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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

約束の人形

作者: 倉原晶

ホラー初挑戦です。

 もうすぐ夏休み。私はノロノロとロッカーの中身を整頓し、他のクラスメイトがいなくなってからゆっくりと上靴を脱いだ。


 五年生の五月に引っ越してきてからずっと入院していたから、友達らしい友達もいない。話し掛けられるのも面倒だから休み時間も本を読んで時間を潰し、登校も下校も時間をずらしている。


 この近くの病院に入院した私は、退院後の通院もあるから、とこちらに引っ越してきた。どうせ年末にはまた引っ越してしまうから、友達なんて作るつもりはない。


 ノロノロと校門に向かっていると、ふと誰かに呼ばれたような気がして立ち止まった。すぐにドン、と誰かが私の背中にぶつかってきて私はよろめいた。


「……いたっ!」


「ご……ごめんね!」


 転びそうになったのをなんとかこらえて振り返ると、私と同じぐらいの年頃の女の子がぺこりと頭を下げている。


「……あ……ううん。こちらこそ、急に立ち止まったから……」


「ごめんね。あなたが転ばなくて良かったぁ」


 青白い顔にホッとした笑みを浮かべたショートボブの女の子は誰かに似ている気がしたけど、すぐに思い出せない。


「あ……っ! やだ……どこにやったのかなぁ……」


 女の子は慌てて自分の両手を見て、少しレトロな柄の裾の窄まったハーフパンツのポケットを漁って困ったような顔をした。


「どうしたの?」


「どうしよう……落としちゃったみたい……!」


「何を?」


「妹に……誕生日にあげるって……約束したのに……!」


 妹……。その言葉に私はちょっと切なくなった。入院と退院後の通院で、お母さんを私が占領してしまっているから、妹は今はお祖母ちゃんの家にお世話になっている。その申し訳なさと寂しさを思い出していたたまれなくなった。


「一緒に探すよ。探してるのって……何?」


「お人形。お母さんが作ってくれたんだけど、私はもう大きくなったから妹にあげる約束をしてたの」


「そっか。大切なものなんだね。どこに落としたか分かる?」


 そもそも、どうして学校にそんな物を持って来たのか、とか、何故ランドセルを持っていないのか、とか、そんな事は気にならず、私はその子が来た道を戻って一緒に人形を探し始めた。


「う〜ん、あっちから来た……かなぁ」


 女の子が指差したのは体育館だ。私は不思議に思いながらもその後を追って、たまたま開いていた裏口から中に入った。


 ボールのラバーの匂いや、スタンドやポールの金属の匂い、ネットやマットの埃の匂い、体育倉庫独特の匂いの中、女の子がちょこまかと動き回り、ガタン、とステージの下の隠し扉のような物を開けた。そこにあったのは地下に続く階段。


「そうっ! この下にいたの!」


 女の子はホッとした様子で迷わずにその階段を降りて行った。


「この下?」


 体育館に入った事もほとんど無かった私は、そんな所に階段があるかどうかなんて知らずに、その後ろ姿を見失わないように追い駆けるのに必死だ。


 階段は真っ暗な地下に続いていて、最初はつるりとした床の感触だった筈のそれが次第に凸凹してきて、とてもじゃないけど駆け下りれるようなものではなくなっていた。


「……あ……あったぁ……!」


 その声を聞いて、どうやら追いついたらしいと思った私は、真っ暗な部屋をランドセルに付けていた防犯ブザーのライトで照らし出す。そして視界に飛び込んできた異様な光景にギョッとした。


 目の前に広がるのは黴臭い剥き出しの土の部屋。ポタポタと水が滴り落ちて、足元の土を湿らせている。ボロボロの木材が壁や天井に渡されているのは、崩れないようにするためなのだろうか。そのドロドロの床に座り込んだ女の子は、ギュッと小さな薄汚れた人形を抱き締めている。


「……え……と……」


「ここまで連れて来てくれてありがとう……」


 顔を上げてニコリと笑った女の子の顔色は青ざめていて、生気を感じない。ゾクリ、とその異様さに気付いた私の全身が泡立った。


 ヤバい。この子……、もしかして……!


「あの……わ……私……」


 ガチガチと歯が音を立て、膝が震える。どうしよう……怖い……!


