入り口 其ノ二
しばらく経つと挨拶も終わり、藤本ミナと名乗る部長が予備軍を仕切った。
「皆さんようこそ吹奏楽部へ!これから皆さんには2人ひと組になって各楽器を回ってもらいます!」
2人ひと組の言葉にざわめく予備軍。もちろん、大体はOOちゃん一緒に行こう!だとか、嘘!私ぼっちやだよ!だとかだ。
そして、無論、私山内佑来の身内など、見る景色にいるはずがなかった。
「はーい、そろそろ組めたかな?」
自然と皆二人組に大体別れている。あぶれているのは、俺と...例の女子だけだった。
「大体組めたみたいね。あ、じゃあそこはその2人で回ってね」
嘘だろおい...これは予想してなかった...!さっそく見知らぬ女子と二人旅だって?出来るわけないだろ!
「まぁまぁそう焦るなって。そんなベタベタくっついて回るわけじゃないからさ。そんな二人旅とか気負うなよ?」
ひょっこり出てきたトランペットの先輩がそれとなく言い放つ一言に凍りついた。
見...見透かされた!?何この人、人の心が読めるのか!?
「お前は黙って練習せぇ!」
部長のその声とミドルキックにくの字に曲げられたその先輩は音楽室へと(吹っ飛びながら)お帰りになったのだった。
「じゃあひと組目はそこのお二人さんね。えーっと、少年が山内クンで?少女は・・・」
「アイズミです。四十住 一稀」
彼女の声は、凛として主張が強いわけでもなく、かと言って怖気づいているわけでもない。高すぎなく、まるで耳に馴染むようなそんな声だった。
「アイズミさんね。」
その場で紙にメモを取りつつ部長は続ける。
「じゃあ二人には最初にSaxに言ってもらいます。場所わかる?あ、噂をすれば...!奈実ぃー、この子達Saxあなたのところに派遣するよ。準備できてる?」
あわあわしながら現れたのは割と長身のロングヘアの先輩。
「えぇー...まだ無理だよー。準備だって...」
おどおどする奈実先輩を他所に部長は話しを遮り、続ける
「はい、じゃー二人ともあそこの背の高い先輩についていってねー。じゃあ次ー。」
ムッとした顔で「己ぇ...」というと、奈実先輩はコロッとわらって「こっちおいで」と手招きした。
導かれるがまま羊の如くついていくと、そこには大小様々な楽器が置いてあった。
「アイズミさんは吹奏楽経験者なんだよね?」
彼女はまたあの声で「はい」と小さく頷き返事をした
「おっけー。じゃあさっちゃん、コノ子お願い!」
目配せすると、さっちゃん先輩が出てきた。無論、声に出してさっちゃん先輩などと呼ぼうものなら、白い眼差しとともに"変人"のレッテルを貼られるのは目に見えているから、心の中で呼称するだけだ。
「で?君は...剣道部か。よく来たね。ほい」
そういった差し出したのは1枚の薄っぺらな木の板だった。
戸惑う俺に奈実先輩は続ける
「これはリードっていってね、クラリネット...あ、あそこの真っ黒なやつね、とこのサックスはこの木の板で音を出すんだ。しばらくくわえて舐めてて」
些か抵抗はあるものの、言われたとおりにくわえてみる
その、抵抗からくる戸惑いを察したのか、彼女はリードの空袋を振ってみせた。
「あ、そうだ、忘れてた。紹介しなきゃね。今私が持ってるのがテナーサックス。で、さっちゃんが持ってるこれのちっちゃいやつがアルトサックス。それから、あそこのバカでかいやつがバリトンサックス。で、たまに出てくるレアキャラなのがあそこの真っ直ぐなやつね。ソプラノサックスっていうの。」
テナーサックスか...
