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新選組無名隊士日誌  作者: 綿谷和子
壬生浪士組
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清河八郎と残留組

立っていたのは沖田総司の義兄、林太郎だった。近藤達と一緒に京に居るはずであるのに何故江戸に居るのだ?


林太郎は怒りを押し殺しながら、

「騙された」一言呟いた。

「林太郎さん、何の事かそれだけやわからしません。京で何があったんです?」

横に座って居たツネは声も出ない。


事の詳細を聞くために林太郎を促した。浪士組を結成した清河八郎は、当初近藤達に将軍の警護と京の治安維持の為の上洛であると説明していた。

しかし清河の本当の狙いは尊王攘夷の為の所謂「清河軍」を作る事だった。


将軍が未だ上洛していないにも関わらず、浪士組を江戸へ戻すというのだ。清河は壬生にある新徳寺に浪士達を集め天皇への建白書に署名するよう迫った。


近藤は直ぐには内容が理解出来なかった。疑問を抱いたのは山南だった。

「これは…幕府を護る事が目的では無かったようですね、清河は攘夷派です。あくまで私の想像ですが、元々清河に幕府警護の考えは無かったのでしょう。理由を付けて清河に都合よく動く人間を集めた、そして京に着いた途端我々に建白書の同意をさせ江戸に居る異国や異国人を…といったところでしょうか」


天皇政権を目指し異国を打ち払うのが尊王攘夷派、幕府を支えるのが佐幕派である。後に尊王攘夷派は倒幕派と呼ばれる事になる。


山南の話を聞いて試衛館の連中は漸く状況が飲み込めた。皆の意は一致していた。本来の自分達でいることだ。何の為に京へ来たか。江戸に戻る気は無かった。


しかし浪士組全員が京に残留希望した訳では無い。むしろ大半が江戸に戻った。幕府の元で武士として生きるはずだった事が白紙になったのだ。江戸に家族や未練もある者も居る、金にならない事はしない主義の者も居る。


ひとまず林太郎は江戸へ戻る事にした。ちなみにその後林太郎は新徴組という組織に入る事になる。


近藤達は話し合い京に残る事を決断する。それは幕府という後ろ盾を失った「単なる浪士」を意味する。今後の生活保障などない。


ここまでの林太郎の話を聞いて彼は素直に受取れない所があった。それは清河八郎は本当に近藤達を騙したのかという事である。


ペリー来航、井伊直弼の暗殺…もう幕府は「幕末」なのではないだろうか。清河は新しい時代がそう遅くない時にやってくると考えていたのではないか。

幕府が続く以上は人間に身分の差が今後も付いて回るという事だ。近藤とて例外ではなく実際悔し涙を流したのだ。


どんなに佐幕であっても将軍は天皇の代わりに政を行っているに過ぎず、誰もが尊王なのではないのか?彼には清河が倒幕を目的にしているとは思えなかった。

京で生まれた自分と江戸で生きてきた人間との思想相違だろうか。


林太郎はもう一つ驚くべき話をした。

「斎藤を見つけたよ」

「えっ!?」

「驚いたなあ、突然壬生の宿舎に来たんだあいつ」

「斎藤さんは…元気でしたか?怪我とか気分が沈んでるとか」

「ああ。ま、ある意味何も変わってないな。皆大喜びさ」

良かった…変わっていないから皆の所へ行ったんや、良かった良かった。彼は畳を何度も叩いて喜んだ。


本来の試衛館の仲間と同じ様に芹沢鴨、新見錦、平山五郎、平間重助、野口健司らが共に残留を決めた。彼らは《壬生浪士組》と名乗り宿舎である八木邸と前川邸で生活する事になった。


問題は彼らの存在を誰も認めていないという事だ。京都守護職会津藩は不逞浪士だらけの京にこれ以上の浪士は迷惑である。

実際徳川家茂が上洛した際も当然警護の任務はない。日々何もする事が無いのだ。不逞浪士を見つけても捕縛も斬る事も出来ない。やってしまえば自分達も不逞浪士と同じだ。


試衛館組は考えに考えた。そんな時、芹沢がやって来た。

「近藤さん、簡単な事が思いつかねぇみたいだな。京の責任者は何処の藩だよ?」

「会津藩です」

「で、京都守護職は誰だ?」

「松平容保様です」

「そこまで分かってて進まねぇのか、頭使えよ。署名の準備でもするんだな」そう言うと八木邸に戻って行った。


「…そうか…!会津藩のお抱えにしていただくんだよ近藤さん!」永倉が叫んだ。


土方は障子を開け、歩いてゆく芹沢の後姿を睨みつけた。

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