事件
視点が一旦変わります。
「遅いなあ…」
アステルがニュクスを迎えに行ってからかなりの時間が経っていた。普段なら既に帰宅していてもおかしくない時間だ。
ーーートントン
窓を叩き、入ってきたのは『目』の一員だった。
「どうしたんだい?」
「ほ、報告します!アステル様とニュクス様が何者かに襲われ、アステル様が目の負傷や骨折など重傷、ニュクス様が軽い擦過傷を負ったとのことです!」
ー僕の身内に手を出した?
口元が次第に弧を描いているのに気がついた。怒りなのか、焦燥なのか…
(アステルが強いから僕が油断したか…連絡用の魔導具を持たせておけば…)
通信用の魔導具は稀少な闇魔法使いかつ、高めの魔力量を持つ者にしか作ることができない。また、闇属性の魔物も少なく、魔石も少量しか流通しないためコストもかかる。そのため、基本は街の中しか移動しないアステル達には通信用の魔導具は与えていなかった。
「事後報告ということはもう終わっているんだね?」
報告しにきた者は笑っているように見えるセリニが不機嫌なことに気付いているのか、急いできたからなのか、額から汗を流していた。
「は、はい!賊は撃退一名、意識はないが捕らえたものは九名とのことです!大聖堂に運ばれたアステル様たちの命に別状はないとのことですが、負傷した目の回復は不可能とのことです…」
「…撃退ということは一人逃したか…アステルは殺せないだろうからな……」
大聖堂なら『奇跡』による回復ができるため、領軍は正しい判断だろう。目の回復ができないということはこの街にいる聖女による回復が不可能なだけなのか、他の高位聖女にも不可能なのか気になるところである。
考えることも必要だが、今はこの件を調査して裁かなくてはならない。
「この街にいる『目』を最低限残し、あとはこの件について調査、及び領軍駐屯所へと赴き共に尋問しろ。僕はアステルたちの様子を見にいく。」
「はっ!」
そう言うと『目』の者は窓から溶けるように闇の中へ消えていった。
ーーーバンッ!
急いで大聖堂へ入ると、住み込みで働いている修士が出迎えた。
「セリニ様!アステル様のところでよろしいでしょうか?領軍より六名が警備、聖女プテレア様は診察しております。ニュクス様も一緒にいらっしゃいます。」
「ああ、頼む。」
慌てているのがわかるのか、アステルがいるであろう部屋へ進みながらも必要なことは話してくれた。
「こちらにおりますので中へ。」
「ありがとう、これは大聖堂への寄進だ。」
懐からずっしりとした金貨の入った袋を取り出し、修士へと渡す。大聖堂は治療費は取らないが、市民の寄進によって運営しているためこういったときに寄進は欠かせない。
「ありがとうございます。」
そう言うと持っていた盆に乗せ、元にいた場所へと戻っていった。
中へ入ると治療をしている聖女と、隣で泣きじゃくるニュクス、窓や扉を警備する領軍の兵で重い空気が流れていた。
「セリニお兄様!アステルお兄様が…アステルお兄様が…!」
「大丈夫だよ。」
優しげな笑みを浮かべながらそう言って頭を撫でると、少し安心できたのか抱きついてきた。
「セリニ様…アステル様ですが、全身の骨折や一部臓器の修復はなんとか終わりましたが、完全に潰されていた目は…」
「そうか…高位の聖女ならどうだ?」
「大聖女アネモニ様ならなんとか…といったところでしょうか…」
大聖女となると治療を頼むのは難しい可能性が高い。まずほとんど表に出てくることはなく、周りの高官が私利私欲で動くため、こちらからの申し出はほとんど耳に届かない。
「私の…私のせいでアステルお兄様は…!」
「ニュクスのせいじゃない。悪いのは今回の件を仕組んだやつだ。
ここからは僕たちに任せてくれ。ね?隊長さん?」
最後の方は部屋を警備していた領軍の部隊長へと目を向けた。
「はっ!領内の平穏を守るのも我らの役目です。それを乱した奴等は相応の報いを齎せてみせましょう!
