5-3:竜を守りし騎士
――何だ、こいつは。
俺は平静を装いつつ、距離を取った少年――トアを見た。
端的に言えば、彼は異常だった。まず目立つのがその右腕。それは、人のそれではない。
竜の腕。実際に刃を交えた俺だから分かる。あれは本物だ。
俺は幾度となく竜を狩り、仕留めてきた。その甲殻を、鱗を抉り、突き、切り裂く感触は手に焼き付いている。だからこそ、彼の腕が正真正銘の竜の腕だということが分かってしまう。
俺の持つ槍剣は上質な竜の骨格を元にして作られた。王都のトップに君臨しながらにして魔道具研究の第一人者である地の賢人より、試作品として賜った至高の武具だ。
その矛先ですら、彼の甲殻にはかすり傷程度しか付けられなかった。ただの人間であれば腕ごと切断し、胴体にまで切り込めていたはずだ。
理解できない。腕だけが竜であり、それ以外は生身の人間。そんなものは今まで見たことがない。
それに、戦い方も歪だ。
彼は一度として魔法を行使する気配すら見せなかった。隙はあった。隙は作っていた。敵からすれば魔法を打ち込みたくなる隙。あえて作ったそれに、彼は一切の反応を示さない。
そして、彼の力。レギンの歯切れの悪い報告にあった。――魔力を奪い、あるいは与える力。目の当たりにしたレギンすら、終始懐疑的な様子だった。聞かされた俺もそうだった。しかし、実際彼は俺の攻撃を目の前で消し去ってみせた。
もはや疑う余地はなく。
――彼は何者だ?
不可解だ。
分からない。
そんなものが、まだこの世界に存在するとは。
――面白い。
俺は笑みを抑えきれなかった。
俺の目の前に対峙する男は、言わば未知の存在だ。それが俺に立ちふさがっている。
魔法使いにあらず。
竜人にあらず。
であれば、彼は一体何者なのだろう。
俺は思わず問いかけていた。
「――お前は何者だ」
「………………」
「お前は竜人か?それとも魔法使いか?――どちらだ」
「――どちらでもない」
彼は答えた。
「俺は魔法使いでも、竜人でもない」
「なら――何だ」
「何者でもない。――俺はただ、ミラを救い、守るためにここに来た!」
「……なるほど」
目の前でトアが再び腰を落とした。
採られる選択は変わらず近接戦闘。
――もし、本当に魔力を奪う力が備わっているのなら……そして魔法を行使することができないのだとすれば……彼からすれば近付くしかない、ということか。
ならば、距離を取るべきだ。
普通の魔法使いであればそう考えるのだろうが――。
俺もまた普通ではない。俺がもっとも得意とする間合いは近接。そこに絶対の自信を持っている。
俺の存在もまた歪。遠隔攻撃を主とし、至高とする体系に真っ向から対立する俺の戦い方は、竜人との抗争が激化する以前は非難の的でしかなかった。
しかし対竜人戦闘において、遠隔攻撃を弾く堅牢なる甲殻を切り裂く俺の技を目の当たりにし、評価は反転した。
今では近接戦闘を見据えた魔道具の量産化さえ見据えられていると聞く。
だが、それをまともに振るう人材が、果たして王都にいるだろうか。俺を除いて。
それは過去の実績と、絶え間ない研鑽から来る自信ゆえに言えることだった。
だからこそ、引く選択肢はない。
敵がそれを望むのなら、受けて立つ。
俺の中に、もはや大義名分はどこかに消え去っていた。
王都クリティブに帰還したとしても、俺は作戦失敗の責を取らされ、殺される。
であれば、この地この場所を死地と定め、ここで尽き果てたい。
ただ、戦いたい。己が全力を賭して。
戦った果てに死ねるのならば本望だ。
トアが地を蹴り距離を詰めてきた。
その踏み込みすら、人間をも凌駕した異常なもの。それこそ、竜の怪力を思わせる力が彼の中にはある。ただの腕の一振りですら致命傷足り得る。
俺は愚直にまっすぐ振るわれた右拳。それを体捌きで外側へと避けた。
――懐が甘い。
避けた流れのままに、無防備な胴に槍剣の穂先を突き込む――つもりだった。
しかし。
その時彼と目が合った。
その視線は確かなる意思を持って、まっすぐに俺を見据えて離さない。
その目を知っている。いくつもの戦場を潜り抜けてきたその中で何度も見た。
反射的に攻撃を止め、バックステップ。
次の瞬間、俺のいた場所を右腕が薙いだ。
ヴン、と重たい風切り音と共に風が吹きつけ、俺はさらに数歩下がらされた。
――裏拳か!
