1-3:アクシデント
体付きが華奢な彼女のことだから、すぐに音を上げるだろうと踏んでいた。
成果の出ない状況に違和感を覚えれば、きっと彼女が女の子だということに気が付くだろう。そうすれば、少なくともこの肉体労働からは解放されるはずだ。そんな楽観的な未来を思い描いたりした。
しかし俺の予想とは裏腹に、彼女は熱心に働いた。
しかも元々働いていた俺たちと遜色のないレベルで作業をこなしていく。
それは単に呑み込みが早いというだけではなかった。目を惹くのは彼女の力強さだった。その華奢な体で支えきれないような荷物であっても、ふらつくことなくしっかりとした足取りで運んで行ってしまうのだ。
そんなアンバランスさが気になって、俺は無意識に彼女を目で追うことが多くなった。
---------------
そのまま何事もなければよかったのだが、事件は起こった。
彼女がやってきて三日ほど経った日のことだ。その日もいつも通り収穫作業に明け暮れていた。俺はかごに収穫した作物を詰め込み終わり、一度拠点まで運ぶところだった。
荷物を背負い立ち上がると、真横でちょうど同じタイミングで立ち上がる影があった。それが件の彼女だった。
「……あ」
目が合った。
俺は一瞬迷ったが、
「……先に行け」
特に意味もなく、なんとなく先を譲った。
彼女は頷くと、畑の作物の列に添って歩き出した。
遅れて俺も付いて行く。彼女の背中に背負われているかごの中も満杯だった。男の俺ですら結構きついこの重荷を、平然とした顔で運んでいる。
やっぱり不思議だな、と思っていた矢先、その彼女の体ががくっとぐらついた。
「――っ、まずい――」
俺は咄嗟に駆け寄ろうとしたが、遅かった。
「いたっ……!」
か細い悲鳴。
どさっと倒れ込む音。
そして、荷物の中身が地面に散らばる音が響いた。
原因は後ろから見ていて分かった。畑のやわらかい土に足を取られたのだ。いくら力があっても、足場の悪さに関してはまだ慣れていなかったのだ。
俺が息を呑んだ瞬間、遠くから罵声が聞こえた。
「――おらぁ!誰だ今大事な商品を落としやがったのは!?どこのどいつだ――!?」
そしてその声の主である監督が、作物をかき分ける音と共にどんどん近付いてくる。
――まずい……どうする……どうすれば――。
俺はパニックになっていた。
監督の怒りを買えばどうなるかくらい知っている。体罰は序の口。もっとひどい仕打ちを受けることになるかもしれない。ましてやその罰を受けるのは女の子だ。そんな姿は……見たくない――。
気が付けば体が勝手に動いていた。
荷物を下ろし、素早く彼女の元へ駆け寄る。彼女もこの後どうなるのか分かっているのだろう、落とした荷物を前にへたり込み放心している。そんな彼女の肩を揺さぶり、言った。
「――おい……おい!聞こえてるか!?」
荒い呼びかけに反応し、焦点が合った目にまくし立てる。
「立て、立って俺の荷物を背負え!」
「……え?で、でも、それじゃ――」
「――いいから早く!」
「――っ」
がさがさと作物をかき分ける音が近付いてくる。しかし、背の高い作物のおかげでまだ見つかっていない。
俺は彼女の手を取り、むりやりに引っ張って立たせた。彼女は言われるがまま俺の荷物の元へ行くと、それを背負った。
彼女が立ち上がり、俺が散らばった荷物の元にしゃがみ込み、そして監督が作物の間から顔を覗かせたのはほぼ同時だった。
監督は鬼のような形相で、息を切らしながら俺を睨みつけた。
「――貴様ァ……大事な商品を落としたな……!?」
監督はそのまま詰め寄ってくると、散乱した荷物のそばで屈んでいた俺の胸倉を掴んだ。
「申し訳ありま――」
言い切る前に拳が飛んできた。右頬に鈍い痛み。強かに背中を打ち付けた。
監督の後ろで少女の短い悲鳴が聞こえた。
「お前は早く仕事に戻れ!サボるな!」
俺は彼女に一瞬だけ目をやった。横に首を振る。それで察したのだろう、彼女は表情を歪め、しかし歩き出した。
――それでいい。
また監督が詰め寄ってくる。胸ぐらをつかみ、拳が、蹴りが、罵倒が飛び交う。俺はただひたすらにそれを受け止め、我慢した。
痛かった。途中で口の中を切ったようで、血の味がする。頭がくらくらする。体の至る所が痛かった。
結局怒りが収まるまでに一時間はかかったのではないだろうか。ようやく体罰が終わると、監督は「……ちっ。仕事に戻れ!」と吐き捨てるように言って、去り際に念入りに俺を踏みつけて去って行った。
俺は痛みをこらえてのっそりと起き上がった。
なんで俺がこんな目に合わないといけないのだろう。
……いや、違った。俺が庇ったからか。なら俺のせいだ。もし彼女が俺と同じ仕打ちを受けていたら、きっと悲惨なことになっていただろう。だから、これでよかったのだ。
ふらつきながらも立ち上がり、少女が転んでこぼしてしまったかごを拾い、その中に散らばった作物を戻し始めた。
ふと視界が陰った。監督が戻ってきたのかと思い顔を上げた。
違った。そこに居たのは件の少女だった。
彼女は難しそうな面持ちで俺を見ていた。そしておもむろにしゃがみ込むと、俺の作業を手伝い始めた。
「……どうして」
少女がぽつりと言った。
「……どうして庇ってくれたの?」
「さあな」
「答えてよ」
「………………」
俺は答えなかった。別に恩を着せるためにやったわけでもないのだから、話すことはない。
そもそも彼女に関わるつもりなんてなかったのに、あの時は咄嗟に動いてしまったのだ。だから理由なんてものはない。
積み終わった荷物を背負い、歩き出した。