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侵攻は速やかに行われた。
抵抗する軍隊がいれば煉獄の猛火を模した〈ブレイズ・ブラスト〉を放つ。
それだけで大半が瓦解するため、勝負にならない。
「小規模にすることで一日に二度以上使えるようにしました。これは火属性と闇属性の高位魔術にあたります」
「ううむ。流石あの〈アーティフィシャル・プレイグ〉の開発者だけある。これならマルカバッソ子爵がいる軍隊は負けなしだな」
「問題は支配してきた街の治安維持ですかね。その辺はどうでしょう?」
デルフィーヌに質問されたことだ。
彼女は俺たちが隣国に深く食いついた時点で民兵のレジスタンスが一斉蜂起する可能性を示唆していた。
「うむ。それについては援軍を呼んである。さすがに一国を辺境伯軍のみで行うわけではないからな。私達は言わば先遣隊なのだ。……ただ先行しすぎているだけでな」
「なるほど」
後方の治安はどうやら守られるようだ。
視線をデルフィーヌにやると、満足したように頷いた。
「その……マルカバッソ子爵。その娘は愛人か?」
「は? いえ、部下です。彼女はマルカバッソ軍の軍師でして、至らぬ私の知恵者です」
「ほう。女だてらに知恵者とな。興味があるが、試す機会はないか……」
「基本的に私が魔術で敵軍を蹴散らすか、戦う前から投降してくるか、ですからね」
辺境伯の視線がチラチラと胸に行っているのを無視して、俺たちは下がった。
▽
戦争は順調だった。
後方からの援軍というバルツァグリモー伯爵軍がかけつけてきて、占領した街の治安維持を引き受けてくれたからだ。
バルツァグリモー伯爵は年頃の娘をひとり連れていた。
すわ縁談かと思いきや、軍の指揮に造詣の深い指揮官ということで、デルフィーヌと引き合わせられた。
巨乳で美貌のデルフィーヌに圧倒された彼女――名をメラニー・バルツァグリモーという――は、「机上演習を一局、相手をしてもらいたい」と言い出した。
どうやら同性で軍の指揮を行う者が身近にいないらしく、腕前を試したくなったようだった。
「これメラニー。迷惑をかけない、という約束で連れてきているのだぞ。この戦場は辺境伯軍が圧倒的で安全だから嫁入り前のお前を連れてきたのに……」
「ですが兄上。同じ女性の軍師が目の前にいるのです。試さずにはいられますまいか!」
「何を馬鹿な……」
バルツァグリモー伯爵は恐縮していたが、デルフィーヌの腕前に興味のあったマルカメーヌ辺境伯もちょうどいいと、机上演習の準備を始めてしまった。
「やるからには全力を賭したいのですが、よろしいですかオーナー?」
「もちろんだ。負けるなよ、デルフィーヌ」
デルフィーヌはニンマリと笑みを浮かべ、机上演習の準備を眺めていた。
▽
序盤は基本に忠実といった様子で進軍させていたデルフィーヌは、両軍が迫ると同時に軍を散開させて兵を伏せだした。
一方のメラニーはこちらもやはり基本に忠実。
しかし素早く進軍し、高台を抑えると陣地を構築し始めた。
しかしデルフィーヌは散開させた兵士で高台を取り囲み、いつの間にかメラニーは高台から出るに出られなくなっていた。
「これは……」
「ほほう……」
俺にはデルフィーヌが優勢に見えるが、どうもその過程に見るべきものがあったらしく、マルカメーヌ辺境伯とバルツァグリモー伯爵は顎に手を当てて興味深そうに見ていた。
……さっぱり分かっていないのは俺だけだな、きっと。
メラニーはギリギリと歯を食いしばりながら、四方八方に隙がないか攻めては引いている。
デルフィーヌの包囲陣に隙はなかったらしく、あえなくメラニーは降参した。
「凄いです! 早めに進軍して高台を取ったのに、包囲されているなんて……デルフィーヌ様、私を弟子にしてください!」
「へ? いいえ、あなたも十分な腕前があるようだから、弟子になどとは……」
「お兄様。戦争が終わったら、私、マルカバッソでデルフィーヌ様に教えを乞いたいと思います」
「え、ちょ、勝手に――」
結局、バルツァグリモー伯爵は妹に甘かったらしく、メラニーをよろしく頼む、と俺とデルフィーヌに押し付けられてしまった。
この戦争の間、メラニーはデルフィーヌの助手のような扱いで働くことになる。




