とある事務所の秋の一日
かのこが合コンに行くのがいつなのか分からないまま月日は流れる。秋限定初恋ショコラは売れまくっているようで、おかげでCMも好評のようだ。
今日メンバー全員でツアーのダンスレッスンをする日で、久しぶりに4人とも仕事の予定が全然ない。レッスン室は事務所ビルの上階にあってスケジュールの確認などで事務所に立ち寄ることが暗黙の了解になっている。これは聞き出すチャンスだ。
事務所に立ち寄ると能天気な晴広の「かーのこちゃーん」という声が聞こえてきた。また抱きついてるのかあの馬鹿…いつかセクハラで訴えられろと思っていたら、かのこの肘鉄が決まったらしく「ぐふっ…ひどい、かのこちゃん」……しょうがない、そろそろ回収するか
「晴広、かのこの仕事の邪魔するなよ。そろそろ行こうよ」
「あ、冬芽くん。そろそろ回収お願いします」
「ひどい!かのこちゃん。冬芽も邪魔すんな」
「かのこの仕事の邪魔をしてるのは間違いなく晴広だけど?ごめんね、かのこ。このアホ連れて行くから。あ、帰りにスケジュール確認によるからマネージャー見かけたらよろしく」
「分かりました。マネージャーさん見かけたら声かけておきますね」
「アホって言うな!!俺も確認する!!冬芽、俺の襟足をつかむなよ!!」
「つかまれたくなかったら、かのこに必要以上にふれるな」
「あれは俺のコミュニケーションだから、かのこちゃんは許してくれるんだよ」
いつも肘鉄くらっているのに、この超絶ポジティブシンキング…こいつはMか?グループのためにその傾向は隠し通してほしいもんだ。
レッスン室につくと、既に彰聖と夏基は来ていてストレッチを始めていた。
「2人ともおせーよ」
「ほんとだよ。時間は有限なんだからね」
「悪い。このアホがまたかのこにセクハラしてたんで、回収してきたんだ」
「なあなあ2人とも、冬芽って失礼だと思わないか?」
「…そういうことならしょうがないな」
「晴広ってさ、いっつもかのこちゃんにセクハラして肘鉄くらってるのに学習しないの?馬鹿なの?」
「うううっ、メンバーがひどい」
晴広を放置して、俺はさっさとジャージに着替えてストレッチを始めることにした。俺たちは年末年始の特番や歌番組には出演をあまりせず、その期間はツアーをする。年末にカウントダウンコンサートを行い、1月上旬は休みだ。ただ今年は歌番組から中継をさせてくれないかとオファーがきていて、曲目や演出を話し合う必要があった。
気がつけば晴広も着替えてストレッチを始めていて、 “quattuorのリーダー・晴広”モードになったようだ。俺たちが全員で集まるときはもろもろの確認作業が多くて、ダンスを覚えるのは各々が時間をみつけてここに来るか家で覚える。それでも全員で踊ったり歌ったりしてるといろいろ気づくことが多いからとても貴重で有意義な時間だ。
なんのかんので俺たちのつきあいはもう7年になる。仲が悪いとか書かれることもあるけど、お互いにほどよい距離が分かっているせいかバラバラに見えて結束は固い。これもきっと晴広の性格が影響してるんだろうな。本人には絶対に言わないが俺はリーダーとしての晴広のことは結構尊敬している。これは彰聖と夏基も同じはずだ。
やっぱり情報はフェアに共有すべきだろうな。休憩になると、俺はさっそく話を切り出した。
「かのこが、合コンに行くらしいんだ」
「「「はああ?!」」」
3人とも驚き方がそれぞれで面白いな。一番表情にとぼしい夏基ですら驚いてるのがよくわかる。
「ちょっと冬芽、それどっから」
「先週、対談の前に事務所で澤田さんと待ち合わせしたときに通りかかった給湯室で先輩らしき女性と話してるのが聞こえたんだ」
「つまり、盗み聞きしたというわけ」
「夏基、人聞きの悪いこと言うな。偶然耳に入ったんだ」
「…偶然でも立ち止まって聞いたら盗み聞きだ」
彰聖は普段が無口なだけに、ぐさっとくるなあ。
「盗み聞きだろうがなんだろうが、情報は情報だろ?さて、どうやって邪魔しようかな~」
「晴広ってほんと考えなしだよね。邪魔したのがばれたら、かのこに嫌われるよ」
夏基ってほんと容赦なしだな。晴広が俺にどうにかしろと訴えてくるからほどほどにしてくれ。
「夏基、気持ちとしてはお前も同じだろ?黙ってる彰聖だって俺だって同じ。俺としては邪魔をするにしても手順を踏んだほうがいいと思うんだよね」
「手順?」
「俺たち、ここ数年品行方正だったと思わない?」
“彼女とお付き合いをしたかったら品行方正でいることですよ?”かのこのことが好きな俺たちに対する社長の言葉。
そろそろ社長に許可をもらってもいいはずだ。