解禁?!
長文です。
後書きにおまけあり。
「かのこ、おつかれ。資料室にいるって聞いて」
「資料を片付けているんですよ。こんにちは夏基くん。今日は事務所に用事ですか?」
「うん。ボイトレしたあと社長に呼ばれてるんだ」
「社長に?夏基くん、なにしたんですか」
「知らないよ。事務所に来るなら私のところに寄りなさいって電話入ったんだもん。ほんとだって、なんにもしてないよ」
私と夏基くんがであったのは、私が18歳で彼が13歳(!!)の頃だ。あの頃はまだほんとうに子供で、私よりも背が低かったのになあ。
「なんか夏基くん、大きくなったよね~」
「はあ?!あのね、俺は20歳だよ!」
「ハタチ…そうよね、私も25歳だもんね~。あっという間に背も抜かれたしね~」
「そうだよ。僕がかのこより背が低かったのなんて1年くらいじゃないか」
夏基くんの背が私を追い抜いたのは14歳から15歳にかけてのころだった。思春期の男の子って成長早いよね~なんて話を水鈴にしたら“あんたは親戚のおばちゃんか”と呆れられたっけ。
「そうだったね。今じゃ頭をなでられないわ」
昔はレッスンでうまく踊れなかった夏基くんが涙目になってるところに出くわすたびに隣に座って頭をなでてたのよね。なんだかほっておけなくて。あんなに可愛かったのに……
「今じゃすっかりミステリアスだかクールだかの笑顔がレアの無表情になっちゃって」
「なにしみじみしちゃってんのさ。あ、そうだ合コンどうだったの?」
「な、なんでそんなこと知ってるの!!」
「んー、壁に冬芽の耳あり目あり?うちのメンバー全員知ってるよ。で、どうだったの」
なんだとう!!冬芽くん、いつの間に!!あとで締め上げ…いや無理。アイドルを締め上げたなんて社長に知られたら暗黒腹黒大魔王が!!
「親友に彼氏ができるのを後押ししたわよ。でも楽しかった」
「かのこってお人好し…」
「いいの。私にもそのうち出会いがあるわよ、きっと」
「大丈夫。かのこには僕がいるから」
そういうと夏基くんがすいと私の手をとった。
「ほら、俺の手はもうかのこより大きいし背だって俺を見上げてるよね。今なら頭をなでるのは、俺のほうだ」
ほら、と私のあたまをくしゃっとする。その感触がもう男の人の手で。ちょっと見上げれば無表情がレアの笑顔を浮かべている。でもその笑顔は13歳のころのおもかげがまだ少しあって。
「笑顔にはまだ私より小さい頃の面影があるね。ふふ、かわいい」
「かわいいねえ…ふーん、じゃあ、これでもかわいい?」
「へっ?!」
「いたずらにする?それとも……キスにする?」
そういうと、私のそばに顔が近づく。ふおおおお、なにこの至近距離。ちょっと押されればキスしちゃいそう。こ、これはピンチなのでは?!
私は思わず持っていた資料を盾にしてしまった。
「ちょっと、アイドルの顔になにするんだよ」
「な、夏基くんがCMのセリフなんか言うからよ!!びっくりだよ、まったく!!」
「だって、かのこに言いたかったんだもん。キスしたかったのに」
「年上をからかうんじゃありません!!それからスマホが鳴ってるよ」
私の返事になぜか大笑いしている夏基くん。でもスマホを見たととたんにちぇと舌打ち。アイドルなんだから舌打ちはやめなさいって。
「残念、時間切れ。じゃあまたね。今度は逃げないでよ」
「だから年上をからかうのはやめなさいっての!!」
そういうと夏基くんはまた笑って手をひらひらさせて出て行った。くっそお、まさか夏基くんにからかわれるとは。でも確かに触れられた手は大人の男の人だったなあ…その感触を思い出すとなんだか顔が赤くなってしまった。
<夏基視点>
ボイトレを終えて社長室に行くと、社長はいなくてメンバーが勢ぞろいしていた。
「夏基も社長に呼ばれたのか」
「晴広も?いったい何の用事か知ってる?」
「知らないよ。ただ社長室に来いってだけ。冬芽や彰聖もそう」
晴広がそう言うと、他の2人もうなずいた。こういうふうに呼ばれたのって、quattuor結成を告げられたときいらいじゃないか?
