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夕方というお腹が空いた時間の集まりということもあって、少なくは無い食べ物がテーブルの上に所狭しと並べられていた。しかしそれもほとんどが胃袋の中に消え、食べ物が残っているものの方が少ない。すでにメインイベントのプレゼント交換も終了して、あたしには奈々の出したツイードの手袋が当たりました。それが大人っぽくて可愛い。これであたしも大人への階段を駆け上っちゃうね!
しかし、楽しい時間も名残惜しいがそろそろ終わりの時間なのだろう。
「あんまり遅くなってもいけないし、そろそろ帰る準備をしましょうか」
みんなが来たときは雪見障子の向こうにはまだオレンジ色が広がっていたのに、今ではすっかり闇の色である。灯篭に光が灯って、それはそれで美しい日本庭園がそこにある。
楽しかった時間を終わられてしまうのは名残惜しい気もするが、奈々の言葉を合図にみんなも頷いた。あたしたちは健全な高校生なのである。うむ。
「――それじゃあ、俺は奈々ちゃんと美弥子ちゃんを送っていくね。悠真は若葉ちゃんをよろしく」
「ああ」
「えっ!ナナたちと一緒じゃないの?」
二人で準備した会場も人手が増えると一気に片付く。五人であっという間に片付けた後、外に出るとひんやりとした空気が頬に当たった。去年の福袋で当たったグレーのカシミヤのマフラーをぐるりと巻いていると、いつの間にか帰るグループが決まってしまったようである。家の前まで送るだけのはずなのに、どうりで亮くんが厚着してるなぁと思ったんだよ。
「あたしの家はすぐそこだし、ナナの家と若葉の家は正反対じゃん」
「冬休みも始まったばっかりだし、また遊べばいいでしょ?朝から晩まで毎日講義を受けてるわけじゃないから。連絡するわ」
「あたしもバイトない時連絡するね」
「うん!二人とも絶対だよ!」
名残惜しさを全面に滲ませて女子二人を見ると、多忙な二人はあたしを宥めるように優しく言った。
「この女子の結束の強さ。そこに俺たちも入れてくれても良いんだけど?」
「悠真くんなら良いけど」
「亮くんはちょっと……」
「ねぇ?」
「冷たい!冬の気温ってこんなに冷たかったかなぁ!」
女子三人で向かい合って約束していると、そこに割り込んでくるのはやっぱり彼である。亮くんがにこにこと笑みを浮かべながら言ったのに対して、あたしたちはお決まりのように顔を見合わせた。そしてそれに嘆くまでがすっかりお決まりの流れになっている。
「うう。寒い!」
「それじゃあ、お姫様たちをお送りいたしましょう!若葉ちゃんと悠真も、またね!」
「うん。奈々も美弥子も気を付けてね」
「おやすみー」
黙って立っているには寒さが堪える。みんなで口々に別れの挨拶をして、二つに分かれて帰路に着く。楽しかった時間が終わるとやっぱり少しだけ寂しい。まだ帰りたくないのに、帰らなければならないのは高校生の悲しいところだ。
「若葉」
「ん?」
悠真くんとしばらく並んで歩いていると、公園に差し掛かったところで悠真くんの足がぴたりと止まる。名前を呼ばれたので振り返って見ると、彼の目はあたしではなく地面を映していた。
「好きなんだ」
「な……何?告白の練習とか、さすがに心臓に悪いからやめてよ」
本当に驚きすぎて口から心臓が飛び出すかと思った。落ち着こう、落ち着こうって何度も自分に言い聞かせているのに、相変わらず心臓はバクバクとうるさく飛び跳ねている。こんなにうるさく鳴っていたら悠真くんにだって聞かれてしまいそうだ。
「そうじゃない。……なんで俺、あんなこと言っちゃったんだろ」
「そうだよ。もう、ビックリするからやめてよね」
「だから、そうじゃなくて」
「何がそうじゃないの?」
本当に心臓に悪い。うっかり心臓発作でも起こしたらどうしてくれるつもりなんだ。ゆるゆると首を振ってため息を吐く悠真くんを首を傾げながら見る。いつもはっきりとした物言いの悠真くんなのに、こんなに要領の得ないことを言うのは珍しいかもしれない。なんだろ。冗談でも言おうとしたのかな?
