Cheek to Cheek
僕の奥さんの蒼葉さんは小説家だ。しかもけっこう売れている恋愛小説家。昨年、新しい試みとして人気コンビニスイーツ“初恋ショコラ”シリーズとコラボした短編集に参加したところ好評だったらしく、今年発売の秋限定初恋ショコラもコラボ短篇小説集の発売が決まり、蒼葉さんにも依頼がきた。
そんなわけで発売日よりかなり前に<秋限定初恋ショコラtrick or kiss?>が我が家に来た。かぼちゃの甘さと色を生かすためにホワイトチョコを使ったガトーショコラの上に甘く煮た黒豆と抹茶味のジャック・オ・ランタンクッキーをのせたもの。パッケージは深緑色のケース(フタも同色)に黄色のリボン、濃い紫のジャック・オ・ランタンのタグつき。なるほど売る時期はハロウィンあたりを狙ってるわけだ。
甘いもの大好きな蒼葉さんはすっかりこのスイーツを気に入って、発売日をものすごく楽しみにしていた。ところが発売日初日には仕事が終わらなくて買えず、その後どこに行ってもタイミングが悪くて買えないと残念がっていた。だけどいま、僕の手元には秋限定初恋ショコラが2個。
神谷先生も今頃竹倉と食べてるんだろうか。先生、甘いものすきだからな~。
家に戻ると、なにやら蒼葉さんが真剣な顔をしてパソコンに向かい合っている。でも執筆中というわけではなさそう。何をやっているんだろう…
「ただいま蒼葉さん、これ神谷先生からのおすそわけ」
「うおう!!おおおかえり、典くん。わあ、秋限定の初恋ショコラ!!」
「……秋限定初恋ショコラtrick or kiss? quattuorサイン付限定ポスタープレゼント応募…蒼葉さん?」
パソコンの画面には神谷先生の対談相手を含んだ人気アイドルグループが。しかしなぜ皆仮装いやコスプレ?をしているのだろう。
「今回の初恋ショコラは公式サイト限定でメンバーが仮装してるのが話題なんだよ。晴広くんは海賊、冬芽くんはヴァンパイア、彰聖くんは死神で夏基くんは執事。灯ちゃんからクオリティがすごいって教えてもらって。そしたらポスタープレゼントなんて書いてあるから~誰にしようか迷っちゃってさあ、ほほほほっ」
竹倉、余計なことを……でも仮装ってのはやっぱり人によって違うものだとしみじみ思う。
「ポスターがほしいなら僕から澤田くんに頼んでみようか?」
「典くん、公私混同はだめだよ。きちんと抽選に参加することに意義があるんだから」
なんだかオリンピック精神みたいなことを言う蒼葉さんも可愛いと思ってる自分は相当重症かもしれない。でも、そろそろパソコンを閉じてくれないだろうか。僕はパソコンの画面に視線をもどした蒼葉さんのうしろにそっとまわった。
「蒼葉さん」
「ん?……?!!つ、典くん首に今なにを」
「なにっていたずら?ヴァンパイアに血を吸われたみたいでしょ」
蒼葉さんのきれいな首筋に赤い跡をつけてみた。僕の言葉にたちまち顔を真っ赤にする。やっぱり冬芽くんが一番好みだろうと踏んだ僕の読みは正しかったようだ。
「もう、明日は首を見せられないよ。そ、そうだもらってきた初恋ショコラ食べよう!ね!!」
立ち上がろうとした蒼葉さんをぼくは後ろからぎゅっと抱きしめて動けなくする。
「ねえ蒼葉さん、いたずらにする?それとも……キスにする?」
「い、いたずらはもうしたじゃない」
「そういえばそうだね。じゃあキスにしよう」
「普通、どっちかなのでは」
「僕、よくばりなんだよね。だから両方。とりあえず食べるのはあとにしない?」
そう、初恋ショコラを食べるのはあとでいい。