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01

 熱が下がって、お医者さんからも学校に行っても良いと許しを得た日。あたしは久しぶりに学校へ登校していた。

 久しぶりに見た通学路はなんだかキラキラ輝いていて、世界が違うように感じる。街路樹の緑は青々としていて春らしいし、住宅街の道すがらにあるプランターには各家の個性は表すように色とりどりの花が寄せ植えされていた。すっかり体は良くなって、数日前と比べると段違いに体が軽い。まるでこの世の春というのを全身で感じているような気分である。


「――あれ?」


 盆踊りとフォークダンスくらいしか踊れないが、今にも踊りだしそうなほど上機嫌で歩いていると、少し先を歩くいかにもバリバリのキャリアウーマン風のお姉さんが目に留まる。紺色のジャケットに白色のパンツ。少し高めの白のパンプス。一つに纏められた髪が映えるような、白の立ち襟のシャツが素敵なお姉さんである。綺麗なお姉さんは好きですかと聞かれたら、「はい!」と食い付き気味のコンマ三秒で頷いて着いて行きたくなるくらいには綺麗なお姉さんだ。

 しかし先に言っておくけれど、いつもはいくら綺麗なお姉さんだからと言って長々と凝視してしまうような失礼な真似はしない。それなのに今日ばかりは綺麗なお姉さんから目を離すことが出来なかった。と言うのも、あたしの少し先を歩いていたお姉さんは少しふざけた格好をしていたのである。


「……そういえば、このあいだテレビで最近は変わった会社が増えたって言ってたっけ」


 ハロウィンの浸透と共に、若い人の多い会社ではハロウィンの仮装をしたり社内のデコレーションをするところも多いのだそうだ。服装の自由化以外にも、個性や特色を出すために毎月何かしらのイベントを行っているところもあると聞く。もしかしたら、彼女の会社では今日は仮装デーか何かなにかもしれない。

 きっとあの紺色のジャケットは仮装グッズの一つで、中に板か何かが入っていて背中の大きな一対の白い翼を支えているのだろう。今にも飛んでいけそうなほど大きなものだから持ち運ぶのも大変そうだ。ああやって着て運ぶほかなさそうである。


 うーん。社会人って大変そうだなぁ。いつも働いてくれている両親には感謝しなくちゃ。


 あたしの進行方向とは反対に曲がって颯爽と歩いていったお姉さんの背中を見送って、あたしも久しぶりの学校への道を歩く。

 そしてしばらく歩いた先にあるのが、あたしが通う高校である。偏差値はそこそこ高く、そのおかげもあって校風は比較的自由だと思う。ある程度の成績を収めていればアルバイトも許可されるし、やりすぎなければメイクもスカート丈に関しても文句は言われない。所謂、生徒の自主性を重視するというやつなのだろう。


「――あ!若葉!おはよ!」

「みっこ。おはよう」


 内履きに履き替えていると、後ろから誰かの足音が聞こえた。すると、その足音はあたしすぐ隣で止まった。そして肩を叩くようにして挨拶をしてきたのが、去年も同じクラスで今年も同じクラスであるらしい美弥子である。去年も奈々と三人で一緒のグループになっていて、明るい性格の美弥子はあたしたちグループの盛り上げ役でもあった。綺麗な黒い髪は後ろを刈り上げるほどの短いショートカット。はっきりした顔立ちで、引き締まってすらっとスタイルの良い美弥子にはそれがとても良く似合っている。


「今日から学校だったんだ!それにしても、新学期早々休むなんて残念だったね」

「うん。本当に。今年は誰が同じクラスなの?」

「ふっふっふ……!誰だと思う?」


 教室までの道すがら聞いてみると、美弥子は何か企むかのように楽しそうに笑った。


「えー?とりあえず、奈々も同じクラスなんでしょ?」

「まぁね」

「んー?それ以外にも誰かあたしの知ってる人?」

「そうそう。知ってる人」


 美弥子の返事を聞いて少し考える。部活にも所属していないあたしの知ってる人となると、結構限られる。同じクラスの人か、同じ委員会の人だった人くらいだろう。他クラスの人は相当目立つ人でもないと分からないかもしれない。

 昔から人の顔を覚えるのはあんまり得意ではなくて、正直中学の同級生の名前を顔を一致させろと言われたら不安があったりしたりして。あんまり話したことがない人の名前を覚えておくのって難しいよね?……よね?