「お願いが……あるの」


 女の子は痩せた手で人形を私に向かって差し出してニコリと笑う。


「私、安倍政子。妹の美津子にこの人形を渡してくれる? ヨロシクね」


 名乗られた瞬間、カチリ、と何かが噛み合った気がした。


 それまで感じていた恐怖は嘘のように消え去り、最初に感じた親しみを思い出して、私はゴクリと息を飲む。


「……ミツコ……ちゃん……に?」


 半ば押し付けられるように人形を渡され、私は彼女の妹の名前を口にした。


「そう。ミッちゃんに渡して……。お願いね……」


 笑ったその目からポロリと涙がこぼれ、私は呆然とその姿を見つめる。


 するといきなり、ボンっという音ともに政子ちゃんはオレンジ色の炎に包まれ、その場に崩れ落ちるように倒れ込んだのだ。


「政子ちゃん! 政子ちゃん!」


 何が起こったのか分からないけど、近付いたら危ない。それは分かっているけど、なんとかして助けたくて手を伸ばそうとしたけど何故か届かない。


 声にならない叫び声を上げながら、その身を焼かれる幼い少女の壮絶な姿に耐えられず、私はそのまま人形を片手に、防犯ブザーを握り締めて気を失った。




 ◇◇◇◇◇




「雪乃ちゃん……! 雪乃ちゃん……!」


 お母さんの声だ。


 私は重たい瞼を持ち上げ、心配そうに私を覗き込むお母さんを見上げた。あ、そうだ。あの子……お母さんに似てたんだ。


「あれ……私……?」


「ビックリしたわよ。防犯ブザーが鳴ったから、私の携帯にメールで位置情報が来たの。それで駆け付けたら保健室にあなたが寝てて、体育館の裏口で倒れてたって言うじゃない」


「……え……?」


 寝かされていたのは保健室。外はもう薄暗くなっていた。


 窓際には私のランドセルとあの人形があって、あの出来事が夢じゃなかった事を物語っていた。




 帰り道、お母さんが私の手を引きながらポツリと言った。


「雪乃ちゃん、今度の金曜日にね、ひいお祖母ちゃんに会いに行かない?」


「……ひいお祖母ちゃん?」


「この近くの施設に入ってるのよ。普段あんまり会いに来れないでしょ? 折角の機会だから……ね?」


「うん。いいよ」


 私はなんとなく、あの女の子の事を言い出せず、ウィークリーマンションに帰ってから、薄汚れた人形を洗って、部屋の窓際に干してあげた。所々粗い縫い目が見えるから、あの子が繕ったのかも知れない。




 ◇◇◇◇◇




 次の日、私は登校するなりクラスメイトに取り囲まれてしまった。


 下校時間を過ぎてから体育館の裏で倒れていた私は何故か英雄扱いをされていた。詳しく聞くと、体育館の地下の謎はこの学校の七不思議の一つだったらしい。


「体育館の下には、戦争の時の防空壕の跡があるって噂でね、幽霊が出るんだって!」


 クラスの人気者の若菜ちゃんの言葉に私はハッとした。


「え……? 地下室はないの?」


「体育館を作る時に、地下室を作ろうとして防空壕の跡が見つかったから、結局、階段の途中まで作りかけて止めたって噂だよ。時々その幻の階段を見付ける生徒がいるんだって!」


「……そ……そうなんだ……」


 私は気を失っている間に地下室に降りた夢を見たと話し、みんなはその話に熱心に聞き入ってくれた。でも、人形の事と、政子ちゃんが火に包まれた事は話せなかった。


 クラスメイトと話したのは初めてだったけど、その後はいろんな事を話して、あっという間に仲良くなった。今時、転校してもSNSとかで繋がっていられるよ、と言われて、どうせまた引っ越すからとやせ我慢していた自分が馬鹿みたいに思えてくる。


 次の日には、数人の友達と一緒に体育の時間の後にステージの下の隠し扉を探したけど、結局見付けられなかった。やっぱり夢だったのかと思うけど、あの人形の存在がその考えを否定する。


 若菜ちゃんとはすごく気が合って、いつの間にか一緒に帰るようになった。




 私はあの女の子は幽霊で、戦争の頃に妹に渡す予定の人形を防空壕に忘れたまま火に焼かれて死んでしまったんだろう、と結論づけた。




 金曜日、私はお母さんと一緒に町外れの老人介護施設を訪れた。その訪問票にお母さんが書いた名前を見て、私は自分の直感が正しかったことを知る。


「ひいお祖母ちゃん……雪乃です……」


 部屋に入ると、車椅子に座った白髪のお婆さんがニコリと笑う。ひいお祖母ちゃんは私が生まれた頃には既に正気を失ってしまっていて、いつもニコニコしていて、名前を呼ばれた事はない。