「あ、そういえば俺さっきかのこに会ったんだ。合コンの話も聞いたよ」
「「「で、どうだったって?」」」
それがさ…と彼女から聞いた顛末を皆に話すと、全員なんとなく納得していた。
「かのこちゃんて、お人好しなところがあるからなあ」
「でも、それがかのこのいいところだよ」
「冬芽ってそういうのさらっと言うよな」
「彰聖はかのこの前にでるとすぐ緊張するから分かりやすすぎんだよ」
「うるせぇ」
この3人に俺が資料室でかのこにしたことがばれないようにしよう。でも、これでかのこが俺を意識してくれたらいいのに。
「待たせてすまないね」
社長がいつもの笑顔で部屋に入ってきて、俺たちは雑談をやめた。
「夏基くんは先月20歳になりましたよね」
社長が俺の誕生日を言い出すなんてどういうことだろう。俺たちはただ戸惑って社長の顔を見た。
「20歳は世間では大人の扱いですからね。そろそろ解禁しましょうか」
「「「「解禁?!」」」」
「全員20代になりましたから、もう平等といってもいいでしょうし。佳野子さんを食事に誘うなりしてもいいですよ」
僕たちは社長の言葉にはっとした。もしかして、かのこを口説いてもいいってこと?本当に?
「ただし、スキャンダルには決して巻き込まないでくださいね」
そんなの当たり前だ。ドラマで何度もキスシーンをしようがそれ以上のことをしようが、本当にしたいのは彼女だけ。少なくとも俺はそうだ。
だけど社長がこんなにあっさり“解禁”を言いわたすのは…変だ。全員が同じことを考えたらしく、視線が社長に向く。
「そんなに私を見てどうしたんですか。きみたちもこれから仕事をよりいっそう頑張ってくださいね。佳野子さんに男性として見られるようなるといいですね。私のほうも友人から佳野子さんに良い相手をと頼まれてますし。いろいろ考えないと…おや皆さんどうしたんです。アイドルが眉間にシワをよせてはいけませんよ?」
やっぱり社長だよ…俺たちにはまだ越えなくてはいけないものがたくさんある。でも一番のハードルは、かのこの意識かもしれない。
その後の社長とのやりとり:佳野子視点
「最近、澤田くんとよく話をしていると聞きましたよ。何かあったのですか?」
「社長がどうして知ってるのかが怖いのですが、私の親友と澤田さんの親友がおつきあいしているので、それがきっかけです。お兄さんみたいな感じで話しやすくて」
「佳野子さん、怖いだなんて心外ですね。澤田くんですか……なるほどね」
社長はなんだか楽しそうにうんうんとうなずいている。その笑顔が私にはなにを企んでるんだろうとしか思えない。
澤田さん、年上だけど間違いなく私よりお人よしだから心配だ。
「あの社長。私の飛躍しすぎかもしれないんですが、澤田さんは私の恋愛対象ではないです。澤田さんには私みたいなせかせかした人間より、もっと包容力があっておっとりした人がいいと思います」
「おや、そうですか。澤田くん、悪い子じゃありませんよ?学歴も人柄も申し分ないでしょう?」
「それはそうですが、きっと私じゃ澤田さんが大変です」
「おや、残念ですねえ。でもまあ佳野子さんもようやく普通の異性に目を向けるようになったようで私はうれしいですよ。私もちゃんと考えておきますからね」
ちょっと待て社長。私は好きな俳優さんが入籍してちょっとロスだったのは間違いないけど、別に二次元(:芸能人含む)じゃなきゃいやだなんて言ってないし!!
それに社長の“ちゃんと考えておきますから”ってなんだろう。でも私の疑問を口にする前に、社長は出かけちゃったけどさ。まあ考えるだけ無駄だ。腹黒大魔王の思考なんてそこらの一般人(私)に分かるわけがない。
私は考えるのをやめにして、仕事に集中することにした。