【幼女を待つ者】
クロネのターン!!
「おはよう、そして初めまして。俺の名前はヨハネ。よろしくな」
意識が芽生え、膝をついている私の前に白い髪の男が立っていました。
本能的にこの人が自分の創造主であるとすぐにわかりました。
「初めまして、私の創造主様」
私がそういいながら姿勢を正し膝をつき礼をとると、少し苦笑いをして彼はまた話し始めました。
「うん、そうか名前がまだなかったね。君の名前はクロネだ」
そうして思い出し、そして気付きました。
あぁこれは夢かと、遠い日の素晴らしかった日々の出来事だと。
もう少しこのままでいたいと願ったことがかなったのか、次のシーンへと景色が移り変わっていく。
「やっぱりさ、演出が大事だと思うんだ。確かに結果は大事だよ?だけどその光景を見た人が伝えて初めてより強力な存在として認識されると思うんだ」
これは、世に初めてヨハネ様が降臨するときの相談でしょうか?
あの時は楽しかった。その後魔族の仲間が増え、皆で人族の領地へと侵略したこともいい思い出ですが、この時が一番幸せな時でした。
呆けている私を不思議に思ったのか、ヨハネ様は心配そうに話しかけてくる。
「クロネ?大丈夫かい?」
どうやら、単純に昔のことをなぞるだけではないみたいですね。
夢だと認識できたからでしょうか?これがヨハネ様の言っていた「めいせきむ」というものでしょう。
「いえ、大丈夫です」
どのようにヨハネ様と会話していたか思い返しながら、この幸せな時間をしっかりとかみしめながらゆっくりと答える。
「そうか、疲れたらすぐに言うんだよ?無理はしてはいけない」
ヨハネ様は仲間には優しかった、初めて子供同然の同志が死んだときには大変悲しまれていた。
時に非情であり、時に優しく、強く高貴なあのお方に付き従えることにあの頃の我々は誇りを持っていましたね。
「本当に、大丈夫です。さぁ続けましょう。演出ですが言葉を変えてみてはいかがでしょうか?」
あの時と同じ提案をしてみる。
「それはいいね!一人称はどうしようか?我…はあの神様を思い出すからやだな…んじゃあ」
子供のように楽しそうに笑いながら計画をたてている。
その後もあの時のようにそのお顔をじっくりと眺めながらその時間に身をゆだねる。
「こんな感じでどうだろうか?」
「素晴らしいと思いま…す」
あまりにも懐かしいその時間に涙が流れてしまった。
待つと約束してから随分と経ってしまった。
今はここにはなくなってしまったその風景は、私にはあまりにも刺さりすぎた。
「二回目だな…。」
そういって、静かに優しく最後のあの時のように、私の頭を撫で始めました。
あの時は、恥ずかしくなり止めてしまいましたが、今は夢なんです少しくらい甘えてみても許してもらえるでしょう。
そう思い心地よい時間を楽しむ。
あぁ、この瞬間がいつまでも続けばいいのに。
そう願ったが次は叶えられず、手が引かれるのと同時にヨハネから声がかかる。
「クロネ、時間だ」
最後の時と同じ声、同じ口調でヨハネ様が話す。
あぁ、もう終わりか…。
気付けば、周りが白くもやがかかったようになっていっている。
「陛下!」
これは夢なのだ、夢ならばせめて、せめてあの時言えなかった言葉を。
「ヨハネ陛下、いえ彗様。私はあなた様をずっと」
その言葉を言い終える前に視界は白へと染まりそして暗転した。
気が付くとうつぶせに寝たまま虚空に手を伸ばしていた。
「やはり夢でしたか」
わかっていてもさみしいな。
「さて、行きましょうか」
気持ちを切り替えベットから出て服を着る。
そして魔王城へと向かう。
城内へと入るとそこかしらから捕らえられた人族の悲鳴が聞こえる。
大方、盗賊から貢がれたものかどこかの部隊がさらってきたものを凌辱し、痛めつけ、楽しんでいるのだろう。
「下種どもが」
ヨハネ様がいなくなってから数百年はまだよかった。
かつての領土を取り返そうと、魔族としての誇りをもって我々は戦ってきました。
だが今のこの現状はどうだ!?これが誇りある魔族の行いか!?
かつてより衰えたその力でより低い力の者を蹂躙し、もてあそび、殺し、それを楽しむなど。
魔族は好戦的ではありながらも、誇りを持つ種族ではなかったのか?
絶え間なく続く悲鳴に下唇を強くかむ。
すれ違う魔族は皆その声に笑みを浮かべているがそれすらも今の私には苛立ちを感じる要素の一つでしかない。
わかっている、私はこの状況を作り出してしまった自分に一番の苛立ちを感じているのだ。
ヨハネ様から託された魔王軍をここまでにしてしまった。
やはり、私が魔王となるべきだったのでしょうか。
そうすれば、ヨハネ様と同じところに…。
そう考えかけて首を振る。
「私としたことが、待つと約束したのにそれを放棄しようとしてしまうとは」
こんなことを考えるということは、もう潮時なのかもしれませんね。
他の四人と同じようにここから離れる時が来たのかもしれません。
今や私を除き始まりの魔族の四名と旧魔族と呼ばれるようになった始まりの魔族の子孫らは、もうすでにここを離れ大陸の各地に散らばってしまった。
先日一人とは偶然出くわしたが、ほかの三名は長らく連絡を取っていない。
いったいどこで何をしているのでしょうか?
そんなことを考えていると現魔族を統べる魔王のいる部屋へと着いた。
扉を開くと魔王であるダバルが叫んでいた。
「くそが!!!人族の分際で!!」
「きゃああぁあああ」
首輪をはめられた人族の雌が蹴り飛ばされ叫ぶ。間髪入れずにもう一度蹴られうめきそして動かなくなる。
その身体には凌辱の跡がいたるとことろに見える。
先日の駒に使っていた盗賊どもが掃討されたことがとても悔しかったのだろう。
女が息を引き取った後もなおも蹴り続けた結果もはやそれは人とは呼べない造形へと変わってしまっていた。
飛び散る肉片を手でよけながらダバルへと近付く。
「クロネか」
「トイフェルからの救援要請の件で近いうちに戦線へと加勢に向かいます。恐らくそこに勇者も来るでしょう?あなたはどうなさいますか?」
そう聞くとダバルはにやりと笑った。
「そうか!フハハハハならばクロネそちらに勇者を足止めしていろ!やつが大事にしている国の中枢を地獄へと変えてやろう」
大声で笑いながらダバルは肉塊を再度踏みつぶし始めた。
その後少し会議をしたあと私は帰路についた。
その途中ふと足を止め考える。
私は何をやっているのだろうか…。
補佐するべき魔王ですらこのありさまだ、たまたまうまくいっただけの作戦をあたかも謀略の一つだとほざき、驕る。
この戦いで最後にしよう。そして私が生まれた地で静かにヨハネ様を待つことにしよう。
旧魔族はいなくなり魔王軍も代替わりを終えた。私のすることも多くはない。いなくなっても大丈夫でしょう。
そう考えると先ほど思いついたことがとても良い案のように思えた。
「ヨハネ様、あなた様は今どこにおられるのでしょうか?」
その問いかけに返す者はいなかった。




