第十六話
ある日のからりと晴れた青空の下、コルトは駅前にある求人掲示板とにらめっこをしていた。たくさんの求人の張り紙が、所狭しと貼付けてある。その中、黄色い紙に黒字で、
『フロアスタッフ急募 とにかくすぐに働ける人! 日払い可 モントル通り七丁目 レストラン ドントス』
「レストランか。料理を運ぶのならできるかな……。」
実は、コルトは働いた経験が一度もなかった。コルトの実家はその地方ではかなり有名な富豪で、家は大きく、ほとんどのことは雇われたメイドがやってくれた。コルトはそういう家庭で育ったので、外で働くということもなかった。エラトーには働くとは言ったものの、働くということに対してコルトの胸は不安だらけだった。
「変わるんだ……。よし。」
地図の冊子があったので、それをもらってレストランに行ってみることにした。
「ここを曲がって、サントレス交差点を右。」
地図を見つめながら、ひとつひとつ曲がり角をぶつぶつと確認しながら歩いていた。地図の記載によると、レストラン・ドントスは、道路を挟んでレコードショップの向かい側にあるようだった。
「あれ?レコードショップがない。」
周りを見回しても初めての土地なので、全く方向がわからない。どうやら少し迷ってしまったようだった。しばらく迷い歩いていたが、どんどんと遠くに来てしまっているようで、先が見えない。
「どうしよう、どうしよう……。ここ、どこだろう。」
コルトはおろおろとしながら道を探していると、曲がり角でどんと人にぶつかった。
「ご……ごめんなさい!」
背が高い男だった。優しい目つきで、髪はふわっと風になびくよう、爽やかな人だった。歳は三十に届かないくらい。地図を持って小さくなっているコルトを見て、
「ん、どうしたの?道にでも迷った?」
「あ、は、はい。ちょっと迷ってしまって。」
「どこに行きたいの?見せてごらん。」
男はコルトが持っている地図を見た。赤い丸で印が着いている。
「このレストラン?ここは俺が働いている店だよ。」
「あ、ええと、働きたくって、求人情報を見て。」
しどろもどろになっているコルトを見て、
「そうか。じゃあ連れてってあげるよ。俺もちょうど出勤だからね。でも、」
ちらりと男は腕時計を眺めた。
「やばいな。急がないと遅刻だ。ちょっと走るよ。」
「えっ!は、はいっ!」
歩道の信号が青になったとたん男は走り始めた。コルトもついて行こうとするのだが、ぺたぺたと足が遅かった。男が振り返ってコルトを見てくすっと笑い、
「ほら、おいで。」
手を引いて走り出した。
「もうすぐだよ。」
コルトは手を引かれて走るのに精一杯だった。やがて引っ張る手が止まった。コルトはもうへとへとで膝に手をついて、肩で息をしていた。
『レストラン ドントス』
大きな看板が掲げてあった。建物としてはそこまで大きいという訳ではなく、昔ながらの食事と酒場をかねたようなお店だった。
「ぎりぎりセーフ。君、大丈夫?」
男は涼しげな顔でコルトの方を向いた。
「あ、ありが……とう……ございます。」
息をするのがやっとといった感じで、コルトは答えた。
リリンッ、男が入り口を開けると呼び鈴が軽やかに鳴った。
「ゴンさん、こんちは。間に合ったでしょ?」
四十歳くらいだろうか。ふくよかな男が店内のイスに座って、ぺらぺらと紙をめくりながら、なにやら計算をしているようだった。もじゃもじゃと生やした真っ黒いひげが印象的だった。
「おう、フレッド、ちょっと遅刻だぞ。ん?その女の子は?」
「あ、この子、道に迷ってたから拾って来てあげたんだ。うちで飼おうよ。」
コルトは、ひっと小さな声をあげた。
「またお前は。で、お嬢ちゃんどうしたんだい?」
「あ、あの、あの、求人を見て。」
「ああ、求人か。駅前の掲示板だな。そうか。ここで働きたいのかい?」
「は、はいっ!働きたいです!」
「そうかそうか。フレッドでかしたぞ。お嬢ちゃん、それじゃあこの用紙に名前を書いてくれ。」
渡された紙にコルトは記入をした。
「俺の名前はゴンザレス。ここの店長だ。そしてこいつはフレッド。ここのキッチンを担当している。」
「コルトと言います……よろしくおねがいします。」
ぺこっとお辞儀をすると、さらっとコルトの髪が流れた。がちがちに緊張している様子を見て二人は、ははっと笑い、
「そんなに緊張せんでもいいよ。」
ゴンザレスはコルトの肩をぽんぽんと叩いた。コルトはなんだか恥ずかしくなって頭をかいた。その日は簡単にお店のことを教えられて、次から出勤ということだった。
夕方に家に帰ると、エラトーがリビングのソファでくつろいでいた。
「おかえり、コルト。仕事は見つかったかい?」
エラトーは親しみを込めて、コルトと呼ぶようになっていた。
「ただいまです。モントル通りのレストランで働くことになりました。なんだかすぐに決まってびっくりしてます。」
「そうか。よかったよかった。しっかりがんばりな。」
「はい。ありがとうございます。」