先程『目』の者たちと合流したとの報告を受けました。全ての情報を吐かせてみせます!」
物騒な言葉に驚いたのか、ニュクスはビクッと動いた。領軍もこの騒動には怒り心頭ということだろう。
「よし、情報交換としようか。
プテレア様、隣の部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ。こちらは細かい治療をしてお待ちしておりますね。」
短くそう言うと、アステルへと向き直った。
「こちらの警備は任せたぞ。私はセリニ殿と情報交換をしてくる。」
ーーーパタン
「はあ…」
部屋に入った途端、部隊長であるエイデスはため息をついた。
「どうした?」
「いえ…もう情報が整っているのなら『目』の者で突入しているものかと思っていたもので…」
俯きながら呟いた。そう思われても仕方ないと苦笑しつつ、こういったときこそ普段守っていることのラインはしっかりと守らなくてはならなかった。
「いやいや…普段から不正した者があれば、証拠と共にあなた達へと提出する…そこは守っていかないと乱れるからね。僕が直接手を下すことはない…はずだよ。」
「ありがとうございます…
こちらからの情報ですが、現状尋問次第となっているのでほとんど情報がありません。一つあるとすれば、東西南北全て四つの門の履歴には怪しい者はいなかったとのことです。」
「そうなると侵入経路は地下水路か…?」
この街は、大昔栄えていた街を一部そのまま使っている。下水道として使っている部分がそこに該当し、街中に張り巡らされている。各家庭等で出た下水は魔物である雑食性の小型スライムを使用して浄化、その後下水へと流すという過程を踏んでいる。
下水道は街の内外各所に出入口があったため、侵入者対策で整備等に使う一部の出入口以外は封鎖されている。ただ、見つかっていない場所もあるため稀に見つかっては封鎖する、ということを繰り返していた。
「ということは…」
「まあ、整備用の出入口は領軍の駐屯所ともなっていて、完全に空くということもないからまず外れるだろう。そうなると、庭を持つ家庭かな…道路は石が敷き詰められているし、未発見の出入口があったとしても利用できないはずだ。」
「すぐに調査させましょう。」
そう言ったエイデスをすぐに遮る。
「ちょっと待って。僕からの情報がまだだよ。
実は最近ニュクスがイリスィオ男爵家の次男から求婚されていてね。本人はこっ酷く振ったらしいんだが、本人はどうもその後から家に籠もっていることが多くなったんだ。あと内容はわからないんだけど、何度か手紙をどこかへと出していたみたい。
…確かあの家、塀に囲まれた庭があったよね?」
「ああ、あの家ですか…早急に調査させます。貴族相手なので領主の許可が必要ですが、この件についてはすぐに許可が出るでしょう。」
基本的に貴族階級にある者は強制的に領軍や国軍からの捜査を受けることはない。しかし、領主は領内での凶悪事件が発生した際には『我が国に属する者は治安維持に協力する義務がある』という名目で強制捜査が可能となっている。今回の件は治安の良さをアピールしていたこの街、プラクスにおいて汚点となるため全力で当たっていくだろう。
「あと共有することはあったかな…狙いがニュクスだったことは大丈夫だよね?」
「はい、把握しております。治療中に一通り説明していただくことができました。」
話すのも辛いだろうに、しっかりと説明は果たしたらしい。ここで話が聞けなかった場合、相手の狙いがどちらだったのかわからず捜査しにくかっただろう。
そこで情報交換は終了し、元の部屋へと戻った。聖女プテレアは治療が終わったのか、既に席を外していた。その代わり修士が一人おり、連絡の言葉を発した。
「聖女プテレア様からですが、治療は終わったためもうアステル様含め帰宅しても問題ないとのことです。ただ、重傷だったため本日から数日は目を覚さない可能性があるとのことです。」
「わかった。世話になったね。神々の導きがあらんことを。」
アステルを背負ってニュクス達と大聖堂を出る。帰路では警護についていた兵もついてきており、物々しい集団となっていた。
「領主様からの指示で本日から解決するまで、領軍六名態勢による輪番でアエル商会を警備させていただきます。」
「ありがとう、助かるよ。」
「逃げた一名が襲撃する可能性もありますからね。まだ街の中にいるとは思えませんが…」
最後の方は悔しそうだったが、欲張らず引き際をしっかりと見て逃げた相手を追うのは難しいだろう。
「さあ、家に着いたよ。ニュクスも疲れただろう。しばらくゆっくりと休むといい。」
背負ってきたアステルを侍女に部屋に寝かせておくように言ってから預ける。
ニュクスはアステルが治った安心とそれまでの疲れからか、歩きながらも眠そうにしていた。
「はい…セリニお兄様…」
ふらふらとした足取りではあるが、家に上がっていったのを確認し、エイデスの方へと向き直った。
