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夜の水族館  作者: 西岡遥
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小さい頃から美しいものに惹かれた。宝石、大自然の景色、美しいと感じるものは何でも好きになる。そんな僕を、周りの大人たちはよく褒めた。将来は芸術家になにかさせてやりたいと、両親が親戚に自慢げに話しているのをよく覚えている。ただ、その期待と希望と裏腹に平凡に歳を重ねてしまった僕は、いつの間にか彼らから期待やら何やらを持たれなくなっていた。しかしそれに悲しいと、寂しいとさえ思わない僕は今日も美しいものを探している。


「朝霧海子は1日に何度か水浴びをする」


騒がしい昼休みのさ中、騒がしい男女がそう話しているのがハッキリと耳に入ってきた。いつもはどうでもいい話し声なんて耳にすら入ってこないはずなのに、それだけが僕を揺すぶったのは朝霧海子の名前がでてきたせいだと思う。

彼女は、学校で一番の変わり者で、一番の美しい顔を持った人だ。もちろん、僕は朝霧海子のことを知っている。僕は彼女の顔を見たとき、その美しさに愕然とした。その美しさに畏怖さえ憶えた。そんな美貌をもつ朝霧海子が水を浴びるなんて、きっとさらに美しさが際立つに違いない。僕は彼女の水を浴びる姿を、何としてでも目に納めようと誓った。


ターゲットは僕の隣のクラスで、一番前の窓際の席に座っている。多くの生徒が席替えをしようと騒ぎ立てるのを、まるで鏡の中から見ているかのようにそこの席を譲ろうとしないのだとか。いつしか席替えは彼女抜きで行なわれるようになった。朝霧海子は机の上にペットボトル入りのミネラルウォーターを置いて、座る姿勢の模範解答さながらの美しさで本を読んでいる。さて、噂をしていた男女たちに話をきけば、彼女は昼休みの半ばくらいになるとペットボトルとタオルを片手に裏庭に向かう。そしてそこで、ペットボトルの中の水を豪快にかぶるのだそうだ。数分彼女のことを見つめていた。端正な横顔だ。すると、朝霧海子は手提げ鞄の中から白いタオルと水が入ったペットボトルを取り出して席を立った。周りは、それに慣れてしまったのかそれとも彼女のことは空気のような扱いしかしていないのか誰も気にも止めない。


「どこに行くんだよ、行年(ゆくとし)


それまで話し相手になっていた友人の手を振り払い、僕は彼女を追いかけた。


朝霧海子は本当に裏庭にきた。そして、ペットボトルの蓋を開けた。

その、中身は僕にかけられた。


「ストーカー。」


彼女の声は透き通るように美しい。


「違うんだ、朝霧さん!僕はたまたまここを通りがかって」


彼女は眉間に皺を寄せ、僕を睨みつける。そして僕は気づく。


「どうして海水を浴びてるの?」


ペットボトルの中身は水ではなかった。塩辛い、海の味だった。仮に暑くて水を浴びるのというのなら、ただの水でいいはずだ。それとも、彼女の名前には海が入っているから?それとも、彼女は人魚だから?

朝霧海子は何も応えない。僕も何も言わない。午後の授業が始まる鐘がなる。

少女は観念したのか、深く溜息をついた。


「私は、魚の生まれ変わりなんだ。だから飲み水も海水を飲まなければいけないし、一日に何度か水を浴びなければ乾いて苦しい。」


妙に納得のいく答えだ。彼女は魚の生まれ変わりで、それを自覚してしまったから魚に近づいてしまったのだ。


「だから朝霧さんは、魚と会話することができるんだね」


そう言えば、朝霧海子は形のいい両目を見開いた。口まで空いたものだから、せっかくの美しい顔が台無しになる。やめて欲しい。


「まさか、スターライトのこともみえてるの?」


何のことだかわからなかったが、彼女に近づくためにそれらしい人懐っこい笑みを浮かべる。


「僕が協力するよ」


彼女は僕の名前をきいた。


「行年真昼」


今度の笑顔は、上手く作れていたかはわからない。

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