 それでも、こうして時々会ってあげることが大切だ、とお母さんは言う。


「あらあら……可愛いお客さんだこと……」


 お母さんは施設の人と何か話をしているので、私はそっとひいお祖母ちゃんに近付いた。


 ビー玉のような目でこちらを見るひいお祖母ちゃんは凄くあどけなくて、私よりもずっと歳下に見えてくる。


「ねぇ、覚えてる? ミッちゃん……」


 私がそう呼んだ途端、ひいお祖母ちゃんの目にゆらりと感情が生まれた。


 私はドキドキしながらランドセルに隠していた人形を取り出した。


「あのね、ミッちゃんのお姉ちゃん……マサちゃんから、これを渡すように言われたの。お誕生日……おめでとうって……」


 すごい偶然だけど、今日がひいお祖母ちゃんの誕生日だって、枕元に書かれた生年月日で分かって鳥肌が立った。


 綺麗に洗って繕い直しておいた人形をそっとひいお祖母ちゃんの手に握らせると、彼女はその節くれだった手でその人形を何度も何度も触り、そして持ち上げて眺め、私を見て、ポロポロと涙を流した。


「これ……は……!」


 やっぱり……そうだ。美津子はひいお祖母ちゃんの名前。そして旧姓は……安倍。つまり、政子ちゃんの妹は私のひいお祖母ちゃんだったんだ。


「ありがとう……ありがとうねぇ……雪乃ちゃん……!」


 まっすぐに見つめられ、初めて名前を呼ばれて、私の胸はじいんと熱くなった。


 その後、ひいお祖母ちゃんはすっかり正気を取り戻し、私達に昔話を聞かせてくれた。


 空襲警報を聞いてお姉さんの政子さんと一緒に防空壕に逃げ込み、怖がっている所を、お姉さんがたまたま持ち込んでいた人形でずっと慰めてくた。その人形を欲しがったら、洗って繕ってからお誕生日にあげる、と言われたらしい。


 お姉さんは警報が解除されて自宅に戻ってすぐに人形を防空壕に忘れた事に気付いたけど、取りに戻る事も出来ないままに、次の空襲で火に焼かれて死んでしまったのだと教えてくれた。


「……不思議だねぇ……雪乃ちゃんがマサちゃんに会っただなんて……」


 ひいお祖母ちゃんは人形をそっと撫でて、小さな窓から見える夕焼け空を見上げた。




 その年の冬、ひいお祖母ちゃんは三人の子供達と六人の孫、四人の曾孫に見送られて安らかにお姉さんの元に旅立って行った。あの人形は棺に入れたから、きっとあの世でも姉妹仲良く遊んでいるだろう。


 ひいお祖母ちゃんの葬儀の後、私は元いた町に引っ越したけど、若菜ちゃんとは今でも連絡を取り合っていて、ある日とても怖いメッセージを受け取った。

 若菜ちゃんの調べでは、地下への階段を見付けた生徒はみんな、その後一年の間に死んでしまっていたらしいのだ。




 もうすぐひいお祖母ちゃんの三回忌であの町を訪れる。私はたまたま血縁者だったから無事だったのだろうか。それとも……ひいお祖母ちゃんが身代わりになってくれたのかも知れない。

戦後70年ということで、このような作品を書いてみました。

ホラーと言うよりファンタジー寄りかも知れませんが……。


ショートボブ=おかっぱ

裾の窄まったハーフパンツ=もんぺ


です。……今時の子が見たらそう見えるかな……なんて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・いい話、と思いきや、最後にゾクりときました。 [一言]  こんばんは、倉原晶さん。上野文です。  御作を読みました。  政子ちゃんは本願叶って、祖母ちゃんは心残りが満たされて、ああ、いい…
[良い点] ジャンルがホラーと分かっていても、ついそれを忘れた絶妙なタイミングでホラーに変える文章の運びが上手だと思いました。 さらに、単にホラーで終わらずイイ話(その中にも冷っとする部分が)が含まれ…
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