「じゃあ、あとは頼んだ。なにかあれば僕へ直接か、『目』の方へ言ってほしい。」
「了解しました。では私達は警備にあたらせていただきますね。それでは、神々の導きがあらんことを。」
「神々の導きがあらんことを。」
最後に礼をして別れ、家へと戻った。
襲撃から二日が経った。現状、イリスィオ男爵邸の庭から地下水道への出入口の有無を調査している状態だ。庭は全て掘り起こすことができれば楽だが、犯罪をしたと決まったわけでもないのでそういったことはできなかった。
ーーートントン
窓を叩いて入ってきたのは『目』の一員だった。
「報告します。証拠となるであろう手紙は賊の拠点であった廃墟にて燃やされておりましたが、燃えかすの一部を調べたところイリスィオ男爵家が手紙でよく用いる紙と一致しました。」
戦闘のあった廃墟の地下室は賊の拠点だったらしく、九名全員から自白を得られていた。依頼をした者は知らないらしく、捕まっていないリーダーが全てを仕切っていたようだ。廃墟になにか上と繋がる何かがないか調査してもらっていたところ、男爵家と繋がるものを発見できたようだ。
しかし、紙が一致したとはいえ証拠とはならない。実際にその紙を扱う家は多いため、家紋でも見つからない限りは言い逃れできるだろう。
「ありがとう。あとは地下水路の出入口さえ見つかれば邸宅内も捜索できるんだが…」
一歩足りないのがもどかしい。すると、ドアの外からノックと共に声が聞こえてきた。
「失礼します。領軍の方々からお話があるとのことです。」
「部屋まで入ってもらってくれ。」
「かしこまりました。」
そう指示すると、さっと入り口の方へと戻っていった。領軍の方も急いでいたのか、すぐに鎧の音が聞こえてきた。
ーーーコンコンコン
ドアをノックする音が聞こえ、すぐに入ってもらった。
「イリスィオ男爵邸にて地下水路への出入口が発見されました。今から調査しに参りますが、同行なさいますか?」
やっと見つかったようだ。一日で見つからなかったのは巧妙に隠されていたからだろう。
「ありがとう、僕も行くよ。準備するからちょっと待っててほしい。」
「かしこまりました。店の外にて待機しております。」
軽く装備を整えて外に出ると、領軍から三名が待機していた。
「お待たせ。ではそろそろ行こうか。」
「はい、徹底的に調べましょう。」
一般市民なら捜査する際に同行なら許されないが、セリニについては許されていた。街の治安維持に普段から協力しているため、ある意味、公機関に近い立ち位置ともなっている。領軍に対する指示権はないが、共同で捜査をできるくらいには信頼があった。
貴族街へと向かっていくと、目的地周辺ではかなりの数の兵が警備をしていた。ひそひそと噂話をする住民もおり、なにが起こっているのか面白半分に確かめている人もいるようだ。
目的のイリスィオ男爵邸では、かなり騒がしくなっていた。
「私は無関係だと言っているだろう!さっさと庭から退くがよい!」
「お言葉通り無関係か、証明するために調査しているのです。また、我々は領主であるレイモーン伯爵の代理で捜査しているに過ぎませんので、国王陛下による御命令以外では辞めることはできません。」
「うるさい!私は男爵家だぞ!貴族に歯向かうな!」
男爵家次男と言い争っていたようだ。興味はないので後ろをさっさと通り現場の方へと向かおうとするが、向こうはそれを気に入らなかったらしい。
「おい、そこのアエル商会のやつ!なぜこんなところにいる?」
「はあ、我々が捜査協力を依頼したのです。」
隣にいた領軍の兵は面倒な奴に絡まれたとでも言いたげに、ため息を吐きつつ答えた。それが気に入らなかったのか、顔を赤くしつつ更に言葉を荒げた。
「そいつはただの商会長で捜査権限はないだろう!噂によると家族を襲われたらしいじゃないか!証拠を捏造でもされたら困るからやめろ!」
「これはこれは、プセフティス様。申し訳ありませんが、私はレイモーン伯爵より依頼を受けてこちらに赴いているに過ぎません。なにか異論があるようでしたら私ではなく、レイモーン伯爵へとお願いします。」
そう言うと顔を赤くして黙り込んでしまい、標的を元の領軍の方へ戻したらしく、また一方的に罵詈雑言を浴びせていた。もはや領軍もまともに相手をしておらず、明らかに別のことを考えていそうな顔をしていた。
「こちらです。まだ発見した段階で、中の調査は行っておりません。」
地下水路への出入口は花壇や置物で巧妙に隠されていた。元々この庭には置物等が多く、探すのに苦労したのだろう。
「では開けますのでご注意ください。」
ーーーゴゴゴ…
上に乗っている蓋をずらすと、地下へと続く道が現れた。
「では私から降りますので、セリニ殿は後からお願いします。あ、早速関与を証明しそうなものが…映像を記録しておきます。」
入り口からすぐのところに、埃まみれの床にたくさんの足跡がついていた。明らかにここを最近利用した証拠だろう。
