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新選組無名隊士日誌  作者: 綿谷和子
新選組へ
19/60

役目と表裏

八木邸を出て新徳寺の門前に立った。

「此処が別れ道か」

彼はそのまま壬生寺へ向かった。石段の隅に腰を下ろし辺りを見回した。鳥が足元に近付いて来る。

「何も持ってへんで」

それでも鳥は飛び出そうとしない。

自分に利益が無うても離れへんのか…前から男が一人歩いてきた。


「話を聞かせろ」土方は隣に座った。

「敵か味方か…ですか?」

「どんな事でも構わん」

彼は溜息をついた。「近藤先生は負けますよ、今のままなら」

「だろうな」

「芹沢さんはずっと先を見てはる。多分土方さんよりも。先生の文には水戸派の人間が粗暴だと書いてありましたけど、そんな単純やないですわ。思想がまるで違う。よく二つの派閥が一緒に残留出来はりましたね、そう遅ない時期に殿内派と同じ目や…」

「お前はどっちの味方なんだよ」

土方は彼のある種の試衛館派批判に対して冷静だった。


「何を優先するか、ですわ。幕府をお護りする事のみを考えるか、農民から武士となった人が一つの組織を完成させその頂に立つ事に力を入れるか」

「両方だ」

「そんなん判ってますわ。どっちを一番目にするかを聞いてます」

「二つ目だ」

「ほなそれでえぇやないですか。土方さんは近藤先生に惚れてはるからなぁ、自分やのうて先生を頭にする事しか考えてはらへん。後はどないな手を使て、ですわな。一気に虎を狙うか、虎の仲間を狙うか…」

「本気か?」

「表ですよ」


彼は江戸で近藤の文を読んだ時に何を信じればよいのか判らなかった。

世の中には様々な考え方がある。ましてや今のような何が正しいか判らない事が理由で人間が争い殺しあうのだ。


殿内義雄が殺害された時、〈もう戻れない〉とぼんやり感じた。そして清河八郎の時に確信に変わりつつあった。


本心が何処にあるかに関係なく土方を始めとする周りの声を撥ね付ける力は近藤には無いだろうと思った。土方は近藤を頂に据えた組織を考えているが近藤は武士として幕府から拝命された役目を全うする事を考えていた。近藤が頂に立たなければならない理由は無いのだ。


しかしもう遅かった。

きっと近藤は頂に立つだろう。血も流れるだろう。心も弱るだろう。

それが後戻り出来ない道ならば前へ進むしかない。

自分は近藤の心根に惹かれて試衛館へ入り京へ来た。新選組の一人の隊士として出来る事はたった一つであった。


「腹括ったのか」

「心根を護ります。せやから土方さんは好きに動かはったらよろし」


近藤を護るという事は同時に土方も護るという事だ。表と裏を渡り試衛館への義を貫く事が彼の役目であった。


文久三年九月十三日。ある一人の人物が墓碑に刻まれている。

それは田中伊織か、新家粂太郎か、新見錦か。誰が消されたのか誰が消したのかは不明だが、彼が京へ来てから「一人居らへんな」と呟いた最初の人物である。


二度目はその三日後であった。

芹沢鴨、平山五郎が散った。


彼は「勿体無い話や」盛大に行われた芹沢の葬儀の最中に呟いた。

芹沢はある意味では幕府の犠牲者であるとも言える。

そして近藤勇が新選組ただ一人の局長となった瞬間でもあり、佐幕のみの道を決定づけた瞬間でもあった。

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