存在との出会い
それ以前より江戸では剣術道場が流行していた。他藩からも江戸へ剣術修行にやって来る者も多かった。
彼が後にその人生を大きく変える事となった近藤勇が道場主である天然理心流もまたその一つである。
「何がおもろいんや」そう呟いていた視界の先にあったのは数々の剣術道場であった。
京で生まれ、腕一本で戦うという意識も感覚も無かった彼にとって、江戸で見る道場の光景はすぐに理解する事など出来なかった。しかし何故か自然と足が向いてしまうのだ。様々な流派があり、特に江戸の道場は強さ厳しさ、また華やかさもあった。
「何やねん、あれ…!!」初めて見る光景が飛び込んできた。
彼が目にしたある道場は、他の道場と大きく異なるものがあった。
「丸太ん棒やないか…」
天然理心流の《竹刀》だ。あれは竹刀と呼べる物ではない。ここにいる人間は丸太を振り上げているのか!?
ほんの垣間見のはずであったのに足が勝手に歩を進めてゆく。
「誰?」
突然背後から声がした。
口元に笑みをたたえているが明らかに眼球が鋭い。自分と然程歳は変わらなさそうではあるが、丸太ん棒を手にした男を前に恐怖のあまり一歩も動けない。
「聞こえてる?その口は何の為にあるのさ?」
聞こえてはいるが声が出ない。逃げ出したいが足も出ない。
「沖田君、どうしました?」
別の男が現れた。
「あ、山南さん。お客さんかなあ。一言も喋ってくれないんですよ」
若い男が沖田、落ち着いた雰囲気の男が山南というのか…頭だけはかろうじて動いた。
「沖田君がそんな恐い目で見るからですよ」
「酷いな、土方さんじゃあるまいし」
二人は勝手に会話を続けていた。
まるで自分が存在しないかのようだ。
〈存在しない?〉
そう思った瞬間、突然声が出た。
「剣術、剣術を教えて下さい!!」