帰り道
第二話目です。
「アステルお兄様、もう迎えに来てくれたのですね」
会話を中断されたせいか、少々眉を潜め声色も下がっているような気がした。昔はお兄ちゃんと呼んでくれて、うっとおしいほどに後を付いてきたものだがこうなると少々寂しさを感じる。
「ほら、お兄ちゃんが来てくれたんだからはやくいかないと!」
周りの友人、クリノンたちも昔の呼び方を知っているのでにやにやしながら茶化してくる。クリノンは商会の取引先である貴族の家系の子で、小さい頃から交流があったためこうして今も付き合いが続いている。昔から人との付き合いが上手く、よくアステルの後ろにいたニュクスを連れ出して遊んでいたのを覚えている。
ニュクスが世話になっているので挨拶もしたいところではあるが、なかなか別れの挨拶も終わる気配がない。
「もう!お兄ちゃんだなんてよしてください!」
少々顔を赤くしながら反論しているニュクスが気になるのか、学園の門を出て行く男子生徒もちらちらと顔を向けている。可愛いのはとてもわかるが、そういった視線を向けているのはあまり心地よく感じられない。
「ほら、話してるとこキリがないからさっさと帰るぞ。父さんや母さんも待ってるからな。
クリノンさん達もいつもありがとう。これからも妹と仲良くしてくれると嬉しいよ。」
「いえいえ!こちらこそお世話になってます。頭が良くて教えてもらうことも多くて…」
「もう!お兄様、話してないでもう行きますよ!」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら、袖を引っ張っている。さすがに騒ぎすぎたのか、学園生以外の通行人の注目も集め始めてしまっている。
「じゃあニュクス、帰るか。」
やっと終わったとでも言いたげに、少々つんとした雰囲気を出しながらもしっかりと後を付いてくるニュクスに頬が少し上がってしまう。ニュクスがクリノン達に手を振りながら、人目を気にして学園を少し足早に離れていった。
「クリノンさんとは上手くやれているようだな。」
「小さい頃からの付き合いですからね。貴族の付き合いも大変なようですが、まああの性格ならうまくやれているでしょう。」
「他の貴族のご令嬢たちはどうだ?やりにくいかもしれんが…」
魔法に関しては遺伝に関するところが多い。国を興した貴族だったり、爵位を与えられるような功績を上げたりするためには魔法による力が大きい。子供を優秀にするためにも、同じような貴族と婚姻関係を結ぶことが多く、魔法を使えるというのは貴族にとって一種のステータスとなっている。
魔法学園以外であれば一般の生徒も多いのだが、魔法の特性上、魔法学園に関しては貴族の関係者が圧倒的だ。この国、ピゲス王国の貴族は嫌らしい貴族は少ない方だが、全くいないというわけではない。身分を笠に着て何かを強要するような人が出てしまうのはいくら取り締まっても出てきてしまう。
「クラスの方々は良い方ばかりですよ。派閥はありますが、いがみ合っているわけでもないので。
…そういえば、つい先日研究棟の先輩に結婚を要求されましたね。長ったらしかったので詳しくは覚えていませんが要約すれば、私の家は貴方の商会とも大口の取引をしているから嫁にこないと切るし他の貴族にも取引しないように言ってやる、と強引にきたので貴方との取引がなくとも大丈夫です、と突っぱねましたが…」
「おい!そういうのは事前に言ってくれ!付き纏われたらどうすんだ…」
どこにでも厄介な人種はいるものである。甘やかされて育った典型的な貴族だろう。こういう人に限って大した才能はないのだが、研究棟に所属するにはある程度の実力は必要なため頭は回るはずだ。
「まあセリニお兄様には伝えてありますし、調査をするみたいなので大丈夫でしょう。アステルお兄様は相手を吹っ飛ばして終わりそうですし。」
最後の方はからかうように笑っていたが、否定できる材料がなかった。脳筋という訳ではないが、セリニほど頭は回らないので貴族に対して対処するというのは難しいのは間違いなかった。
暗くなり気温も下がってきた道を談笑しながら進んでいると、後を付けてくる気配があった。撒けないかと人通りの多い道を少し早足で進むが、一向に辞める気配がない。
「アステルお兄様、どうしたのですか?急に早足になっては付いていくのが難しいです…」
今すぐ襲われる、ということはないだろうが、人通りが多い。ここでもし戦闘になっては周りにも被害が出る可能性がある。なるべく周りに気づかれないよう、息を潜め小さい声で伝える。
「何者かに付けられているみたいだ。ここで襲われても被害が大きくなるだけだから少し路地に入るぞ。」
驚いて目を見開き、少し強張った顔で頷き返した。襲われたことなんて一度もないので、恐怖もかなり大きいだろう。
ニュクスの手を引いて、人通りの少ない道を通っていく。どこで戦闘したところで迷惑なのは間違いないが、誰も住んでいない廃墟に向かって歩いていく。向こうに誘導されている可能性は高いが、街を壊すわけにもいかないので廃墟に向かうしかなかった。
しばらく足を進めていくが、こちらを一定間隔離れて付いてくるのに変わりはなかった。段々と暗くなり人通りも少なくなっていくにつれて、向こうの人数が少しずつではあるが増えているのは確実に襲うためだろう。
少し奥まったところに目的の廃墟はあった。ここは昔、某貴族の息子が住んでいたが何者かに殺され、誰も住まなくなったまま放置されている。本家が所有権を手放していないため放置するしかないのだが、現在では一種の心霊スポットとして人気がある場所だ。
マディス教と呼ばれる、世界を創造した神々を信仰している大聖堂によって浄化はされているようなので霊的なものは出ないはずだが、何かを見たという人は多い。
(これは廃墟にも人がいるな…全部で10人くらいか…)
「ニュクス、あまり離れるなよ。」
はい、と小さな声を上げて袖を掴んでくる。少し涙目でこちらを見上げ、掴んでいる手が震えているのがわかる。
「大丈夫だ。俺がチンピラなんかに負けるわけないだろ?」
廃墟に着き、ニュクスの頭を撫でる。すると物陰から一人の男が出てきた。男は薄汚れた姿をしているが、しっかりと戦闘に慣れている者の雰囲気だ。これは誰かに雇われた傭兵崩れか盗賊の類だろう。
商会の関係でどこかしらに恨まれていて人質にという可能性もあるが、それなら戦闘できるアステルや外出時にはアステルという護衛がいるニュクスを狙うよりも、セリニを直接狙うか両親を狙った方が成功率は高いはずだ。ここで襲撃されるのであれば人質として狙っている訳ではなく、アステルやニュクスを個人的に狙っている可能性が高いだろう。
魔法具である指輪に術式を籠めておき、いつ襲われても対応できるようにしておく。もしかしたら廃墟がさらに崩れる可能性はあるが、自衛のためならそれくらいは許してほしいところだ。
「チンピラたぁ言ってくれんじゃねえか」
3000字程度を目指しているのですが…なかなか難しいですね。読んでいただきありがとうございます。