襲撃者
「いきなり数人で付け回してくるようなやつをチンピラ以外になんて呼べば良いんだ?」
ここは少しでも時間を稼ぎたい。セリニがこの街に放っている『目』の誰かに見つかれば巡回兵に通報してくれるだろう。それに、何らかの形で救援を出すことや、一般の人々に異変を気づかせれば巡回兵に通報してくれるかもしれない。周りを気にせず燃やし尽くすならともかく、ニュクスを守りながら一人でこの人数の手練れを相手にするのは厳しい。
「チッ…やっぱ気付いてやがったか…あれほど気を付けろと言ったのに…」
男が視線を周りにチラリと向けるとぞろぞろとアステルたちを囲むように十人の男が出てきた。やはり全員戦闘に慣れているようで油断はできない。
「たい…親分、さっさと仕事を終わらせて女でも買いましょうぜ!そこの女に相手してもらうにはちょっと小さすぎるからな!」
囲んでいる男たちは、ぎゃはははと下品な笑い声を上げている。男が最初に言いかけたのは『隊長』だろうか。隊長であればやはり組織のトップレベルであるのだろう。
それにしても、救援が来る気配がない。通信用の魔導具は持ち歩いていないので連絡を取ることもできない。今魔法を打ち上げることによって巡回兵を呼ぶことは可能だろうが、それが隙となってしまう可能性が高い。
(思ったよりも厳しいかもな…戦闘中のどさくさに紛れて火魔法を打ち上げて救援を呼ぶか、上手く相手を利用できないか…?)
じりじりと距離を詰めてくる男たちから神経を逸らさずに救援を求められないか考えていくが、あまり良い方法は思いつかない。もう少し様子を見るが、現状では来る可能性はかなり低いだろう。
「打ち合わせ通り男はさっさと殺して良いからな。女は傷つけずに持ち帰るぞ。」
やはり狙いはニュクスであった。一番考えやすいのは先ほどの話にあった求婚してきた先輩とやらだろう。
その一言をきっかけに五人がカチリと剣を抜いて土煙が出るほど勢いよく飛びかかってきた。五人は後ろで魔法を展開しているようで、次第に大きくなる魔力を感じる。ヒュンという音が出るほど鋭く放たれた相手の剣を身体を低くして躱しつつ、戦闘はできないニュクスを抱えて人がいない壁際へと移動していく。
「チッ」
剣を躱してもその先に魔法が着弾するように打ってきている。連携もそれなりに上手い。飛んできた大きな水の弾に展開しておいた炎の弾をぶつけ、相殺させる。
ーーードンッッッ!!!!!
耳をつんざくような音を立て爆発し、周りが濃い水蒸気に包まれる。身体中に魔力を巡らせ筋力を強化して水魔法を使う敵に駆け寄って直接火魔法を纏わせた足で蹴り飛ばす。
あの爆発音があれば誰かが巡回兵に通報してくれるだろう。来るまでの辛抱だ。
「よし、これで一人倒したぞ。さっきの爆発で兵も来るだろう。さっさと諦めたらどうだ?」
相手はフンと鼻を鳴らしこちらへ向かってくる。
剣を上段から振り下ろしてくるのを躱し、更にそちらに待ち構えていた敵が突きを放ってくる。敵に向かいながら身を捩ってなんとか躱す。
指輪の魔法具から炎を前方に放射して焼いていく。相手が倒れるのを確認し後ろに向かって炎を放射するが敵はすでに離れていたため、二人を沈めるには至らなかった。
「うぎゃああああ!!」
火を沈めようとジタバタ転げ回っているが、もうあいつは戦えないだろう。廃墟の壁際の方に移動できたので抱えていたニュクスを下ろした。
ニュクスを下ろして手が使えるようになり、気を使う必要も無くなったため、更にスピードを出していく。こちらに走ってくる相手に炎を纏わせた拳を入れる。急にスピードが上がったことに対応しきれていないのか、受け身をとることなく後ろへ飛んでいった。
ーーーヒュンッ
倒れたのを確認しているところで後方にいた剣使いが短剣を投げてくる。気付くのがギリギリになったため頬をかすめ、小さく切り傷をつけそのまま壁へと突き刺さる。
(チッ…敵を倒したところで動揺しないからやり辛いな…)
前方にいるリーダー格に向かい、炎弾を放つが避けられてしまう。しかし、炎弾は方向を大きく変え、風魔法を使う相手に吸い込まれていった。
「な!?急に曲がるだと!」
慌てたような声をだし、リーダー以外がざわつき始めた。まるで相手を追尾するかのような魔法に驚いたのだろう。魔法は術式で指定された動きしかしないため、相手を追いかけるようなことはない。
(まあ、相手がいる位置を目算で術式に組み込んで途中で曲がるよう指定しただけなんだがな)
アステルはこういった魔法をかなり練習していたため、目算で術式に組み込むことも八〜九割ほど成功するようになっていた。ただ、相手にとっては追尾したように見えるため威嚇にもなるだろう。
「どうだ?諦める気になったか?」
「今回そこの女を攫えば金をたんまりと貰えるからなあ。ちょっと強い程度の相手に諦める気になんねえよ。」
やはり狙いはニュクスであった。一番考えやすいのは先ほどの話にあった求婚してきた先輩とやらだろう。
大きく踏み込み、リーダー格へと向かって駆け出す。仕込んでいた短剣を左腿から引き抜き、相手へと突き刺そうとする。
ーーーギンッ!
