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わたしの決断

 蒼葉先生のところに出かける前にスマホをチェックすると宗佐さんからメッセージが入っていた。

“仕事が終わったら来ないか”

 シンプルなメールが彼らしい。でもそんな彼のメールが私は好きだ。

 最近、宗佐さんは引越しをした。でもお気に入りの商店街から離れることなく同じ地域内に最近建てられた新築マンションという至近距離の引越しだった。

「うちに、引っ越してこないか?」

 もう、ほとんど一緒に住んでいるようなものだろうという彼の言い分はわかる。だけど私は「はい」と言えないでいた。


 会社を出ると、思わず顔をしかめてしまった。

「灯、元気そうだね」

 立っていたのは結婚するはずだった元彼……なんでここにいる。

「どうしてここに?」

「本社に出張で来て、これから帰るところ。灯は?」

「私のことは名字で呼んでください。ところで本社ってうちの会社とは違う駅ですよね。どうしてここに?」

「清崎には竹倉の前にその顔を出すなって釘をさされたけど……どうしても謝りたくて、待ってた」

 清崎、というのは清崎卯月という私の親友。元彼と知り合ったのが卯月に連れて行かれた合コンだったので、この人の二股(:しかも相手は妊娠していた)で結婚が破談になったときの怒りは凄まじいものがあった。

 それにしても謝るくらいなら、最初から二股をしなければいいのでは?それに私が会社にいないという想定はしてないのか。この人、こんなに思い込みが強かったっけ。あらやだ私、この人のこと、すっかりどうでもいいんだわ。

「そうですか。奥さんとお子さんは元気ですか?」

「……竹倉はもう俺のことはどうでもいいんだな。相変わらずきつい性格だな」

「どうとでも。それでは失礼します」

 私の返事が期待していたものじゃなかったらしく彼の顔がゆがむ。いったいどんな返事を待っていたんだろう。どうでもよくない、忘れてないと縋れと?ついでに涙も流せと?

 どうやら彼は快活さだけではなく、賢明さもどこかに忘れてしまったようだ。たった1年でも歳月が残念な結果をもたらすことがあるらしい。


 すべての仕事を終えて部屋に行くと、いつものように前髪をヘアクリップでとめた眼鏡姿の宗佐さんにぎゅっと抱きしめられる。

「仕事は終わったんですか?」

「対談で疲れ果てちゃったから灯で充電。やっぱり俺、表に出るのって苦手だ」

 背中を手でぽんぽんすると宗佐さんが笑った気配がした。

「よし、とりあえずの充電は完了。ほらさっさと着替えておいで」

 そう言うと宗佐さんが腕を離した。ん?今日は帰ろうと思ってたんだけどな。

 着替えてリビングに行くとキッチンで宗佐さんが紅茶をいれていた。そしてその傍らには…

「あ。それ秋限定の初恋ショコラ。そっか、今日は冬芽くんと対談でしたね」

「そう。あのアイドルが俺にくれたんだ。木ノ瀬に半分あげたけどな」

「それは蒼葉先生が喜びますね」

「だろ?俺っていい先輩だよなあ。さ、紅茶もいれたし食べよう。」

 ホワイトチョコを使ったガトーショコラはかぼちゃの色と甘さをいかしているのだという。なるほど、確かに今までの初恋ショコラに比べるとチョコ感は控えめ…まあ、細かいところは分からないけど美味しい!

「あ~美味しいもの食べて幸せ」

「灯の幸せは安上がりだなあ」

「ささやかな喜びを見出すのが得意なんです。今日は元彼にばったり会って微妙だったけどこれでチャラです」

「ちょっと待て。元彼にばったりってなんだ」

 宗佐さんの顔がしぶいものになる。え、なんだか怒ってる?

「蒼葉先生のところに行くときに社の前でばったり会ったんです。私に謝りたくて待ってたとか」

「はあ?!そういうときは俺を呼べよ。危険な目にあったらどうすんだよ!」

「あのですね、作家を危険にさらす編集者がどこにいるんです」

「それはそうだけど!!…何もされなかったか?」

「宗佐さんは心配性ですね。それに今日私は大事なことに気がついたんです」

「俺は灯限定の心配性だからな。大事なこと?」

「私、吹っ切れたとはいえ元彼に偶然会ったら嫌味の一つくらい言ってやろうと思っていたんですけど、そういうふうに気にかけるほどの感情がもうなくて。ほんとにどうでもよくなっていたんです。これって宗佐さんの…」

 おかげですね、と言おうとしたのにキスで遮断されてしまった。宗佐さんとのキスはとても甘くて気持ちがいい。まるでケーキみたい。


「俺を煽るな。まったく“いたずらにする?それとも……キスにする?”って言おうと思ってたのに」

「……初恋ショコラの台詞は宗佐さんが言うとちょっと」

「うるせーよ。今度はいたずらするぞ」

「それも困ります…って、どこさわってるんです?」

「ん?いたずらに決まってるだろ」

 宗佐さんがにやりとする。だったら私もお返しを。

「……今度、引越してきます」

 宗佐さんの手が一度止まって、私を見つめる。

「決心、ついたか」

「はい」

 私からお返しのようにキスをして思いきり抱きついた。

ちなみに、元彼と遭遇後の灯と蒼葉先生の会話はこちら。展開上、入れられなかったのですが削除するには惜しいのでこちらに掲載します。

*********************

 私の話に蒼葉先生は目を見開いた。

「……は?元彼って、あのふざけたモトカレ?」

「そうです、あのふざけた元彼です」

「よく顔を出せたもんだわね。ねえ灯ちゃん、そんな粘着質で察して男のどこがよかったの」

 蒼葉先生は私が編集者として最初に担当したのが縁で、宗佐さんの担当だった頃もそしてまた担当になった現在もいろいろつきあいが続いていて、私の結婚が破談になったときもずいぶん励ましてくれたのだ。

「どこがって、当時はそんな人じゃなかったんですけどね。まあ、今となってはどうでもいいです」

「それってやっぱり神谷先輩のおかげ?あの先輩が灯ちゃんにめろっめろだもんねー」

「木ノ瀬さんに溺愛されてる蒼葉先生に言われたくないです」

「溺愛?!全然そんなことないのに」

「……先生、まちがっても木ノ瀬さんのまえでそれ言っちゃだめです」

 木ノ瀬さんが聞いたら、絶対先生の原稿が遅れる。

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