消えゆく者
彼が京に着いて以来、立て続けに「居らへん」隊士が増えた。
その中には脱走した者、また消された者もいる。何が引金になるか、明日は我が身か、と殺伐とした空気が流れている。
この人物も先が短い男だった。
「京の出なのですか?」
声をかけてきたのは楠小十郎だった。
「えぇ。ついこの間まで江戸に養子に出てましたんやけどな」
「僕も生まれは京なんですよ、同郷の人がいるのは嬉しいなあ」
「うちもですわ。暫く京を離れとったさかい、よろしゅう頼みます」
「こちらこそ。非番の日には何処かへご一緒しましょう」
楠はそう言って頭を下げ立ち去った。その後姿を彼は凝視した。
「どうかしたか?」原田が立っていた。
「楠さんは京の人なんですか」
「そうらしいな、ま、京に詳しい奴がいるってぇのは色々便利さ」
原田の言葉は特に何も無い普通の返事だった。
「初めて間近で聞きましたわ、自分の事〈僕〉って言わはる人」
「…あ?」
「〈僕〉って言わはる人が多いんは何処の人やと思わはります?どんな思想か、とも言えますけどな」
その後一週間も経たないうちに楠は京からもこの世からも消えた。
同じ頃、御倉伊勢武、荒木田左馬之介も消えていた。
芹沢鴨らを殺害したのは彼等であると屯所内ではあたかも真実の様に噂が流れていた。いや、正確には流していたのだった。
近藤の顔色がすぐれない。
「先生、身体より心の無理は何ともあらへん身体までも蝕みますで」
「時々な、道場主に戻りたいと思う事があるんだ」近藤は語り始めた。
「自分達の考えに異とする者は消えていく。誰が手を下したとしてもそれは関係ない。最終判断は局長である私だ。私が消した、責任は全て私にある。異なった考えを吟味せず猶予を与えず…心に余裕が無い。私は何処へ行こうとしているんだろうな」
「後悔してはりますか、京に来はったこと」
近藤は粉を含み白湯で流した。
「わからん。だが幕府を護りたい気持ちは変わらん。家康公がお作りになられた平和な日本を護らねばならん。その為には異国は討たねばならん。それぞれの藩だけで動くのではなく、朝廷と幕府が共に力を携え攘夷を実行せねばならん」
「〈ならん〉ばっかりや」
「ならぬ事はならぬのだ」
近藤はそう言って立ち上がり、祇園の料亭〈一力〉へ出掛けた。公武合体派の会合であった。
この会合は松平容保が発案したもので、近藤は容保から絶大な信頼と期待を受けていた。
会津藩は新選組に対して官位や禄の打診をしていたが、近藤はあっさりと断ってしまっていた。公武合体による攘夷が行えていない自分達には受ける権利など無いと考えていたからだ。
およそ二ヶ月後、最後の水戸派である野口健司が散った。これにより芹沢鴨の影は全て消えた。




