後編
「島珠? それは聞いたことないな」
「ええ。本土君には、言わないようにしてたの」
「どういうこと?」
「島気が島を愛し島の力を扱う力だってのは、何度も説明したよね。
島民であれば誰でも扱える力。
イノシシも、稀に、本当に極稀に島気の資質を持ったのがいるの。
そのイノシシは島気を体内に溜め込んで結晶化する。それが島珠よ。
島珠は島気を何十倍にも高めることが出来る。だから危険なの。同じ島民にも秘匿しなければならないくらいに。
武見家はイノシシ狩りを受け持つことで島珠の存在を隠して来た。
島珠の存在は、離島鎖島法が制定された背景には島珠が関係してるんだって父さん言ってた。
だいたいは仕留めた時に島珠は暴走しちゃうんだけどね」
「まさか、その暴走した島珠で僕が転移された……?」
「まず、間違いないわ。黙っていてごめんなさい……」
ソウキさんは申し訳なさそうに俯いた。目元で何か流れたように見えたのは気のせいだろうか。
「あのね本土君。この島珠は結晶としてとても安定している。
これを使えば、帰ることが出来るよ」
良かったね。そう呟いてソウキさんは背を向けて走り出す。
「待って!!」
僕はすぐに追いかける。足の速さには自信があるほうだったが、彼女は島気で脚力を上昇させており(迅発足という)差は中々に縮まらない。
どころか港まで追っても向こうは疲れる気配がない。当たり前だ。
持ち前の島気量が違いすぎる!
「だから! 待って下さいって! 言ってるでしょ!!」
僕は手に力を込めて地面を叩く! 土消だ。
ズポッとソウキさんは腰から下が埋まり、それでようやく僕は彼女に追いついた。
「ねえソウキさん。僕はこの島に来て、今まで知らなかった事をたくさん知ることができました。
イノシシの捌き方とか、漬け物の漬け方とか、釣りや畑作や、島気の扱い方とか、大掃除の仕方とか、神事の作法とか、家の四畳半部屋の扉は建て付けが悪いから押すように引くとか、武見さんはアジの刺身が好物だとか、斉藤さんは島に映画館作るのが夢だとか!
全部! 全部、ソウキさんが教えてくれたんです。
僕はもう、この島のことが好きだ。ソウキさんが好きなこの島が、僕だって大好きなんです!
だから安心して下さい。僕は、帰りません!」
落とし穴の中でうずくまる彼女に手を差し伸べる。
「嬉しいけど、もうひと押し欲しかったなぁ」とソウキさんは手を取ってくれた。
どういう意味? と訊いたら「鈍感」と叱られた。
さて、島珠をそのままにして誰かに見つかってはいけない。
僕たちは仕留めたイノシシの所に戻り、その場で島珠を摘出した。
小さい、親指の爪くらいの大きさの結晶。
「それはソウキさんが持っていて下さい。僕には、必要ないですから」
「えへへ。なんだか初めて本土君から贈り物もらったみたいで嬉しいな」
「こんな血生臭い贈り物いやですよ。いつかもっと素敵なプレゼントを用意してみせますから」
「うん。楽しみにしとく」
僕らは、どちらという訳でもなく、手を握り合った。
潮風が頬を撫でて、木々のざわめきを聴く。
この島で生きていこう。
この人とともに。
それからは大変だった。
どこで聞きつけたか、島珠を狙って海上保安庁の特殊部隊が島に攻め込んだり、
近代兵器vs 島気の熾烈化する戦いを見兼ね、武見さんが神社に封印されし禁断の島機神を目覚めさせたりした。
「日本も島国だ! なのに! なぜ貴様らだけが島珠を扱える!?
不公平なのだよ! 貴様ら田舎者に島珠は過ぎた力だとなぜ理解できぬのだ!
見よ海上保安庁の科学の力!!」
「そんな!? 改造本土人間……完成していたなんて!」
「あーあ、いつかこの島で、映画……観てかったなぁ……」
「斉藤さああああああああん!!!?」
「さあ本土君。父親として歯痒いが、島と娘を守れるのは君しかいない!
これがシマンガーゼットの起動キーだ。あとは頼んだ! 私は少しでも時間を稼ぐ!」
「た、武見さああああああああん!!!?」
「ごめんね本土君。貴方だけでも生きて……」
「ダメだソウキさんっ! 間に合え! 間に合えええええ!!!」
「馬鹿な…!? 本土人である少年に島珠が反応した?! 馬鹿な馬鹿な!
それなら何故! 我々は島珠を扱えぬのだああああ!!?!」
「島を、そして人を愛する心! その本質が見抜けなかったお前らの負けだ海上保安庁ぉぉおおおおー!!!!」
「ぐわあああああああああああ!!?!?」
完!
明日から仕事だからカッとなって書いた。