最終話
「行っちゃうんだね。」
エラトーは寂しそうにコルトに言った。
コルトは働いていたお店にも、別れの挨拶を済ませていた。ニキータがそのとき号泣してしまって、コルトが困ってしまったので、フレッドが彼女を慰めていた。きっとまた来てくれるよねと、二人固い握手を交わした。ゴンザレスはよくがんばったね、とコルトを褒めてくれ、またこの街に来たときはいつでも立ち寄ってくれと言ってくれた。コルトはお店を出てからドントスの看板の前で一礼をした。
セイスがバイクのエンジンを暖めている。
「エラトーさん。本当にありがとうございました。私、エラトーさんに会えなかったら全く違う人生を歩んでいたと思います。あんな大きな舞台で前座なんてさせていただいて。」
「いや、コルトの演奏を初めて聴いた時から、縁が繋がっていたんだよ。だからこうやって今があるんだと思うよ。」
「人の縁って、不思議ですね。私、自分がやりたいことがわかりました。」
コルトは目を輝かせて、
「エラトーさんに負けないくらいうまくなって、いつか一緒に並んで演奏したいです。だから、もっともっと頑張ります。」
「あはは。うれしいな。コルト、楽しみにしてるよ。」
「本当に……何から何まで……お世話になりました。」
ぐっと涙を拭って、
「私、だめですね。泣き虫なのはまだ全然治ってないみたいです。」
涙をためて笑うコルトを見て、エラトーの胸もいっぱいになった。
「ははっ。大丈夫だよ。……そんなこと言うと私まで泣けてくるだろ。」
コルトの頭を軽く叩いた。
「それと、最後に、」
エラトーは茶色い封筒をコルトに差し出した。
「なんですか?」
「コルトが仕事をして稼いだ分だよ。それはもらえない。前座をしてくれたお礼に少し加えておいたけど。」
「だめです!これはエラトーさんの家に住ませていただいたから、」
「いいんだ。コルト、これからもセイスくんと一緒に旅をするんだろ?お金も必要さ。だから、二人で使いなさい。」
「エラトーさん……。」
コルトは感謝の気持ちでいっぱいになった。ぐっとエラトーと握手をした。
「ほら、もう行くんじゃないか?あんまり長居すると根が張っちゃうぞ。いっぱい旅をして、たくさんの人に会って、色んな経験をして、大きな人間になるんだよ。そしてまたコルトのサックスを聴かせてくれ。地方に私が行ったときはライブにも寄ってくれよ。」
「はい!約束します。私がんばります!」
コルトはセイスのサイドカーに乗って、ヘルメットをかぶった。
「もう、いいのか?」
「うん。エラトーさんお元気で!また絶対絶対、会いましょうね。」
「ああ、もちろんさ。いつでも連絡してくれ。」
セイスも振り返って、
「本当にありがとうございました。また、きっと会いに来ます!」
「セイスくん、君もコルトとしっかりやっていくんだよ。コルトを泣かせちゃだめだぞ。」
エラトーはいたずらっぽく舌をぺろっと出した。セイスはグーサインをぐっと握った。スロットルをひねって、バイクは動き出した。
「また、走ってもらうよ。」
コルトはぽんとバイクを叩いて、二人は速度を上げた。みるみるうちに手を振るエラトーは小さくなった。
寒いけれど、心地よい風が頬を横切る。二人はまた、違う街を目指していく。旅は当てもない、目的地もない。でも確かに道は続いている。そこには人がいて、街があって、そうしてその人々の紡ぎだす芸術がある。音楽がある。これから先はどうなるだろうか。どの道を選べば正解だろうか。それは神様だけが知っていること。この果てしなく続く旅をする人間は、自分が信じた道を精一杯歩けばいい。
「次は、どこに行こうかなァ。」
セイスが青い空を見上げて言った。
「まっすぐ行こうよ。どこに行っても、きっと何か待ってるから。」
「そうだな。」
ぶぉぉおおぉおんとバイクのエンジンが鳴った。やがて二人も、小さな点になった。




