【反撃の狼煙】
遅れて申し訳ありません。
トイフェルの街の広場の隅で私は壁にもたれ掛け中央を見つめていた。
広場には千近くの獣人が集まっており、皆目は血走っている。
魔族の精神操作を受けているものの特徴であるそれは抵抗したものほどより濃くあらわれる。
彼らの目は血の涙を今にも流しそうなほど赤くなっており、自分の意思でここにいるわけではないようだ。
この精神操作の怖いところは目が赤くなることさえ除けば、周りから見てもその振る舞いは自然に見える点だ。
狂気は感じ取りづらく、もちろん本人にはまるで狂気に侵されているという自覚も芽生えない。
周りの男の目が血走っていようともそれは普通なのだと思ってしまう。
ダバルがよく使う手だ。最もそれ自体は卑怯だという気はさらさらないが。
誰も一言も発することもなく広場の最前列にあるステージを見つめている。
自分たちを率いる将を待っている。
狂気を感じ取れないとは言ったがこれだけの人数が命じられたわけでもなく黙り込み、一か所を見つめ続けるこの光景は誰の目から見ても異常だろう。
「待たせたな」
狼の獣人であるコウ将軍がステージに現れた。
その瞬間広場に響き渡る咆哮。それぞれの獣の咆哮を響かせる。
我らを率いる将に賛辞を、忠誠を!
コウ将軍はその姿を見て顔をしかめる。恐らく、この精神操作を見抜いたのであろう。
現魔王とはいえ、彼の得意とするのは攻撃魔法であり、こういった類の魔法は上級の魔法使いとさほど変わらない。
魔法の知識が十分にある者ならば、ある程度抵抗できるし、判別もできる。
そもそもダバルは隠す気がない。この抵抗の証の赤い目がより濃くなるほどその意思を無理矢理ねじ曲げられているその証を見るのを何より楽しんでいるのだ。
だからこそ、術の効力が及ばなかったコウ将軍を面白く思わず、十数人の魔族と今期の魔王討伐を生き抜いた幹部三人のうち一人をここに置き、早々に帰ってしまった。
「さて、この狂った群衆を前に唯一正常な彼はどうするのでしょうか?」
ステージに上がり咆哮を続ける群衆を見つめるコウ将軍は強く握りしめられていた拳を開くと手を挙げた。
その瞬間、群衆の方向はぴたりと止まった。
「諸君、我々は弱い。かつて我らの祖先は魔族に反旗を翻し、制裁を受け人族の地へちりぢりに逃げ出した。
我らは皆得意とするものが違う。力の強い者、戦術を用いるもの、知識のある者、皆が力を合わせれば強いがバラバラになった我らは騙され殺され、
魔族であることをすて、人族についた我々に人族が行ったのはエルフや、ドワーフのような亜人としての友好関係ではなく、そのような差別だった。
我らが獣の特徴を持つというそれだけの理由でだ!
我らは、奴らに噛みついた!その差別の愚かしさを教えてやるために!
だが、人族は賢い、彼らの魔道具とその魔法に我らは手も足も出なかった。
何人もの同志が殺された。戦線を押され、敵はもう目の前だ。まもなく戦争は再開され、この町は蹂躙されてしまうだろう。
ならば再び我々は家畜のように彼らに隷属するしかないのか?断じて違う!!
我らにはまだ牙がある!その鋭い爪がある、力強い拳がある!空を舞う翼がある!戦場を駆ける強靭な足がある!
力無き者たちには、戦況を覆す知恵がある!
そして、われらは新たな矛を手に入れた!かつての盟友!魔族が加勢に訪れてくれた!!!」
そういうと手をステージの下に控えていた幹部に向ける。
「我らに負けはない!!今こそ我々は魔族軍へと立ち返り、我ら獣人の誇りを取り戻すのだ!!!」
コウ将軍は手を突き上げる。
「諸君の命を我に預けよ!!!」
その宣言に皆が咆哮する。
だがその目は依然赤く染まっておりその演説を聞いていたとは思えない。
彼らが従うのはダバルであり、ダバルの命でコウ将軍に従うように精神操作されているにすぎない。
戦場でコウ将軍よりも目的を優先しなければならない時、彼らはコウ将軍をいとも簡単に切り捨てるだろう。
街の人々はその様子を周りから見ていた。
彼らからすればコウ将軍は悪魔のように見えたかもしれない。
信用ならない魔族に魂を売り、自分たちの生活を戦争によって壊した悪魔。
和平を断り明らかな負け戦を続行させ夫を恋人を父親を奪い続ける悪魔。
もし、この戦に敗北したのならばコウ将軍はその責任を取らされることになるだろう。
群衆を騙し、先導し、戦争を始めた大罪人として。
恐らく、コウ将軍はそれが目的なのだろう。
戦況が不利なれば魔族が獣人を切り捨てることを察しているのだろう、もしもそうなってしまった時に差し出す首として振る舞うことを決めたようだ。
「クロネ殿」
暗闇から獅子の獣人が現れる。
その目は赤く精神操作を受けていることがわかる。
「シン様は演説をなさらなくてよろしいのですか?」
「あれはコウに任せた。さすがはコウだ素晴らしい演説であった」
王としての風格も精神操作により感じられなくなっていた。周りの獣人も彼が王だと気づく者はいない。
これを見てしまえば、コウ将軍が覚悟を決めた理由もわかるというものか。
「私は先に部屋に戻っています。戦は明日、シン様も体をしっかりと休ませておいてください」
私は一礼すると用意された自室へと向かった。
広場からは未だに咆哮が聞こえてきていた。
私にはそれが滅びゆく者たちの断末魔のように聞こえた。
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