魔導具で映像を記録しながら進んでいると、地下水路へと到達した。そこでもやはり足跡が複数存在し、灯りで照らすと遠くまで続いていることが確認できた。
足跡を辿り、どこまで続いているのか確認していた。細く入り組んだ道を進んでいると、ふと光るものを見つけた。
「ん?これは…」
手にとって確認してみるとイリスィオ男爵家の家紋が刻まれたペンだった。これでイリスィオ男爵家の誰かがここを使用したのは確定だろう。
「家紋入りのペンですか…これで少なくともここを使用していたことは確定ですね。あとは足跡が街の外へと続いていれば…」
「うん、外部から不正に人を入れたんだ。貴族だろうが関係なく捕えられる。」
家紋入りのペンを拾って足跡を辿っていく。かなり長かったが、なんとかその終着点に辿り着いた。
「では登りますね。セリニ殿は後からお願いします。」
登っていくと、そこは街道から少し外れた森の中であったらしく、森を出ると街の外壁が見えていた。
「これで外部の人間を入れるために不正をしたのは確定だね。戻って捕らえよう。」
急いで街道沿いで街まで戻り、貴族街へと向かった。街に入るときは普通審査があるが、今回は領主の指示で書類もあったため素通りすることができた。
貴族街へと戻ると、先ほどとは違う騒がしさとなっていた。すぐに何があったのか確認したところ、プセフティスが私兵を使って暴れようとして、取り押さえられたとのことだ。
「証拠を出す前に捕まるとは…」
領軍も呆然としている。実際、貴族が持つ私兵は領軍と比べると足元にも及ばない。私兵は領軍へと入れなかった者たちの受け皿となっている場合が多い。領軍や国軍は才能と努力を兼ね合わせた者が多く、私兵となるとどちらかが足りなかったり、両方とも足りなかったりと劣っている者が多い。
また、教育の質も違う。領軍や国軍はさまざまな武器、魔物を想定した動きを学ぶことができる。しかし、私兵となると伝手にもよるが大きな差ができる。このような差があるのに、暴れたところでどうにもならないだろう。
拘束を解き、正面に立った状態でプセフティスに告げる。
「プセフティス、貴方を殺人の教唆、及び不正入門幇助の罪で拘束します。」
「くっ…」
罪を告げ拘束しようとするが、そこでプセフティスの魔力が大きく膨れていることに気付いた。
「ここは僕がやるよ。」
セリニがそう言ったところ、既に取り押さえる準備をしていた領軍の者たちが構えを解いた。
前に右腕を伸ばし、中指につけた指輪をプセフティスに向ける。指輪型の魔導具に魔力を流し、魔法を発動させる。
ーーーキュウウゥゥウン…
高い音が鳴りながらプセフティスを中心に水球が形成されていく。最終的には顔だけを出し、体の倍以上はあるような巨大な水球に包まれている形となった。
「拘束。」
最後の一言で水球が小さくなり、相手を水圧で拘束する。
「いだいいぃいぃぃいい!!!!やめてくれえぇええぇえ!!!」
「我が弟と妹に加えた痛みよりは軽いもんだ。家族を奪おうとしたお前を絶対に許さない。
…よし、今のうちに牢石を使って拘束しよう。」
「お見事です。魔導具なんですよね?魔法具なんじゃないかと思いましたよ…」
魔法具と魔導具はかなり異なる。魔法具は魔法を使うために自力で魔法陣を組み立て、相手に合わせて戦うことができる。魔導具の場合、自分の魔力か魔石の魔力を流すことによって、既に刻まれた魔法陣を発動するものになっている。
前者は臨機応変に戦略を組み立てられるが、後者はどんな魔法がどのように発動するか決められているため使いにくい。
魔導具としての利点は魔力を注ぐだけなのめ発動が速いことくらいだろう。注ぐ魔力の寡多によって威力は調節可能だが、発動する距離や起点は全て決まっているので一般的には使いにくい。
「ありがとう。領軍の方々には及ばないですよ。」
プセフティスを拘束し、魔法を解除する。牢石は相手を拘束し、魔法を使えなくする効果があるため魔法を使用できる犯罪者相手によく使用される。許可されていない者は持つことができず、厳重に保管、及び取引されているため流出する心配はあまりない。
拘束されたプセフティスはそのまま領主の館へと連れていき、地下牢へと入れられて取り調べを受ける予定だ。
「では本日はありがとうございました。また協力を依頼することがあるかもしれませんが、その際はよろしくお願いします。
神々の導きがあらんことを。」
「こちらこそよろしくお願いします。
神々の導きがあらんことを。」
一連の騒動が終わり、屋敷内にも調べが入った。イリスィオ男爵の家族については、プセフティス以外は治めている村から一切出ていなかったため無関係だったそうだ。
プセフティス本人及び実行者は犯罪奴隷、男爵家からは多額の賠償金で決着が着きそうであった。
「それで、さっきイリスィオ男爵本人が来て謝罪と賠償金を受け取って一旦解決、といったところかな。
あ、男爵本人は取引で何度も会ったことあるけど真面目な人だよ?なんであんなのが産まれたことやら…」
読んでいただきありがとうございます。