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偽りのドラゴンナイト  作者: F
一章:空の彼方へ
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2-3:死なせないから

 日は完全に沈んでしまった。


 暗闇に慣れた目で隣を見た。


 ミラはうなだれて座ったまま器用に眠っている。手の力も弱まっていて、解くのは簡単だった。


 手が離れた瞬間、「……ん」と少し反応したが、目覚めまではしなかった。


 俺は確かに眠っていることを確認し、音を立てないように立ち上がった。


 どうしても村の状態を見ておきたかったのだ。


 明かりは月の淡い光だけ。それを頼りに村を散策する。


 ほんの少しだけ、何かがあることを期待して。


 でも、何もなかった。死体もなかった。それが果たして、飛んで逃げられたのか、それとも死体ごと回収されたのかまでは分からない。生き残っているとしても数えるほどだろう。ほとんどは素材として回収されてしまったに違いない。


 ――だとしたら、ミラの両親の選択は正しかったのか……?


 全員が殺されるより、自分の子どもが生きられる可能性に賭けた、その選択。


 ――生きて……それでどうするんだろう。


 その問いは、自分自身に対してでもあった。


 どうして俺は生きているのだろう。


 人は――生き物は、なぜ生きるのだろう。最後は皆、平等に死が訪れるのに。結局は、死ぬのが早いか遅いかの違いだけだ。


 実は、祖母に対して聞いたことがある。人は何のために生きるのか、と。


 今でも覚えている。祖母の答えはこうだった。


『……今までたくさんの人が生まれ、死んでいったのは分かるね?そして、その人たちの全員じゃないにしろ、同じ問いを考えたはずだよ。

 『人はなぜ、なんのために生きるのか』って。人が生まれてどれだけ長い年月を重ねたかは知らないけれど……とてつもなく長い時間、たくさんの人が考えて、それでも定まった答えが出ないってことは、問いかけ自体が間違ってるってことさ』


