5
ナーシアが俺を除く村の子供のなかで一番強くなった頃、俺も密かに攻撃魔術の習得を果たしていた。
「ナーシアちゃんが冒険者になるに当たって、サンもそろそろ攻撃魔術を覚える頃になったと思うの。〈フィジカルブースト〉も悪用していないみたいだし、……大丈夫よね、サン?」
「もちろんだよ母さん。俺が魔術を悪用したことなんてないだろ?」
「そうなんだけどね……」
母ニーウは心配そうに俺を見やる。
一体、何をそんなに不安がることがあるのだろうか。
「いいわ。教えましょう。サンには苦手な属性もないようだし、基礎的な攻撃魔術なら私は一通り使えるから。まずはそれからね」
かくしれ俺は〈ストーン・ハンマー〉〈ウォーター・スピア〉〈ファイア・ボルト〉〈ウィンド・カッター〉〈フラッシュ〉〈ブラインドネス〉の六種類の攻撃魔法を教わった。
六種類と言っても、光と闇の〈フラッシュ〉と〈ブラインドネス〉は視界を奪う効果で、殺傷能力はない。
そもそも光と闇の属性には直接、攻撃する魔術はほぼないらしい。
魔術の練習の際、地のマナカードデッキを用いて場に五十枚ほどのマナカードを並べて〈ストーン・ハンマー〉を放ってみた。
ドゴォォォン!!!
結果は成功だが、母が駆けつけて来て「一体、なにをしたの!?」と詰め寄られた。
「マナをできるだけ集めて〈ストーン・ハンマー〉を撃ってみたんだ。凄く威力が上がったよ」
「……やっぱりサンに教えるのを躊躇した私は正しかったのね。あのねサン、普通の魔術師はそんなことできないから、切り札として隠し持っておくように。マナを集める能力は人に知られないようにしなさい」
「うん、分かった」
どうせ大量のマナカードを場に出す手間がかかるため、隙だらけなのだ。
切り札にするにしても、もう少し隙を消さないと。
▽
12歳になった。
母ニーウが得意だった火属性の攻撃魔術を幾つか教わり、もう学ぶことがなくなった。
結局、魔術による小遣い稼ぎでは銀貨三枚が限界だった。
ブースターパックを買うにはあと四十七枚の銀貨が必要だ。
ナーシアはますます剣の腕に磨きをかけて、今じゃ俺より強くなってしまった。
いくら魔術との二足のわらじとはいえ、剣術で勝てないのはちょっとショッキングな出来事だ。
……お陰でナーシアが冒険者になるのを誰も止めなくなってしまった。
将来、ふたりは一緒に冒険者になるんだろう? 的な空気ができていたのだ。
もう一緒に連れて行かないという選択肢自体、どこかへ消えてしまった。
学ぶことがなくなった俺は、少し早いが冒険者になるために街に行くことにした。
当然、ナーシアも着いてくると言う。
「いいかナーシア。サンも剣は扱えるが、本業は魔術師だ。お前が前衛としてサンを守るんだぞ」
「はい、師匠!」
父デカルがナーシアに冒険者になる心得を説いている。
デカルは俺より腕前のいいナーシアを殊の外、気に入っており、「将来は安泰だな!」といい笑顔で外堀を埋めようとしてくる。
いやいや……ナーシアに不満があるわけじゃないが、まだ十二歳だぞ。
そう思っていた時期が俺にもありました。
ナーシアの両親と俺の両親との間で、いつの間にか俺とナーシアの婚約が成立していたのだ。
この世界では十五歳には結婚している者も多い。
だから婚約自体も普通のことだ。
しかし日本人的な感覚からすると、十二歳で婚約は違和感が凄い。
ともあれナーシアは正式に俺の婚約者となったわけで。
……守ってやらないとな。
いくら剣の腕が凄かろうが、まだ十二歳の女の子だ。
精神年齢的に上で男の俺が、しっかりナーシアを守っていかなければならない。
▽
俺とナーシアは村を出た。
見送りには両親ほか、大勢の人々が駆けつけてくれた。
あまり遊ばなかった同年代の子供たちもいた。
彼らは俺たちが冒険者になるために村を出るのが羨ましいようだった。
……残念ながら、俺たちが村を出るのは純然たる努力の賜物なんだよなあ。
毎日の剣の練習、そして魔術の勉強。
両親の元を離れて、俺は、俺たちは遂に冒険者になる。
行商の馬車についていく。
村が遠くに離れて見えなくなると、ナーシアは不安そうに村の方向を見続けていた。
俺はナーシアの手を取って、「これからはふたりで頑張ろう」と声をかける。
ナーシアはびっくりしたような表情で「う、うん。頑張る」と頬を染めてそっぽを向いてしまった。
なにはともあれ、ここから始まる。
俺が女神に課せられた目的を果たす時が来たのだ。