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偽りのドラゴンナイト  作者: F
一章:空の彼方へ
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1-2:奴隷の少女

 荒涼な大地が広がるイマジナル・エリア。


 そこには中央を横断するように大河が流れていて、そこから支流がいくつも分岐し、広がっている。


 しかし、作物を育てるのには向いていない。開拓が全くと言っていいほど進んでいないからだ。日差しは直に照り付け、作物を傷める。エリアの半分は険しい山岳地帯で、その陰に農場を作ろうにも、がけ崩れや水路の確保に手間がかかる。普通の作物ならもっと別の場所で作った方がいい。作るとしたら、その土地でしか育たない特別な作物。


 俺が連れて来られた奴隷農場で育てていたのはそれだった。名前は知らない。胸の高さにまで伸びる若草色の作物だ。なんでも、魔法の触媒に使うものらしい。この地の土壌と環境でしか育てられないので希少価値があり、需要が高く、高値で売買されているらしい。


 しかし、俺にとってそんな情報はどうでもよかった。知らなくても働かされる。俺たち奴隷が必死に育て収穫した作物たちが、どこに行き、誰がどう使うのかなんて知っても意味がない。


 必要なのは労働力。求められるのはただそれだけだった。休みはない。毎日、日の出と共にに労働が始まり、日の沈みと共に眠る。その繰り返し。


 そんな生活の中で、いつしか俺は生きる希望さえも見失いつつあった。


 仕事中、意味もなく空を見上げる。そこにはなにもない。遮るものはなにもない。あるのは青。あるいは白。気が遠くなりそうなほどに遠く、手の届かない領域。あれがきっと自由の色だ。だから、


 ――一度でいいから、空を掴んでみたい。



---------------



 奴隷たちの寝床は横長の建物の中にある。平屋建てで、壁は薄く、天井との隙間がかなり空いているので風がよく通る。屋根があるだけましといった感じだ。


 片方の壁に添うようにして藁が敷かれ、俺たち奴隷は各自好きな場所に陣取って眠る。なので、気分によって場所を変えてもいいはずなのだが、不思議とみんな同じ場所に戻って眠る。俺もそうだ。なんとなく定位置があって、そのほうが安心できるから。


 ある日の朝、隣の奴隷が目を覚まさなかった。


 簡素な食事を持ってきた管理人にそのことを伝えると、彼は面倒くさそうにため息をし、それを一瞥した。


 食事を配り終えてから彼はさびた手押しの一輪車を持ってくると、それに奴隷を引きずるようにして乗せ、ぎしぎしと軋む音を立てながら去って行った。扱いがまるで道具のように見えた。いや、実際そうなのだろう。俺たちは消耗品。使い捨ての道具なのだ。


 去り際の隣人の顔を思い出す。ずいぶん安らかな寝顔だった。きっと、自分が壊れてしまったことにも気が付かなかっただろう。


 俺はそっとため息をこぼした。


 たまたま隣にいただけで、別に知り合いだったわけでもない。話したこともない。だから、同情しているわけではない。ただ――。


 ――少し……少しだけ、羨ましい。



---------------



 隣が欠けたその日の業務を終え、疲れた体を引きずるようにして寝床に戻ると、いつもの俺の場所に先客がいた。


 奴隷にしては汚れていないな、と思った。肌の血色もいい。つまりは新入りだ。顔立ちは幼く、華奢な体付き。肩までの長さの髪の毛は、透き通るような青。


 他の奴隷たちが各々の巣(定位置)に戻る中、俺は一人彼の前で立ち止まり、頭を掻いた。彼はひざを抱えるようにして虚ろにどこかを見ていた。おそらく俺に気付いていない。


 仕方なしに俺は声を掛けた。


「――おい」


 すると、目の焦点が戻り、それは俺の足元を捉え、ゆっくりと目線が上がり、ようやく目が合った。きれいな瞳だと思った。髪と同じように、透き通るような色。金の瞳。


「……あの」


 小さな声。彼は不思議そうに首を傾げた。


「……そこ、俺の場所なんだ。使うなら横にずれてくれ」

「ご、ごめんなさい」


 彼は慌てて起き上がり、かつて隣人がいた場所に移動した。


 俺はため息を押し殺す。誰かと話したのが久しぶりすぎて、これだけで疲れた。


 どさっと腰を下ろした。遠くから荷車がからからと近付いてくる音が聞こえる。じきに到着するだろう。俺は夕食を待つ傍ら、何気なく隣の彼を見た。


 彼はまた最初に見た時と同じようにひざを抱える体勢になった。そして、ひざ頭に顔を押し付けるようにして外界の情報を遮断した。


 きっと奴隷の生活が不安なのだろう。あるいは家族か知り合いと引き裂かれた悲しみだろうか。それとも絶望だろうか。少なくとも正の感情ではないのは確かだ。


 伏せた横顔からその感情を読み取ろうとしているうちに、その彼が「彼」ではないことに気が付いた。


 女の子だった。道理で男にしては華奢な体だと思った。そうと気が付いて見てみれば、女性特有の胸のふくらみが見えて、俺は慌てて目を逸らした。


 ここに女性の奴隷はいない。労働力としてなら男の方がリターンが見込めるからだ。きっと彼――彼女を買った奴は俺と同じように見間違えたのだ。


 そこまで考えて、はっとして頭を振ってその思考を無理やり止めた。


 ――でも、俺には関係ないことだ。


 変に関わってもめ事に首を突っ込むことになるのなら、見なかったことにした方がいい。


 ようやく食事が回ってきた。夕食は形の悪いパン一個。一輪車に乗せて運んできた管理人はそれらを手渡しではなく放り投げるようにして配っていった。


 隣の彼女も足元に転がったパンに気が付いて、のっそりと顔を上げ、それを手に取った。


 配られたパンは水分が足りないのかやたらと固い。噛み千切るのにも一苦労で、おまけにそこまで美味しくはない。ただ、噛まないといけないので空腹は満たされる。奴隷の食事としては理に適っている。


 質素な食事を終え、やがて日が沈み、就寝時間になった。


 疲れていたはずなのにその日はなぜか寝付きが悪かった。俺はぼんやりと天井の隙間から見える夜空を眺めて、眠気を待っていた。


 ふと、隣の少女が起き上がった。


 横目でそれをこっそりと見た。彼女は先と同じように膝を抱え、そして宿舎の天井の隙間をじっと見た。釣られて俺も視線を動かす。その隙間からは真っ黒な夜空と、散りばめられた星々が瞬いている。


 彼女はすぅっと息を吸い込んだ。そして、膝をぎゅっと抱えた。


 深いため息が一つこぼれた。


 きっと、何かを堪え、そして何かを諦めたのだろう。


 俺は目を逸らして、瞳を閉じた。

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