 しかし、美弥子の反応を見る限りは、きっと今年同じクラスであるという人物は何か特別な人であることには間違いないだろう。


「青山先生?」

「青山先生がうちの担任だったら嬉しいけどね。かわいいし。って言うか、青山先生は教頭だから担任とか無理だし!」

「うさぎみたいでかわいいよね。すごい癒される。マスコットにしてスマホにぶら下げたい」

「そうなんだけど、違うの!もっとすごいから!若葉も絶対喜ぶよー」

「えー?」


 うさぎのようにかわいくて、スマートフォンに付けて歩きたいと女子たちから言われる人物ランキングトップ間違いなしと思われる青山先生よりもすごい人なんているのだろうか?

 不思議の国のアリスに出てくるうさぎは間違いなく、青山先生だと思うんだ!夏場限定のループタイが懐中時計を下げてるように見えなくもないし。


 そんなことを考えながら美弥子の隣を歩く。すでに数日、二年の教室にやって来ている美弥子はもうすでに慣れたように二年の校舎を歩いて行く。

 正直、美弥子がいなかったら一年の教室に歩いて行ってたかもなぁ。あれって結構恥ずかしいよね。去年も一つ上の先輩が間違って教室に入ってきて、苦し紛れにサッカー部の宣伝して帰っていったっけなぁ。

 心の中で美弥子に感謝しながら着いていくと、どうやらあたしたちの教室に着いたらしい。美弥子はもったいぶるように教室の前で止まると、あたしの顔を見て口を開く。


「目の保養だよね」

「――ゆ、悠真くん」


 教室の窓際に一人の男子が腰掛けていて、彼の周りには数人の男子たちがくるりと囲むように集まっていた。

 あたしたちの視線の先にいたのは、大槻悠真(おおつきゆうま)と言う名の美少年である。

 清潔感のある適度に短い黒い髪、ぱっちりとした二重のアーモンド形の目が魅力の甘い顔立ち。背は高く、モデル体系の奈々よりも頭一つ分は大きいから百八十はありそう。サッカー部のエースとして鍛え上げられた適度に付いた筋肉もちょうどいい。おしゃべりではないのに、いつも輪の中心でにこにこしている。何ていうのか、自然と周りに人が集まってくる人望がある。


 文句のつけようのないイケメンてこの世に存在するんだなぁ……。


 アイドルには興味のないあたしにもそう思わせる人物なのである。しかし、気になることが一つ。


「今日って仮装デー?」

「は?……あ。亮のヤツ、また馬鹿みたいなパーカー着てる。あいつ、いっつも恐竜のパーカー着てるんだよね」


 あたしが呟いた言葉に、美弥子は呆れたような顔をして悠馬くんの隣の男子に視線を遣った。頭まですっぽりと被ったパーカーは緑色の恐竜の柄で、丁寧にフードの部分には恐竜の顔が刺繍されているようである。デフォルメされた可愛いパーカーであると思うが、あたしが言いたいことは違う。


「そ、うなんだ。あの、悠真くんさ……」

「うん。イケメンだよねー。彼女になりたいとかは恐れ多いけど、クラスにイケメンがいるのは気分が違うよねー」

「う、うん」


 その時、美弥子の目には「視えていない」のだと分かった。彼女の表情は言葉の裏がありそうなものではなく、明らかに本音であったのだ。そして、私の目には今まで視えていなかったものが視えるようになったということが分かったのである。


 ……悠真くんの頭にうさぎの耳があるんですけどー!


 という心の叫びは、口から出すこともできずに必死に飲み込んだ。


「もう。アンタたちいつまでそこにいるの?若葉は病み上がりなんだから、いつまでも立ってないの」

「奈々。お、おはよう」

「おはよう。若葉の席はこっちよ」


 いつまでも廊下に居たあたしたちに痺れを切らしたようにやって来たのは奈々だ。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいるセクシーなモデル体型の彼女は、まるでお姉さんのようにあたしの手を引いて席へと案内してくれた。彼女に案内されて座った席は悠真くんから二列ほど後ろ斜め。楽しそうにクラスメイトたちと話す悠馬くんの頭の上にある耳は音のする方を向いてぴょこぴょこと動いているのが嫌でも目に入る席である。

 

 そして浮かぶ疑問は一つ。


 ――あの耳、動いているんですけど?


 どうやら、あたしはまだ熱があるようです。

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