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02

 数日間聞き続けたのと同じ電子音が鳴って、あたしは脇に挟んでいた体温計を保健室の先生に差し出す。すると、先生はそれを見てうんと頷いてそれを消毒薬で拭いて片付けた。


「――熱はないようね。牧瀬さん、病み上がりだから疲れが出ちゃったのかもしれない。一時間だけ休んでいく?」

「あー、大丈夫です。ずっと休んでて授業遅れちゃってるから」

「そう?無理しないで、辛かったら休みに来て良いからね」

「はい。ありがとうございます」


 先生に断わって保健室を出ると、横で様子を伺っていた奈々が心配そうにあたしのことを見ていた。


「いいの?さっきまで何だか顔色悪かったけど」

「ちょっと目が霞んでたけど、多分もう大丈夫。付き合わせてごめんね」

「ううん。あたし保健委員だし?」


 くすりと笑みを浮かべる奈々にあたしも同じように笑みを浮かべて教室に戻る。実際、保健室で一時間休むというのもなかなか魅力的ではあったが、昨日までたっぷり一週間休んだせいで授業に遅れ気味だ。熱があるわけでもないのに休むわけにはいかないだろう。

 あたしが休んでいた一週間の間にクラスの委員会や係りなんかも大方決まってしまったらしく、奈々は今言ったように保健委員になったらしい。そういうわけで張り切って保健室に付き合ってくれたのだ。ちなみにあたしは去年に引き続き、図書委員にしてもらえたらしい。我が校は蔵書数が多く、そのせいもあって本の置いてある場所を覚えるのは結構大変だ。もちろん司書の先生もいるのだが、先生だけでは手が足りず図書委員は当番制で手伝いがある。だが、いくら記号付けされ分けられているとは言え、昨日今日でどこに何の本を返したらいいかが分からない。そういう理由もあって、図書委員は大抵が毎年同じ顔ぶれになるのである。


「あの、さ。奈々は悠真くんのこと、どう思う?」

「悠馬君?格好良いなぁと思うけど?」

「あー、うん。そうだよね。格好良いよね」


 さりげなく、悠馬くんのことを聞こうと思ったけれど、口から出てきた言葉は普通の言葉でしかなかった。

 そもそも、何て聞けば良いの?

 悠真くんの頭、おかしくない?頭に耳付いてるの分かる?うさぎの耳、すごくかわいいよね!

 ――って、そんなこと聞いたらあたしの方が頭おかしいと思われる!うさぎの耳は死ぬほどかわいいけど!あれってやっぱり柔らかいのかな?うさぎの毛ってすごく柔らかいけど、悠真くんの耳もやっぱり柔らかいの?そもそも、長い立ち耳ってことはうさぎの耳で良いんだよね……?


「――そうそう。下手なアイドルより格好良いよね。なかなかいないよ」

「あー、うん。そうかもー」


 ぐだぐだと頭の中で考えつつ、奈々の話に相槌を打っているとあっという間に教室に着いた。入り口から中に視線を走らせると、どうやら悠真くんはいないらしい。何となく安堵しつつ、席に座ると次の授業の教科書を机の上に用意する。次は英語だから辞書も出さなければ。


「――若葉さん、体調はもう良いの?」


 鞄の中の電子辞書を探していると、頭の上から男の子の声が聞こえた。クラスが変わったばかりとは言え、去年と同じクラスメイトも何人かいる。だからその内の一人だろうと頭を上げると、予想外の人物があたしの机の横に立っていた。


「うぇ?……ゆ、悠真くん!あ、はい、大丈夫です」


 顔を上げた瞬間、視線が悠真くんの頭上に走りそうになって、すぐに目線を明後日の方向に変えた。なぜならば、美少年の頭にうさぎの耳があるのである。大変興味深いことではあるけれど、直視しようものなら噴きだしてしまうかもしれないではないか。

 いや、でも悠真くんほどの美形であればうさぎの耳も様になる。ということは直視しても問題ない?いや、でも、しかし……。


「急に声かけてごめんね。俺は大槻悠真。さっき奈々さんと保健室行くって聞こえたから」

「あ、牧瀬若葉です。何だか、目が霞んで?ちょっと見えにくいような、熱っぽいのかもと思ったんだけど、大したことなかったので」


 我が高校のアイドルと言っても過言ではない悠真くんの名前を知らない女子が居たら、他校生か、異性に興味がないか、むしろ男子であるのだと疑ってしまうレベルである。しかし、悠真くんは爽やかに名乗って、その上あたしの心配までしてくれている。彼は、天使か。むしろ神なのか。


「はは。何で敬語なの?でも、良かったね。じゃあ」

「う、うん」


 悠真くんは爽やかな笑みを浮かべて自分の席へ戻っていった。あたしの席から斜めに二つ前。背を向けて座る彼の頭の上にはやっぱり二つの耳がある。その耳はぴょこぴょこと音のする方に反応して、あっちを向いたりこっちを向いたりするのでドキドキする。少し離れているのではっきりとは見難いが、彼の耳は作り物ではないように見える。動きは自然で滑らかだし、彼が動いたところで不安定に落ちそうになるというわけでもない。その上、爽やか王子の悠真くんは短めのヘアスタイルである。ヘアピンだろうが、カチューシャだろうが付けていればすぐに分かるはずだ。


 そして彼の耳があたしにしか視えていない疑惑はすぐに確信に変わる。それは教室に先生が入って来た時である。


「授業始めます」

「――起立、礼」


 英語教師の三田先生。シルバーフレームの眼鏡がトレードマークの彼女は、この学校の生活指導の担当でもある。それ故に他の先生よりも身だしなみなどには厳しく、彼女自身もいつもダークカラーのスーツで身を包んでいる。

 自主性を重んじるという校風でメイクやスカート丈に関して他の学校よりも緩いとは言え、何でも許されるという意味ではないのである。マスカラ程度なら問題なくても、派手すぎる化粧や、奇抜で行き過ぎた格好に関しては、容赦なく指導が入る。そしてその中でもアクセサリー類に関しては許されていないので、ピアスは当然ながらネックレスや派手な髪飾りも禁止である。


「鈴木君。昨日も言ったと思うけど、貴方のパーカー派手すぎます」

「えー?先生、恐竜のパーカーかわいくない?このフードに顔がついてるんだよ?」


 三田先生が教室に入るなり注意したのは、恐竜のパーカーを着ていた鈴木亮くんである。美弥子もあきれたように言っていたが、彼は派手なパーカーがトレードマークらしく先生に注意されても懲りた様子もなく派手なパーカーで身を包んでいる。


「そういうことを言っているんじゃないの。そういうのが着たいなら休みの日にしなさい」

「かわいいのにー」

「鈴木くん?返事は?」

「はーい」

「――それじゃあ、授業始めます。教科書の十三ページを開いて――」


 そして先生は一仕事終えたとばかりに、そのまま授業に入ってしまったのである。

 あたしの視界にはもう一人、注意されてもおかしくない格好をしている人がいるにも関わらずだ。その当人である悠真くんは何てこと無い様子で普通に教科書を開いて、真面目に先生の話を聞いている。


「牧瀬さん。次の行から読んで」

「は、はい!ええっと……」

「病み上がりだからってぼうっとしない。十四ページの三行目から」

「はい!――」


 先生に注意されると、他のクラスメイトと同じように悠真くんがくすりと笑っているのが見えた。そして彼が笑ったのに合わせて、うさぎの耳が小さく揺れる。


 っていうか何でうさぎの耳なの?かわいいけど!

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