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 目の前の雪見障子から見渡せるのは、公園ではないかと錯覚しそうな立派な日本庭園。そしてその庭園を眺めることができるこの部屋も、当然ながら立派なお座敷である。


「若葉ちゃん、飾りつけはこれくらいで足りると思う?」

「えっと、うん。足りてると思う。思う、けどね?」


 広い床の間には立派な焼き物……ではなく、あたしの身長ほどもある大きなクリスマスツリーが鎮座している。そして緑がかった土壁には、不釣合いな色鮮やかな飾りつけがされていた。数時間前にディスカウントストアで、賑やかな配色のガーラントを意気揚々と買い物籠に入れる亮くんを何故止めなかったのか。それだけが後悔である。


「空いてて広い部屋なんてここしかなかっただけだから気にしないで」

「いや、気にしますよ」


 これで気にするなという方が無理である。亮くんとは買い物がてら駅前で待ち合わせをして、買い物を終えてから彼に連れられるままに疑問に思うこともなく歩いてきた。徒歩、自転車の行動圏内である亮くんの住所は同じ中学の学区内ではないけれど、知っている地名である。それなのになぜ気付かなかったのだろう。

 彼の家がこの地域で一番と言われるほどのお屋敷であることに。

 この座敷だけであたしのお父さんの夢いっぱいのかわいい家が丸ごと入りそうなんですけど!っていうか、あの日本庭園はなに。庭の範疇じゃないよね。あれってもう芸術品のレベルなんだけど。綺麗に整えられた植栽や波の模様が付けられている白い玉砂利を見るだけで、結構な維持費がかかってそうなことは分かるよ。さすがのあたしでもね!亮くんの名字がよくある名字だから完全に油断してたよ。本当に。


「っと、危ない!」


 この豪華な部屋に呆気に取られて、注意散漫になっていたらしい。片方にだけたくさんオーナメントが飾り付けられたクリスマスツリーをあたしがうっかり引っ張ってしまったせいで、こちらに倒れそうになってしまった。それを亮くんが難なく支えてくれたのだけれど、その動作の途中で被っていたいつものパーカーのフードがはらりと落ちる。


「ご、ごめん。ありがとう。……あれ?今日は珍しいアクセサリーをつけ……」


 亮くんのフードが落ちたことで、その首に目がいった。いつもは制服のシャツを着ているので目立たないのだろう。うなじの部分にきらりと光るものがある。派手な格好をしてはいるが、アクセサリーの類は身に付けていない亮くんだ。不思議に思いながらも、それを見ていると何だか言いようの無い違和感に気付く。


「やっぱり、視えるんだね?若葉ちゃんは」

「見え……って、まさか……」

「そう。これは普通の人には見えないよ。若葉ちゃんって悠真の耳も視えてるんだよね?二人とも結構上手に隠してるから、もしかしてとは思ってたんだけど」


 亮くんのうなじに光るのは、あたしの親指の爪ほどの大きさの三枚の鱗であった。真珠色に光るそれはしっかりと体に張り付いていて、どう見てもアクセサリーの類には見えない。それほどまでに体にぴったりとフィットしていて、それ自身が亮くんの体の一部であると主張しているのである。


「えっと、じゃあ……亮くんって?」

「俺は白蛇の獣人なんだよ。これはみんなには内緒ね」


 恐る恐る聞くと、亮くんは茶目っ気たっぷりに笑みを作って、口の前で人差し指を立てた。


「言わない。言ったところであたし以外に見える人いないんだもん。信じてもらえる話じゃないし」

「まぁ、そうだよね」


 亮くんはあたしの返事を聞いて楽しそうに笑う。

 実際に亮くんが蛇の獣人だと言うことは誰かに言うつもりはない。きっと四月より前のあたしだったら、奈々や美弥子がそんなことを言ったって決して信じることはなかっただろうし、冗談を言ってるくらいにしか思わないに違いない。そもそも、人が秘密にしたいと思っていることをわざわざ言うような趣味もないし。


「あ。悠真くんは知ってるんだよね?」

「うん。お互い、子供のころから知ってるしね。今は獣人の数も多くないから、子供の頃から顔を合わせる機会が多いんだよ」


 事も無さげにそう言って、亮くんの手は再び飾りつけ作業に戻る。あたしも同じように黙々と作業を始めた。二人で作業を再開してからそう時間も経たない頃、襖の向こうから女性の声がする。多分、この家に着いて早々に姿を見たお手伝いさんというやつだろう。うん、それだけでブルジョワな感じが半端ないです。うう、直視できない……。


「――失礼致します。お客様が参られました」

「あ、うん。分かった。通して」


 そしてお手伝いさんに連れられて女子二人がやって来て、それから少し遅れて悠真くんが到着したのだった。


「……驚いたわ。まさか亮くんがあの『鈴木』家だとはねぇ」

「別に隠してたわけじゃないよ?わざわざ自分で言うことでもないから言わなかっただけで」

「このあたりは鈴木さん多いもんね。全部親戚とか?」


 奈々が改めて亮くんを見てしみじみと言うのも無理はない。あたしだってしばらくは呆気に取られていたのだから。そんなあたしたちに亮くんはくすりと笑って返して、美弥子も隣で興味深そうに頷いている。美弥子が言う通り、亮くんの家の近くには「鈴木」という名字がすごく多い。だから、住所を聞いてもあのうちのどれかなのかな程度にしか考えないのだ。


「いや、違うよ。昔、うちがこのあたりの地主?で、みんなが名字をつける時に同じ名字にしたんだって」

「何て言うか随分心の広い方だったのね?」

「心が広い?」

「昔は平民には名字は無かったの。色々省略するけど、そのうちに平民も必ず名字を持つことになったのよ。でも、身分の偉い人からしたら、自分より身分の低い人が同じ名字を名乗るなんて嫌がるものでしょ。少なからず選民意識はあるはずだもの。でも、亮くんのご先祖様はそういうことはなかったってことね」


 疑問符を頭に浮かべているあたしと美弥子に奈々はざっくりと説明して、その隣で亮くんがくすりと笑っている。


「本当かどうかは分かんないけど、みんなの好感度が上がったならその方向で」

「ったく。お前は適当なんだから」

「まぁ、いいじゃん!さーて、みんなコップ持ってー。ジュース注いでー」


 呆れたように言う悠真くんに亮くんはやっぱり適当に返して、みんなの前に置かれたコップにジュースを注いでいく。これが大人だったらワインとかシャンパンとか何だろうけど、未成年のあたしたちのその選択肢はない。


「はい。飲み物が行き渡ったところで……かんぱーい!メリークリスマース!」


 楽しそうに声を上げる亮くんの言葉を音頭にして、あたしたちはグラスを合わせた。楽しいクリスマス会の始まりである。

という蛇足回。次回で本編最終話です。もう少しお付き合いくださいませ。

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