるイマジナル・エリアは未踏、未開拓の地だ。


 俺は辺りを見回した。


 険しい山岳が連なっているこの地帯。人間じゃとても踏破するのは不可能だろう。だから竜たちもここを住処として選んだのだ。


 しかし、現に人間たちは村を襲撃しているという。ここに来るまでに相当の労力を要したにも関わらず。それは、つまり――。


 俺は隣に座る少女を見た。


 ――ミラや、ミラの家族が、それだけの価値がある存在だったってことなのか……?


 分からない。でも、その可能性は高いと思った。単に竜の素材を狩りに来るには、ここは辺境過ぎる。


 不意にミラが顔を上げて、俺の視線に気が付いた。


「……寒いよね、ここ」


 ミラは言った。


「……そうだな。でも、暑いよりかは寒い方が俺は好きだけどな」

「どうして?」

「暑いのはどうしようもないけど、寒いのは服を何枚も着ればどうにかなるから」

「……なるほどね」


 ミラはくすっと笑った。


「でも、今は服はないよ」

「知ってる。でも、ミラの風よけの魔法のおかげでなんとかなってるよ。……ミラの村になら、服があるかな?」

「……うん」


 ミラはおもむろに俺の方に体を寄せてきた。そして、そのまま体を密着させるように体を預けてきた。


「……寒いから。こうしたほうが、温かいでしょ」

「……うん。温かい」


 内心どぎまぎしながら言った。


 さすがに年の近い女の子とこれだけ密着するのは気恥ずかしい。でも、寒いのだから仕方がない。不可抗力なのだと自分に言い聞かせた。


 触れた彼女の体は震えていた。


 最初は寒いからだと思っていたが、どうやらそれだけではないらしかった。ひざを抱える腕に力が籠もっている。体全体が固まっている感じだ。揃いかけていた呼吸がまた乱れている。そして、目線が定まっていない。不安定に揺れ動いている。


 ――緊張してる……怖がってる?


 無理もない。襲撃された村がどうなっているか分からないが、少なくとも全員無事、なんてことはない。それだったら、捨て身でミラを逃がす必要だってなかったはずだから。


 少なくともミラは最悪のケースを想定している。だから怯えているのだ。


 どうすればいいだろう。俺に何が出来る?


 俺は散々迷った末、おもむろにミラの頭に手を載せた。


 一瞬ミラは体をびくつかせた。俺はそのまま、何も言わず頭を撫でた。言葉で緊張をほぐせるとは思えなかった。どんな言葉も慰めにすらならない。だから、何も言わない。


 ミラも何も言わなかった。でも、拒否もしなかった。むしろ俺にさらに体を預けてきた。


「……ぅ……く……」


 いつからかミラの声は震えていた。


「………………怖いよ」


 ミラが言った。


「……うん」

「……本当は、見たくない。知りたくない」

「……うん」

「……でも……でも、見なきゃいけない。私が見届けないといけない……」

「………………うん」

「……ねぇ、トア。一緒にいてくれる?」

「付いて行くよ」

「いつまで?」

「…………………」


 一瞬、言葉が詰まった。ミラの頭を撫でる手が止まった。


 ――……俺はいつまでミラといるんだ?


 そうだ、いつかは別れが来る。


 ミラは村を確認すれば、他の竜たちを探し、飛んで行くだろう。同じ竜同士、迎え入れられないなんてことはないはずだ。


 でも、そこに俺がいたら――。


 竜たちは人間を憎んでいる。いい顔はしないだろう。最悪殺される。


 この先、ミラの行く先に俺の居場所は、ない。


 それをそのまま言葉にしかけた。でも、言えなかった。


 今のミラは精神的に不安定な状態だ。こんな時に不安にさせるようなことは言えない。


「……あぁ、そうだな。いてほしいなら、いつまでも」

「ほんとに?」

「約束する」


 それは嘘だった。


 俺は、それを願ってはいけない。本当にミラのことを想うのなら。


 でも、そう思うと同時に、離れたくないと思っている自分がいるのも確かだった。


 俺が異常な存在だと知って、それでも普通に接して受け入れてくれたから。そんな経験、初めてだったから。だからこんなにも心が惹かれてしまう。ミラと一緒にいられたら、それだけで俺がどれだけ救われることか。


 ――俺はどうすればいい……?


 俺はまた頭を撫でた。


 ミラの震えはもう収まっていた。

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