男の覚悟 女の覚悟
何度読み返した事だろうか。また再び近藤からの文を取り出した。「新選組か…」
この呼び名は初めて出来たものでは無く、その昔会津藩で編成された隊の名と同じだという。
会津藩から正式に認められたという事なんやろか、近藤や土方達は幕府に利用されてるんと違うやろか…江戸や京での幕府弱体化の噂を聞くにつけ何処か不安な気持ちは拭い去れなかった。
しかし試衛館を後押ししている彼らの関係者は手放しで喜んでいる。幕府の元で武士として生きる事が出来るのだ、近藤達は遂に認められたのだ、と。
逆に浮かない表情の自分を見て怒鳴りつけらた事もしばしばであった。そんな彼の姿を何度も目にしていたのがツネだった。
庭先でタマと遊んでいるとツネが隣にしゃがみ込んだ。
「貴方も京へ行くのでしょう?」彼はただ頷いた。
「何に迷っておられるのか、わたくしが当ててみましょうか」
「言わんでも多分ツネさんは判ってはると思うわ」
「きっとわたくしと同じお気持ちなんでしょうね。旦那様が京へ行かれる時、わたくし覚悟をしたんですよ。もう二度とお会い出来ないかもしれない、これでお別れかもしれないって。危険だと噂されている地に自らすすんで行くなんて。いくら旦那様が剣術にたけたお強いお方といえども所詮この地だけでの話。この国にはもっと剣術もお心も強い方が一体どれ程おられるかわからない。それでもそんなお方を目の前にしてもお逃げにはならないでしょう、旦那様は。その先に待っているのは何か…」
「…死?」
ツネは彼の答えに返事をしなかった。
「女の身では世の中の動きをはっきり知る事も動く事も出来ません。ただ皆で楽しく普通に過ごしたいだけだった。普通とは難しいものですね。幕府が正式に旦那様達をお認めになられたという事は、これまで以上に危険も増えるという事。上様や会津様の為に生き、命を落とす事が名誉なのですね…わたくしは間違っていますか?」
一筋の涙すら流さずまるで自分に抗議しているかの様なツネの目であった。京へ行くよう近藤の背中を押したのはお前だと責められている様な気がした。しかし間違いではない。
「ほんまの事言うと、危険やと思てます。もう幕府は昔の様な力は持てへんと…ペリーが、異国が来た時点でもう。幕府が身分を問わん言うて浪士組を集めた事でそれは決定的やったんと違うやろか。武士やない誰でもえぇから…それは日本が、幕府が、勝たれへんのを民に言うてもうたんと同じや。今うちが京へ行くんは幕府の為やないんです。近藤先生や試衛館の仲間の為です。今はまだ京の様子も武士として生きるっちゅう事もうちの目ん玉で見てへんからわからへん。わかるんは近藤先生らの事だけや。皆が何をどう思て志を一つにしはったんか京に行って見てきます。文は必ず書きます。もしうちになんかあった時には、それまでに届けた文を見て何処でどないにうちが変わっていったんか見つけて下さい」
彼はそう言ってタマの頭を撫でた。
「あいつ、来るのか?」
土方の問いかけに近藤は口角を上げた。
「まだ皆には言うなよ」
土方は久しぶりに近藤の素の笑顔を見た気がした。
《無名隊士》が京へ上る二十日程前の事だった。