 祖母はからかうように言った。


『つまり、解なしだよ』


 きっとそれは祖母の本心だったのだろう。意味があると思っているのがそもそもの間違い。俺はそう解釈した。


 でも――。


 今ミラが直面しているのは、まさにこの問いかけだと思う。


 やっぱりそこに意味があるように思える。だって、彼女の両親が命を懸けて命を守ったのだから。守られた命にはなにか特別な意味があるって、そう思ってしまう。


 ――そうでもなければ、なんのために死んだのか分からない……。


「――ん?」


 ふと、瓦礫の中になにか光るものを見つけた。思わず駆け寄り、それを掘り起こした。


 それは折れた竜の牙だった。尖った先端が月明りを反射していた。戦いの中で折れてしまったのだろう。この牙の持ち主は、果たして生きているのだろうか。


 他にも一通り散策してみたものの、その牙以外はしっかりと回収されたあとだった。



---------------



 牙を片手にミラの家まで戻ると、ミラは起きていた。


「……起きてたのか」

「……うん」


 どうにも焦点が俺に合っていない気がする。いや、目覚めたばかりだから目が慣れていないだけだろう。


 俺はミラの前にしゃがみ込んだ。


「ちょっと散策してたんだ。何かないかと思って。そした、ら――」


 最後まで言えなかった。


 ミラが倒れ込む勢いで俺に飛びついてきたからだ。ここまでくっつかれるのは初めてで、さすがに動揺した。


「お、ちょ、ちょっと、ミラ……!?」

「……トアまで、いなくなっちゃったかと思った」


 それを聞いて肩の力が抜けた。


 そういうことか、と納得した。


 ミラは顔を俺の胸に押し付けるようにして言った。


「……お願いだから……いなくならないでよ……!一人は……いやだ……!」

「――ごめん。悪かった」


 眠っているからいいかと思っていたが、配慮が足らなかった。


 村が襲撃され、仲間が殺されて。


 そんな状態で、目が覚めたら誰もいないなんて状況。少し想像すれば分かったはずなのに。


 俺は恐る恐るミラの体を抱きしめた。


 体が震えている。山間で休憩を挟んだ時以上に。呼吸が飛び飛びだ。でも、泣いてはいないようだった。


 そういえば、これだけ辛いことがあったはずなのに、まだミラの涙を見ていないことに気が付いた。


 背中をさすった。何度も、何度も。乱れた呼吸が収まるまで、何度でも。


「……村に何か残ってないか見て来たんだ」


 俺は独り言のように言った。


「牙があった。一個だけ。月明りに照らされてた」

「……見せて」


 俺は見せるために離れようとしたが、ミラは俺に抱き着いたまま離れなかった。


「……ごめん。やっぱりまだいい」

「俺が持っておくからな」

「……うん」


 そうやって、ようやくミラが落ち着きを取り戻しかけた、その時だった。


「――んでまた、こ――時間に」

「――っ!?」


 俺たちは体を強ばらせた。


 遠くから声が聞こえた。俺たちのものではない。別の誰かのもの。


 俺は耳を澄ませ、音の出所を探った。


「仕方がないだろう。上からの指示だ。従うしかない」


 男の声。最初に聞こえた声とは違う。つまり、一人ではない。複数人いる。


 それに対して誰かがため息交じりに言った。


「いいから手早く済ませようぜ。夜勤は嫌いなんだ」

「それには賛成だけど、手は抜くなよ。見落としがあったら大目玉だ」

「はいはい」


 どうやら最低でも三人いるらしい。しかし、何でまたこんな時間に、こんな場所に?偵察だろうか。


 ――……見落としって言ってたな。


 俺は手に持ったままだった竜の牙を見つめた。これのように回収出来なかった素材を取りに来たのだろうか。それとも、何か別の――。


 思い当たるものは一つしかなかった。


 ――奴らの狙いは、恐らくミラだ。


 竜の素材が希少とはいえ、こんな夜中に回収するものではない。見落としがあるかもしれないからだ。素材の取りこぼしを回収したいなら、朝まで待てばいい。


 そうしなかったのは、それだけ急を要する事態だということだ。


 相手側は、ミラの存在を知っている?彼女が逃がされ、生き延びていることが分かっている?


 とにかく、逃げないといけない。


 俺の残り魔力は心許ないが、ミラの飛行には足りる。相手がこちらに気が付いていない内に飛び立ってしまえば、この暗闇に乗じて逃げられるはずだ。


「――ミラ。時間がない。俺の魔力を送るから、飛び立つ準備を――」


 そこでようやくミラの異変に気が付いた。


「……ミラ?」

「………………トア。ごめん、足が……言うこと聞かなくて……っ」

「くっ」


 俺は唇を噛んだ。またミラの体が震えている。さっきよりもひどい。まともに動ける状態ではない。


 でも、逃げないと殺されてしまう。


 足音が近づいてきている。幸い、まだ見つかっていない。


 ここには多少壁が残っていて、それが視界を遮ってくれている。俺は立ち上がり、ミラの腕を掴んだ。


「とにかく立ってくれ!」


 俺は声を潜めて言った。


「ここから逃げるんだ、早く!ミラ……!」

「…………………」


 しかし、その体はびくともしなかった。彼女の全身が、立ち上がり、立ち向かうことを拒否しているようだった。


「……もう、いいよ」


 ミラが吐き捨てるように言った。


「……私はいいから、トアだけでも逃げて」

「だめだ」

「見捨てていいから」

「だめだ」

「いいから!……いいから。もう、終わっていいから……!」

「いいわけないだろ!」


 俺の中で感情が跳ねた。ミラの肩を掴み、正面から目を見た。


「こんなところでミラが死んだら、それこそ全部終わるんだぞ!?

 見たんだろ、ミラの両親がミラを逃がしてくれた瞬間を――!なんのために逃がしたかなんて分かりきってる。ミラに生きてほしかったからだ!細かい理由なんてどうでもいい。ただ生きてほしくて、だからミラに未来を託したんだ!それを捨てるのか!?」

「そんなの……っ」


 ミラの表情が歪んだ。


「私は、そんなの求めてない!そんな重たいもの、私には背負えないよ……!」

「――約束したはずだ。一緒にいてやるって。いつまでも、ずっと――それが俺とミラの約束だ」


 あの時の嘘は取り消しだ。


 嘘じゃ心は動かない。


 今だけは、本当に、本心からそう願え。その想いをミラに伝えるしかない。


「――一人で背負えないなら、一緒に背負ってやる。一人で生きられないなら、俺が支えてやる。だから、生きろ!死ぬことだけは絶対にだめだ!」


 足音が迫っている。時間がない。


 俺は手を離し、立ち上がった。


 こんな感情は生まれて初めてだった。


 目の前の少女を、失いたくない。死んでほしくない。――死なせたくない。


「……トア……?」

「――絶対に、死なせないから」

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