「ほら、合唱でテノールってあるでしょ?それと大体同じだよ。テノールってT E N O Rって書くの。これ、英語で読んでみな?」
「テナー...?」
「合唱も楽器も音域の話しになれば同じなのよねー。あ、もうそれいいよー、かしてみ」
湿らせたリードを手渡すと、彼女は慣れた手付きでそれを楽器に取り付ける。
「この黒いところはマウスピースっていって、この金色の曲がったやつをネックっていうんだ。じゃあこれで音出して。」
マウスピースをくわえたその瞬間、隣から高周波が聞こえてきた。四十住サンが吹いているらしい。
「すごーい、サックス吹いてたの?」「え、トランペット?すごいね」なんて問答が聞こえてくる。
こちらも行こう。息を吸い込み、楽器にぶち込む!!
Skahhhhhhhh
あ、あれ?で、出ない...
もう一度!
Skahhhhhhhhh
え...で、でない?
もう一回!
Pahhhhhh
出た!って隣かよ!!結局出てないか...
先輩の表情は明らかに困惑の様子を呈し、言葉に詰まっていた。
「じ...じゃあ楽器付けてみよっか、」
楽器を付けてみて楽器が鳴ったか否かはご想像にお任せしよう。ただ、吹奏楽部の読者の皆様はお分かりだろう、「楽器つけてみよう」は時間稼ぎでしかないことを。
このあとクラリネット、フルート、チューバ、ホルンと渡り歩いた後、俺らはトロンボーンに漂流した。
「うっす!あたしはトロンボーンパートリーダーの相田美夏っす!コンプレックスは腕が短いところっす!こっちは後輩の酒田真結タンっす!かわいいっす!あたしからは以上っす!」
と元気ハツラツと紹介された酒田先輩は顔を真っ赤に染めて俯いた
「ど、ど、どうも...んにちハ...さ、さ、酒田です。」
どんどん小さくなる声にここまでしか聞き取れなかった
「いつもはこんなんじゃないんっすけどね。ま、いいや!あたしはこっちのかわゆきオナゴをげっちゅするぜっす!そっちのむっさい男子はよろしくまゆたん!」
(むさい男子...笑)
「む、むさい男子wwwハハハwwwハハハwww」
例に漏れずトランペットの先輩が笑い出す。
「うっせぇな永田ぁ、黙ってろこのチンピラがあああ!!」
そういったのは酒田先輩。もう一度言おう、酒田先輩だ。相田先輩ではなく、酒田先輩だ。
(す、スイッチ怖ぇ...)
「じ、邪魔が入ったね、じ、じゃあや、やろっか...」
「は、はい」声がうわずる。酒田先輩、もしこのハニカミが演技だとしたら、もう手遅れだと知りましょう。
「じゃあ最初に左手で銃をつくって、親指をこのレバーに引っ掛けて、中指から小指までの3本をこの支柱にかける。右手はまあ適当にもう一つの支柱を持って...」
流れるような説明に必死で食らいつく。と、ここで先輩は不意に相田先輩のいる180°後方振り返って続けた
「こうやって担いでっと」
おもむろに右手でロックを外すと、目にも止まらぬ勢いでスライドを伸ばした。相田先輩の後頭部の3cm程右へ向かって
(ファサっ)
相田先輩のショートヘアが風でなびく
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ」
相田先輩は断末魔と共に硬直した。そして錆び付いたブリキのロボットのように首だけ振り返った。
「まゆたん、あんた、何がしたいっす?」
酒田先輩はきょとんとした顔で返す
「え、いや、持ち方の説明とスライドの使い方を説明しよっかなと」
「いやいやいやいや、盛大に違うっすからね!?使い方、これ武器じゃないっすからね!?大体なんでわざわざ振り返ったのっすか!?」
これまたきょとんとした顔が待っていた。
「えっ、いや、偶然」
「いや、どんな偶然があったら振り返るんっすよ、偶然床が回りだしたっすか!?あん!?」
「いえ違うんですよ、偶然...偶然、殺意が湧いちゃって(ニコ」
平然と繰り出されるサイコパスに騒然となる周囲。
「(ニコじゃねーっすよ!偶然殺意ってなんっすかおかしいっすからね!?!?何っすかそれ、ゲームのラスボスでもいないっすよ!?」
殺人未遂現場を見たようだった。
結論、トロンボーンのスライドは凶器と化す場合もある。使い手しだい。