「練習とか全部嘘。俺は……ずっと若葉が好きだったんだよ」
「え?……ええ?な、何言ってるの?」
ちゃんと面と向かって聞いていたはずなのに、その言葉を理解するまでに少々の時間が必要だった。今、彼は何て言いました?何だかありえないことを言っているということは理解できましたとも!
「練習だなんて若葉に意識してもらう口実だった。でも、若葉は全然意識してる素振りもないし。初めからそんなずるいこと考える方が間違ってたんだ」
「や、えっと、ちょっと悠真くんが何語話してるのか理解できないんだけど」
待って。あたしは日本語と英語が少々分かる程度の人間である。それなのに、彼はあたしに理解できない言語をつらつらと話し続けている。いや、厳密に言うと知っている言葉に聞こえなくもない。だけど、あたしの知っている意味と彼の話す言葉が同じであるわけがない。大事なことなのでもう一度。そんなことがあるわけがないのである。ここ重要!
「若葉が好きだ。言っとくけど、人としてとか友達とかの意味じゃない。付き合って欲しい」
「だって……」
だって。だって。そんなことあるわけないじゃん!
「若葉は俺のこと嫌い?」
悠真くんがあたしのことを不安そうな目で伺い見た。長い耳はあたしの言葉を一言も漏らすまいとこちらに向いている。
あたしは彼のその質問に抗う術を持ち合わせてはいなかった。
「……好き」
「やった!」
ぽつりと漏れた言葉は相当小さい音だったに違いないのに、彼のよく聞こえる耳はそれを聞き逃すはずもない。悠真くんは満面の笑みを浮かべて、ぎゅっとあたしに抱きついた。
「わっ」
「ご、ごめん……!」
あたしが驚いた声を上げると、悠真くんも我に返ったのか慌てて体を離した。よっぽど動揺しているのか、彼の耳は忙しなく動いている。それを見ていると、うずうずと動き出すのはあたしの呪われた手だ。もう止められない、この想い!
「耳、あったかい!」
あたしにしか見えないはずの耳なのに、しっかりとした温かさがある。しかも手触りの良いラビットファー。手袋をする暇もありません。
「若葉、これから俺たちは付き合うことになるって理解してる?」
悠真くんは呆れたように言って、深いため息を吐いた。そんな大きなため息を吐いたら幸せが逃げちゃうんだぞ!
「う、うん。それは……その、もちろん」
「もじもじしながら耳をいじるのやめろ!」
「え?そんなことしてた?」
「してる。現在進行形」
怖い。自分が怖いわ!でも、こんなに良いものを目の前で見せびらかす悠真くんの方が悪いと思うんだ。だって、こんなに触って!と言わんばかりに目の前にあるんだよ?なんで触らないという選択肢が生まれるの?
「でも、だって。そこに悠真くんの耳があるから……!」
「そこに山があるから登るっていう登山家みたいなこと言わないで」
悠真くんはそう言うと、向かい合った体勢のままあたしの両手を掴んで降ろす。そのまま手を掴んだまま、ぐいっと引っ張られた。そして視界がイケメンの顔でいっぱいになったかと思うと、唇に柔らかい感触がふにっと当たった。
「ゆ、悠真くん?」
「次から耳を触るたびにキスするから」
にやりと不敵に笑うと、悠真くんはあたしの片手をそのまま繋いで歩き出す。呆然としたままのあたしは彼が歩くままに着いて行くことしかできない。
寒いのに、熱いです。もしかして、また熱でも出したのかもしれません!
これで本編は最終話です。
短編から派生した連載でしたが、多くの方に楽しんでいただけて嬉しかったです。
ラブコメと言いつつ、安定のすれ違い恋愛小説だっただけのような気もしますが……気にしないことにします!(笑)
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
まだいくつか番外編の投稿予定がありますので、よろしければもう少しお付き合いくださると幸いです。
それでは悠真と若葉に応援いただきまして、ありがとうございました!




