屋上で恋をして
大隈先輩は私の教育係だった。いつも淡々としてて何にも考えてなさそうに見えるけど、実はいろいろ考えている人で、いつも私は先輩の背中を追っている感じだ。
私の配属先は先輩とは違ったけれど、その後も何かと気にかけてくれて、ランチや夕食に誘ってくれる。そして私の話に耳を傾けてくれる。厳しいことも言われてるけど、その倍は励ましてもらっている。感謝の気持ちしかないと、思っていたのに。
合コンで佳野子と大隈先輩が親しそうに話していたことがすごく気になって、わざと2人の間に割り込んでしまった…佳野子に一般男性と出会いの機会があるといいなと思ってたのにもやもやする。
屋上でお弁当を食べながらぼんやりと秋の空を眺める。夏の空より遠くてすこし薄い色、日ざしも夏ほどぎらついておらずやわらかなひかり。その心地よさに大きく伸びをする。
「やっぱり屋上は気持ちいいなあ」
「やっぱりここにいたか。丸山は屋上が好きだよなあ」
大隈先輩の声がして両手を伸ばしたまま思わず固まる。
「お、大隈先輩。どうしてここに」
「どうしてって。お前にここを教えたのは俺でしょうが」
そうだった。新人の頃に気分をすっきり切り替えたいならここだ、と連れて来られた。休憩所は人の目が多すぎるし、喫煙所は煙草をすわない人間には論外。休憩場より人目が少なくて空気もきれいで最高じゃないかと。
「そうでしたね。先輩もここでお昼ですか?」
「もう飯は食べてきた。これからデザート食べようと思ってさ。丸山も食べるだろ?」
そういうとコンビニの袋から取り出したのは、秋限定の初恋ショコラ。え、大隈先輩って甘いもの平気だったのか。今までスイーツを食べるのを見たことなかった。
「え、先輩って甘いもの食べるんですか?」
「高校時代からの親友が料理得意で、そいつの作ったお菓子は食べるけど既製品はあまり食べないな。でも、これは一度食べてみたかったんだよ。ほら食べようぜ」
深緑色のふたをぱかっと開けて、なかのガトーショコラをスプーンですくって一口。ん~、美味しい!大隈先輩も私の隣で一口食べて“うまいなあ”と感心している。
「ところで丸山さ、俺の名前知ってる?」
「知ってますよ。大隈修吾先輩ですよね。先輩は私の名前知ってますか?」
「知ってるよ。水鈴だよね」
先輩に水鈴って呼ばれると他の人に呼ばれるのとはまた違う感じがする。これって、もやもやと関係ある…気がする。ここで思いきって佳野子のことどう思ったか聞いてみてもいいだろうか。
もし、いいと思ったのなら…私は、どうしよう。でも、聞かないことには何もできない。ちょうどショコラを食べ終わったことだし。
「先輩。佳野子のこと、どう思いました?」
「小杉さんは面白いよね。おっとりしてるけど、いいアドバイザーだ。背中を押してもらえたよ」
アドバイザー??背中を押してもらえた??佳野子……合コンでいったい何をしてたんだ。ま、私も人のことは言えないか。
「背中を押してもらえたってなんですか?」
「なあ、俺はもう丸山の教育係じゃないよな」
「そりゃそうですよ。私はもう新人じゃないんですから」
「そうか。じゃあ言うけど、俺が丸山を食事に誘うのは俺が教育係だったからじゃないぞ。いいかげん気づけよな」
ん?じゃあずっと2人で食事してたのって…
「まさかのお説教タイム?!私そんなにやらかしてたんでしょうか」
「そっちかい!!なんで俺がよその部署の人間を注意しなくちゃいけないんだよ。俺はそんなに世話好きじゃない。あのな、俺に秋限定初恋ショコラのCMは無理だ」
秋限定初恋ショコラのCM……それってあの“いたずらにする?それとも……キスにする?”ですか!!
「大隈先輩…それは会社ではちょっと…」
「だからCMのやつは無理だって…でも、普通のなら」
「普通のって?先輩、ここは会社でまだ仕事中です」
「だから今はこれだけにしとく。好きだよ」
そう言って私の手を包むようにぎゅっとする先輩の手。私、こんなささいなことで恋愛初心者みたいにどきどきしてる。私、まだ女の子の部分があったんだ。
「私も、先輩のことが好きです」
もやもやが解消していく私はとても現金だなあと思うけど、私は大隈先輩のことがすきなんだ。
今は修吾さんと呼んでいる大隈先輩とつきあって、しばらくたった頃。
私は修吾さんの“料理が得意な親友”に紹介された。なんと佳野子と同じ芸能事務所にマネージャーとして勤めている人で、佳野子が言っていた“乙女なハイスペ男子”と同一人物だと知り、ああなるほどと納得してしまったのは修吾さんには内緒である。