しかし通常のそれとは威力も速度も桁違い。あのまま槍を突き込んでいたら――俺は頭部を砕かれ即死、良くて相打ち。避けて正解と言わざるを得ない。
それに、初めから彼はこの動きを想定していたように見えた。初撃は避けられる前提の一振り。腕は伸びきっていなかった。そして避けた先に向けての追撃。
間違いなく、彼はこの数度の鍔迫り合いの中で成長している。長引かせれば――狩られる。
刹那の思考。
瞬間的な動揺。
そのわずかな隙も見逃さず、彼は追撃を試みる。今度は指先を伸ばし、まっすぐに突き込んできた。竜の鋭利な爪が揃えられ、まるで剣の矛先のように。
――俺の応用のつもりか?
再び体捌きで回避。しかし切っ先が体を掠めた。同時にじわっとした痛みが胸部に広がる。
それを意識すると同時に、俺は槍剣を右手で柄半ばで握りなおし、今度こそ伸びきった右腕を下から切り上げた。
ゴッ、と鈍い音を立てて竜の腕が跳ね上がる。
相変わらず切れない。硬質な竜の甲殻に守られ、生半可な斬りでは傷すら付かない。
だが、それでいい。目的は別にある。
右腕が跳ね上がり、体勢が崩れた今こそ、攻め立てる好機!
俺は矛先に風の因子を生成し、魔法を発動させた。
刃を中心に渦巻く風の刃。武装に風を纏わせることにより、その一撃の速度を、切断力を、そして火力を底上げするための魔法だ。
「――ハアアアアアアアアアア!」
俺は自分のものとは思えない獰猛な叫びと共に、風を纏った剣を直上から振り下ろした。
彼もまた動く。
後方に跳ね上がった右腕での迎撃は間に合わない。
代わりに彼は左腕を振るわれる軌道上に差し込んできた。
「――魔力吸収!」
彼は叫んだ。
目にも止まらぬ切っ先は腕にまばらに点在する甲殻に止められた。しかし、その周りに展開された風の刃が剥き出しの腕を切り裂き、抉り、血飛沫をまき散らす。
「がああああああああああああ!」
彼は激痛に苦悶の表情を浮かべ、叫んだ。
しかし、次の瞬間、それが止まる。
風の刃が消えたのだ。正確には消された。俺が指示していないにも関わらず。
魔力を奪われたのだ。
――武器に強化展開しても無駄か……!
ならばと次は手元で槍剣を素早く反転させ、槍として持ち替え、
薙ぐ。
突く。
振るう。
時に剣として持ち替え、時に槍に切り替え、相手に攻撃する隙すら与えない。己がもっとも得意とする連続攻撃――手数をもってして攻め立てる。
それなのに、あと一歩というところで仕留められない。
あと少しのはずだ。ほんの僅かに切っ先を突き込めれば、それで終わる。
それが届かない。
彼は必死の形相で俺の連撃に食い下がる。しかし攻撃の全てには対応できていない。時折刃が彼の生身を捉え、切り裂くことも多くなった。
だが、肝心の致命傷は刻めない。届く直前で弾かれ、避けられ、そこにカウンターが飛んでくる。
一瞬たりとも気が抜けない。抜けば死ぬ。殺される。その確信がある。
立ちふさがる彼の目に、未だ諦めの色はない。きっと、その命が終わるまで、その光は途絶えることがないだろう。
無数の傷を負い、血を流し、それでも尚、ただ一人の竜を守るがために戦う者。
魔法使いにあらず。
竜人にあらず。
竜を殺す我々に立ち向かうその在り方はまるで騎士のようだ。
守るために傷付き、その身を賭し、目の前の俺を撃ち滅ぼさんと食い下がる。
そこに宿る確固たる想いに、俺は打ち震えずにいられなかった。
久しぶりだ。
戦場でここまで熱くなるのは。
最高だ。
俺はまさに今生きている。
終わらせてしまうのが惜しいと思ってしまうほどに――。




