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新選組無名隊士日誌  作者: 綿谷和子
始まりの足音
12/60

家族の想い

ただ空と西を眺める。今はどの辺を歩いてるんやろうか…と。

一歩ずつ近藤達は京に向かっている、自分の故郷である京に。

行きたく無い訳がなかった。皆と一緒に行きたかった。そんな気持ちと京に一体何が起こっているのかを自分の目で確かめたかった。父母は兄は友はどうしているのだろうか。


江戸に養子として出て以来、彼は一度も京の家族と文を交わさなかった。家を出る際の約束だったからだ。一人前になるまで京は忘れろと父に言われたのだ。しかし養父母から絶縁された事は流石に知っているだろう、そして試衛館で剣術を学ぶ事が理由だった事も。


自分が京から江戸へ歩いた道を近藤達は江戸から京へ歩いている。人生も運命も、そして天命も不思議なものだ。

こんなものは何時だって幾らだって変える事が出来る。運命なんて運の命だ。その命を生かすも殺すも所詮は自分次第なのだ。もし変えられないとしたら、それは単に変える意志がないだけの話なのだ。

近藤が養子になった事、土方が薬売りから門人になった事、沖田の恐怖に満ちた稽古の事、井上が実は本当は実践向きである事、山南の教養深さ、藤堂の負けず嫌い、原田の底抜けの明るさ、永倉のがむしゃらさ。斎藤の無言の説得力。

皆がそれぞれの力を発揮して日本を守ろうとしているのだ。いつかその日が来たら必ず近藤との約束を果たす自分も。


縁側に座ってそんな事を考えていたらツネとタマが隣に座ってきた。タマは自分の膝に座りご満悦だ。

「もうタマときたら、何時もごめんなさい」ツネが謝った。

「気にせんとって下さい。タマちゃんかてお父ちゃん居らへんなって淋しいわな。此処に座っとってえぇんやで」タマは満足げに足をばたつかせた。


ツネは先の見えない近藤の行く先に漠然と不安を抱えていた。

「ツネさん?」

「わたくしは旦那様がもう二度と帰ってこないのではないか、そんな気がして。今の京は随分危険だと聞いています。旦那様はとてもお強い御方だけど、それゆえに無理をなさってしまうのではないかと。本当はお心は弱い御方なんです…」ツネは下を向いたまま涙を堪えて話した。


かつて幕府の講武所指南役募集に近藤が志願した際、ほぼ採用確実であろうと思われていた結果が不採用になった事があった。その理由が近藤の出自が農民であるからとの噂があり、あの時の近藤の落ち込み方は尋常ではなかった。実力さえあれば出自は問わないとの当初の話だったからだ。

指南役になれば試衛館の名も上がり経営も安定する。そんな道場主としての将来を見据えた志願でもあっただけに、そのような理由で不採用となったとなれば近藤の落胆も理解出来る。

しかし結果的にはこの指南役をしていなかったからこそ身分を問わない浪士組として新たな一歩を踏み出す事が出来たのだ。


「確かに強い、せやけど弱い。ツネさんの言うてはる意味、何か判るような気ぃします。人間は皆誰かて弱いんやけど、そこに優しさや周りを気遣う心があるさかいに弱いんとちゃいますやろか。そんなお人やから皆試衛館に集まって来たんとちゃうかなぁ。それに一人やない、皆居てはるし大丈夫や」


ツネは否定も肯定もしなかった。妻という立場からすれば主人を心配するのはやむを得ない。主人の決断を尊重し送り出したものの、妻という一人の女なのだ。近藤とは見合いで一緒になったとはいえ本当の愛情がこの夫婦にはあるのだと思うと、早く元の試衛館に戻ればいいなとふと彼は思った。


「そういえば、文を書くって言ってはったんですわ。あの沖田さんが」

「はぁ…」力無くツネは相槌をうった。「あの沖田さんがやで。普段から細かい事は好かん人やのに、文なんて書いてくるとは思えへんけどなあ。案外土方さんの方がまめやったりして、おっかないけど」

ぷっ。ツネはようやく笑った。


翌日タマを連れて散歩をしていた際、見覚えのある顔を見つけた。

「あれは確か…斎藤さんのお父はん…」後を付け、人通りの少なくなった事を確かめ声をかけた。

自分が試衛館の門人で今は留守を預かっている事を告げた。そして斎藤の行方を聞いた。想像だにしていなかった返事だった。

斎藤がある人を殺めたというのだ。俄には信じられないが嘘をついているとも思えない。今斎藤は父親の知人がいる京に居るという。浪士組が江戸を立つよりも以前の話だ。父親も京に行ってからのその後は何も知らないと言う。

生きていればまた会える…沖田が言っていたのはこの事だったのか。

沖田が知っているという事は当然近藤や土方や井上、京へ共に旅立った試衛館食客連中も知っているはずだ。近藤は斎藤を探し出すつもりかもしれない。そうであってほしい、彼は願った。


文久三年二月二十三日。浪士組は京へ到着した。足利三代木像梟首という出迎えを受けての到着であった。

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