03
あれから数日、様子を見ているけれど何も変わらない。相変わらず悠真くんの耳はぴょこぴょこ動いていて、衝動的に掴みそうになるぐらいかわいい。そして悠真くんが先生に注意される素振りも、その耳を誰かに指摘されていることも見ることは無かった。
もしかして、あたしが休みだった一週間の間に注意されたり指摘されたりするのは終わってしまった、とか?
そんなことを一瞬頭の中に掠めたけれど、それにしても悠真くんの耳に触れる人は誰もいないのである。あんなのが付いてたら、普通は気になるし、視線が持っていかれるはずなのだ。それなのに、悠真くんが仲の良い男子たちだってそれを話題に出すことも、実際に触ってみることもない!全く信じられん!
やっぱり、というか確実に。あれはあたしだけにしか視えていないんだと思う。多分。
「――ば、若葉?」
「え?呼んだ?」
お弁当を食べ終えて、デザート代わりのミルクティーを飲みながら考え事にふけっていたらしい。はっと気が付けば、一緒にお昼ごはんを食べていた美弥子と奈々がしっかりとあたしを見ていた。
「もう。さっきからずっと呼んでるのに、『呼んだ?』じゃないよ」
「ごめん、ごめん!」
「いいけど。あのね、今ナナと話してたんだけど、お互いに動物に例えたら何だと思う?」
「えー?動物に例えたら?」
拗ねたような顔の美弥子に慌てて謝ると、美弥子はすぐに表情を切り替えてにこりと笑う。あたしたちのグループの会話は、グループの盛り上げ役でもある美弥子から始まることが多い。そして、今日の美弥子がいつものように楽しげに話し出したのはまた突拍子もないことであった。
あたしたちを動物に例えると、である。誰しも一度は考えたことがあるだろうことであるが、少しいきなりすぎる話題である。怪訝な顔で美弥子を見れば、美弥子はにやりと楽しそうに笑っていた。
「うん。そう!例えば、若葉ならリスで、ナナは女豹」
「め、ひょ、う……!」
「あら。食べちゃうわよ?」
「やだー!ナナってば似合いすぎ!」
指を曲げて、引っ掻くような手のアクション付きで言い放つ奈々のそれはとても良く似合っていた。すぐにお腹を抱えて笑い出してしまったあたしを奈々は流し目でちらりと見て、ふふっと笑う。その仕草に、あたしでは逆立ちしても出て来ないであろう色気を感じる。
奈々とあたしは同じ高校二年生なので誕生日こそ数ヶ月の違いがあるが、それでもたった数ヶ月の違いである。年齢も同じで、同じモンゴロイドである。それなのに奈々は何故だか色っぽくて、あたしの方はまるで子供だ。美弥子にリスと評されてしまったあたしには醸し出せない色気をぷんぷんと香っている。
やっぱり食べるものが違うのだろうかと奈々のお弁当を覗き見れば、あたしのそれよりも一回り小さかった。……あれ?奈々の方があたしよりも身長高い、ような?