剣と激しくぶつかり合う。火花が散り、顔が近づく。
「てめえ、強いじゃねえか。ここで会ってなかったらうちに欲しいくらいだぜ!」
「お前なんかの仲間なんて死んでも御免だ!」
力で押し込まれ、腕を薄く切られる。もう片方の腿に仕込んであった短剣を投げ、相手の手の甲にザクリと突き刺さった。
「てめえ手加減してやがるな?」
ギロリと鋭い目で見られるが、本気で戦っているつもりだ。手加減したら殺される、というのは明らかであった。
「そんなことはないさ。」
「いやあ、てめえさっきからこっちを誰一人殺してねえからな。戦場で『不殺』の選択肢を持てるのは圧倒的強者だけだ。手加減してるつもりはなくとも、殺さずに勝とうだなんて甘えんだよ。」
不機嫌そうにそう言った相手はニヤリと口角を上げ、未だざわついている味方に声をかけてまとめようとしている。
口角を上げた相手に違和感があったものの、攻勢に出ようとアステルは前に出る。
ーシュッッ
何が小さい音が聞こえ、咄嗟に横に避けようとするが首に違和感が走り、膝から崩れ落ちてしまった。
「きゃあ!アステルお兄様!!」
ニュクスが悲鳴のように叫ぶ声が聞こえるが、体が思うように動かない。
(なんだこれは…毒か…?)
「おい、油断したなあ。チンピラなんかに負けないんじゃなかったのか?」
「お…い…てめ…なに……しや…がっ…た……」
声を出すのもやっとである。どうにかしてニュクスを助けたいが、体はいうことをきかない。
「お前が倒したと思い込んでいたやつは毒付きの吹き矢でお前を狙っていたのさ。強者のフリをするからこうなるんだ。
仲間を散々にいたぶってきたお前には礼をしないとなあ。そこの娘は頂いていくぞ。」
(…最初の水魔法使いか…)
倒した相手にも神経を逸らさないようにしていたがほとんど動いていなかったため、もう戦えないと判断していた。あくまで戦闘不能を目的に、殺さないようにしたのが裏目に出た形だろう。
やはり体は思うように動かず、痺れた身体はニュクスの方へ向けるので精一杯だった。後ろから男たちがやってきてニュクスを押さえつけ、自分の周りにも集まってくる。ニュクスは泣き喚いているが、男たちに押さえられて泥だらけになっていた。
「ほらっ!どうだ痛いかあ?」
薄笑いを浮かべつつ見下されながら、身体中を蹴られ、腕や足は剣で浅く斬りつけられ血がどんどん流れていく。痺れるような痛みの中、どうにかならないかと魔力を魔法具や体に流すが発動できるような状態ではない。段々と意識が薄れていくのを感じた。
「お兄様!!お兄様!!!死なないでください!
あなたたち!私が目当てなんでしょう!?大人しく着いていくからどうか殺さないで…」
「そんなわけにはいかねえよ。こいつは魔法を使えるからな。礼もしなきゃなんねぇし、さっさと潰すしかねえ。」
魔法を使える相手というのは油断ならない。集中する時間さえあれば発動できるので、魔法使いと敵対した際はさっさと殺してしまうのが一般的だ。
そろそろ巡回兵も来るんじゃないかと思っているが、なかなか到着してくれない。最悪アステルがここで果てても、セリニがニュクスを助けてくれるだろう。ニュクスをここまで苦しませる相手に一矢報いてやりたいところだが、どうにもならない。
「『お兄ちゃん!!!』」
悲痛に泣き叫ぶ声が頭に響くような気がした。別の声と重なって聞こえたが、その声に聞き覚えはない。
(なんだろう、この感覚は。懐かしいような…)
左目も剣で斬られ、血でもう片方の目もほとんど見えなくなっていく。胸を諦めの感情が支配していく中、なにかの『記憶』が流れてくるのを感じた。
(これは…)
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