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彼は聞き耳を立てる

 初恋ショコラシリーズのCMをするようになって “あのセリフを言ってみたい人はいますか”と聞かれることがある。もちろんそれは俺たちを応援している皆です、というのも心からの気持ち。でも、一番言いたいのは、かのこだ。固まるかうろたえるか、もしくは“セリフの練習ですか”と大ボケをかまされるかのどれかだろうけど。


 今日は事務所で澤田さんと待ち合わせをして対談に同行してもらう。澤田さんは後輩グループのマネージャーなんだけど、たまに俺たちについてきてくれることがある。

 噂では後輩グループには「お母さんみたいだ」と慕われている(もしくはおちょくられている)とか。確かに澤田さんて世話好きでかゆいところに手が届く人だからなあ。あとは最近、独り言で「春はどこかな」と言っているとか……彼もデリケートなお年頃ってやつなんだろう。そこは触れちゃいけない。

 事務所の最寄り駅に間もなく到着すると社内アナウンスが流れ俺は人混みにまぎれて事務所に向かって歩く。そういえば俺がたまに電車移動をするって言ったらかのこが“冬芽くんってばれたりしないんですか?!”ってものすごく驚いてたっけ。確かに俺の外見ってけっこう特徴あるから彼女がそう思うのは無理ないけど、これが意外とメガネかけて帽子をかぶっていたりするとばれない。

 事務所につくとメガネをはずして受付にあいさつをして会議室に向かう。途中の給湯室とおぼしきところにかのこが見えたので声をかけようとしたけど、どうやら他に誰かいるらしい。

 かのこ以外の事務員は俺にたいして媚を売るような人間もいるのであんまり関わりたくないから、黙って通り過ぎようとしたけど話している内容に思わず足をとめる。

「佳野子ちゃん合コンいくんだ。しかも大手商社なんて優良物件が多そう」

「週末に友達と食事をしたときに誘われたんです」

「いいじゃない。チャンスはどこに転がってるか分からないんだから攻めないと」

「既婚の先輩から言われるとすごく納得です。まあ、楽しんできます」

「もしかしたら運命の相手に出会うかもしれないしね」

「えー、そうですかね。でもそうなったらすごいかも」

 そのときのかのこの顔が満更でもなさそうなのが、ちょっとむかつく。俺はそっとその場を通り過ぎて、会議室に先に来ていた澤田さんと顔を合わせた。

「冬芽、顔がこわい。その顔で神谷先生と対談するのか?」

「しませんよ。ちょーっとむかついたことがあったので、ここでクールダウンしていきます」

 俺はよっぽど不機嫌な表情をしていたらしく、澤田さんからちょっとからかわれる。

「むかついたことって、仕事先で何かあったのか?事務所うちで対応したほうがいい事態か?」

「プライベートなことなので大丈夫です。心配かけてすいません」

 一転、心配そうな顔になった澤田さんにあわてて謝罪する。俺はプロだ、ここで気持ちを切り替えないと…そのつもりで俺は砂糖をいれないコーヒーをぐっと飲んだ。


 ミステリー作家の神谷先生はもともと俺が大ファンで、昨年、雑誌の取材がきっかけでサイン本をもらったあと対談をすることになった。それが大好評だったらしく、今年も神谷先生の新刊が出たのでと話をもらったのだ。

 対談場所に向かい、神谷先生にあいさつするとともに甘党の先生へお土産として秋限定初恋ショコラを手渡した。

「神谷先生、よろしければこれ食べてください」

「ありがとう。これ、今なかなか買えないやつだね。CMも話題になってるんだよね」

 それから雑誌の方と打合せをし、対談に入る準備に入った。

 ふと、澤田さんが神谷先生の担当編集者と親しげに話しているのが目に入った。先生の担当は昨年の凛とした女性から端正な顔立ちの男性に変わっていた。

 もしかして知り合いなのかな…仕事終わったら聞いてみよう。

 今日の対談のテーマはもちろん先生の新作についてだ。ただ、今回はシリーズキャラクターの准教授とぜひくっついてほしいとファンが願っている人気女性キャラクターに恋人ができてしまうという衝撃の展開…そこでなんとなく“好意を持っている相手に恋人ができたらどうするか”という話になっていった。なんか俺の状況に近い。

 まだ、かのこに彼氏がいるわけじゃない。でも合コンでそういう相手が出来る可能性だってある。俺は、その状況になったらどうするだろう?

「神谷先生ならどうしますか?」

「彼女が幸せになるなら何もしない。だけど、そうじゃない可能性が少しでもあるなら…相手の男がボロを出したのを見逃さないで行動に移すけどね」

「それって、ずっと気持ちを隠してそばにいるってことですよね。辛くないですか?」

「そうだな。でも……それでもそばにいたい気持ちが上回るってことがある」

 そう言うと先生はすごく優しい目をした。もしかして、そういう経験あるのかな。俺より年上だし、見るからに酸いも甘いも噛み分けた大人の男って感じだし。


 対談が終わり俺は澤田さんの運転で事務所に戻り、これからグループで歌番組だ。

「澤田さんって、神谷先生の担当編集者と面識あるの?すごい親しそうに話してたけど」

「まあね。あの人は木ノ瀬さんって言うんだけど、僕の高校時代の先輩なんだ」

「えっ!!あの学園出身なんだ。すごいなあ」

「木ノ瀬さんって昔から何事にもソツがなくて…親しい先輩のなかで唯一の既婚者だし…いいよなあ、大切な人がいるってさ」

 そういうと、澤田さんは深いためいきをついた。俺はもしかして澤田さんのデリケートな部分にふれてしまったのだろうか。でも、どの辺がそうだったんだろう?

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