「それなら、みっこは鹿とか?足きれいだし、運動神経良いから」
「えー。あたしも豹とかチーターとかが良い!」
「うーん、それはちょっと、違うのよねぇ」
「まぁ、自分でもそう思うけど!」
美弥子は運動神経が良くて、足が速い。今も部活にこそは入っていないけれど、ランニングが趣味の彼女の足はとっても綺麗だ。無駄な脂肪はほとんど付いていなくて、だけど筋肉が付きすぎているわけでもない。だから鹿のようだと思ったのだが、美弥子は猫科の動物がお好みらしい。まぁ、気持ちは分かる。何となく猫科の動物の方が綺麗な気がする。気ままで小悪魔的な魅力もあるような気がするし。
しかし、やっぱり猫科の動物ではないような気がして、奈々と二人で否定して三人で顔を見合わせて笑う。
「そうだ。悠真くんは、やっぱり狼とか?」
「うーん。狼だと、少しクールな感じじゃない?一匹狼って言うくらいだし。ライオンとか虎だとちょっと違うし……」
「すらっとしてて、もう少し優しげな感じだから、鹿とか?でも、意外とゴールデンレトリバーとか良いかもよ」
美弥子が言い出して、それを奈々が否定して別の動物の名前を挙げた。そして二人は意見を求めるようにあたしの顔を見る。
「うーん。悠真くんはうさぎ、かなぁ」
本音がぽつりと漏れた。二人が挙げた、どの動物よりもしっくりくるのはやっぱりこれしかない。
だけど、その動物の名前を聞いて二人は顔を見合わせて固まった。
「え?いやいや、悠真くんだよ?我らが王子だよ?うさぎはないでしょー。うさぎは!」
「うん。うさぎはちょっと違うんじゃない?王子だし」
「でも、あたしにはうさぎなんだよねぇ」
美弥子と奈々は否定するけれど、あたしにとって彼はうさぎでしかないのである。
確かにうさぎと言ってイメージするのは、可愛らしくてふわふわしたような、そんな人物だろう。それが女の子であるのなら該当する人は多いだろうし、人によっては褒め言葉になると思う。しかし、悠真くんは王子とあだ名されていることからも分かるように、キラキラした爽やか少年である。身長だってすらっと高くて、うさぎと評されるほど可愛らしいイメージはない。
「――そんなに俺ってうさぎっぽい?」
「ゆ、悠真くん!え、えと、それは」
唐突に振ってきた声にあたしは椅子の上から小さく飛び上がった。すぐにぱっと声がした方を振り返れば、クスクスと楽しそうな笑みを浮かべた王子がいる。
王子とあだ名されているのには、彼の容姿が優れるだけでなく、もう一つ理由がある。それは彼が女子と仲良くならないことにあるのだ。彼は容姿が優れ、性格も穏やかであるらしいので、正直かなりおモテになられる。それなのに、彼は彼女どころか仲の良い女友達なるものすら作ろうとはしないのだ。それ故に、せいぜい同じクラスのクラスメイト止まりの女子しかいない。だから、彼はみんなの王子という意味を込められて女子生徒から王子と呼ばれるようになったのだ。
そんな彼が、彼の方から女子の輪に入って話しかけてくるなんてかなり稀な出来事である。あたしたちが戸惑い、混乱に陥るのも仕方のない話だ。
「も、もう!若葉ってばどっかずれてるんだから、気にしないで」
「そうそう!」
弁解の言葉も出ず、戸惑うあたしをフォローするはずの美弥子と奈々の言葉があたしの胸に突き刺さる。
その言葉はあたしのことをフォローするよりも、王子に好印象を与えたいと見た!
「でも、若葉さんから見たら、俺ってそんなに可愛いってこと?嬉しいな」
「えっ!」
「あはは。冗談だよ」
あたしは悠真くんの言葉にぴしりと固まって、悠真くんの顔を見た。
悠真くんはくすりと笑うと、その場を離れて男子たちの輪の仲に入って行った。同じクラスのクラスメイトであろうとも、彼はみんなの王子様である。女子と積極的に仲良くなろうとしていない彼と、こうして話せる機会はそうそうないのだ。
「それにしてもびっくりしたね。悠真くんから話しかけられるなんて、今日はラッキーなんじゃない」
「そだね。他の女子に自慢できちゃうわー」
美弥子と奈々が興奮気味に話しているのを尻目に、あたしの心臓はまだどきどきとうるさく鳴っていた。この胸のときめきは恋――ではなく、恐怖故である。残念ながら。
悠真くんは楽しそうに笑っていたけれど、最後の目が全然笑っていなかったことに気付いたのはどうやらあたしだけだったらしい。
つい先ほどまでの楽しそうな雰囲気の一切を消して、あたしのことを見た目はそれはそれは冷たいものでありました。
あれ?もしかして、あたし何かいけないことを言ってしまったのでしょうか……?視線が冷たくて、真冬かと思ったよ!