2-6:戦闘開始
戦うと決めたなら迷う暇はなかった。
まずミラに残る魔力を送り込んだ。『魔力解放』による反動で、右腕がまともに上がらないほどに痛かった。しかしそれを気取られないように、無理やり動かしてミラの体に触れた。
これでもう俺の中にほとんど魔力は残っていない。与えられた量は正直心許ない。長期戦は不利。短期決戦で奴を仕留める以外に選択肢はない。
この魔力で飛んで逃げられたら、それが一番いいのだろう。しかし相手だって獲物をやすやすと逃がしてくれるわけがない。
もう戦うしかないのだ。
俺は手短に言った。
「……俺に出来るのは囮くらいだ」
「……そんなこと――」
「――仮に俺が囮になったとして」
俺は遮って続けた。
「ミラはあいつを打ち取れるか?」
「………………」
ミラは悩むまでもなく首を振った。
「……無理、だね。私の全力の攻撃でびくともしなかったから……」
「……だろうな」
俺は間近でその光景を見ていた。
ミラが放った渾身の火球は、敵の魔法とせめぎ合い、爆散した。螺旋を描く風の防護壁は強固な守りだ。真正面からぶつかってもあれは突破できない。
「……だったら、竜なら?竜に変身したら力も増すんだろ」
「それも無理だと思う。……トアが言いたいのって、爪とか牙で壊せないかってことでしょ?……あれだけの魔法は、さすがに……」
それに、とミラは言った。
「相手がまたあの技を使ってくるとは限らないでしょ?普通に攻撃してくるかもしれない」
「……いや、たぶん大丈夫だ。先手さえ打てれば」
奴があの魔法を使ったのは、傍らで倒れている部下を守るためだ。奴一人なら身軽に動き回り、攻撃をいなし、攻め立てることができるはずだ。上級魔術師ならそれくらいは軽くこなすだろう。
しかしそうしなかった。今も攻撃が飛んでこない辺り、倒れた部下の容体を見ているに違いない。
奴は仲間想いな性格なのだ。だから、狙うべきは奴本人ではない。倒れている部下だ。
それで――どうする?
俺が今考えたように、部下を狙えばまた風の螺旋壁を展開してくるはずだ。その読みを前提として、そこからどうする?どうやって奴を倒す?
思い出す。奴がどうやってあれを発動させたのか。
ミラの攻撃を確認し、俺への攻撃を中断。杖を地面へと突き立て、魔法を発動。
……杖。
俺は魔法には疎いが、それでも分かることがある。あの渦を生成し、維持するためには、相当な実力と集中力が求められるということだ。その間奴は動けないはず――。
内側に飛び込めさえすれば。
俺はミラを見た。
「……ミラ。あの風の壁を壊せなくていい、超える方法はないか?」
「……超える?………………中に入るってこと……トアが?」
理解が早い。俺が頷くと、ミラは考え込むように目を閉じた。そしてぶつぶつと呟く。
「……どうやって……風……渦……壊すんじゃなくて……中へ……」
そしてはっとしたようにミラが目を開いた。
その反応だけで十分だった。
「それでいこう」
「……私、まだなにも言ってないけど」
「思い付いたんだろ?」
「……うん。一応ね。でも――」
「なら、それでいい。それに賭けよう。……時間がない。手短に教えてくれ――」
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「――出てこい。姿を現せ」
リーダー格の男の声が響いた。
俺たちは一つ頷きを交わし、立ち上がった。
壁越しに俺たちは対面する。男は杖を構え、臨戦態勢だ。じっと俺たちを睨みながら問を投げかけてきた。その背後には横たわるケイの姿があった。
「……答えろ。お前たちは何者だ」
それは静かな怒りを滲ませた声音だった。叫んでいるわけでもないのによく響く。
「――ケイに……イオに何をした?」
「………………」
「答えろ。――答えれば、命までは奪わない。生け捕りで済ませてやる」
「断る!」
その言葉に、奴の目の色が変わった。
警戒から、明確な殺意の色。
瞬間、動く。
ミラが素早く竜へと変身。
一瞬でその姿を蒼の竜へと変貌させ、両翼を展開した。
そしてすぐさま攻撃態勢へ。
ミラの顎に赤色の光が膨れ上がる――竜種特有の火炎攻撃だ。
ミラは体をのけぞらせ、その勢いと共に火球を打ち放った。
敵もまた、その工程の間に魔法の起句を唱え終えていた。
奴の後ろには手負いの部下。俺の読みが正しければ――。
「――風螺旋の防御陣」
果たして、奴は先程と同じように地面へ杖を突き立てた。
地面へ刻まれる魔法陣。
その円上へ、螺旋を描く風の防護壁が発動し、展開された。
「――トア!」
「――あぁ!」
奴が迎撃態勢に入った瞬間、こちらも動いていた。
俺がミラの背中に飛び乗ると、すぐさま翼をはためかせ、空中へ飛び立った。
直後、火炎と風壁がぶつかり合い、先刻以上の爆発爆風を巻き起こした。
轟音と共に周囲に熱風が吹き荒れる。
――熱っ……!
俺は暴れ狂う炎の暴風の中、吹き飛ばされないよう必死にミラの首にしがみついていた。
視界は赤に染まっている。
風の螺旋は再び炎を孕み、炎の渦として宙に突き立っていた。
思わず息を呑む。
俺が、今からあの中に飛び込むのだ。
――失敗は……許されない……!
失敗は敗北を意味する。敗北は――俺たちの死を意味する。
俺は震えあがりそうな恐怖をぐっと抑え込んだ。




